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第36話

「南皮まで搬送せい。名医と名高い華佗かだという男が南皮の近辺にいるらしい。その者を召し出し、曹純を診させよ」


曹操は虎豹騎の中から五名ほど厳選し、指示を与えた。



 曹純と真田兄弟の退場により、現在張遼と昌景の一進一退の攻防が続いていた。


 信玄は次の手として高坂昌信隊を投入し、曹操は信忠隊に前線への移動を命じる。


 張遼と昌景の死闘は未だ決着を見せず、乱戦状態のため、互いが誇る騎馬隊も役割を果たさずにいた。


 新たに投入された昌信の騎馬隊は、そんな混戦模様の戦場を避けて高機動による戦線突破を計った。


 昌信の騎馬隊の速さは武田騎馬隊随一で、史渙や韓浩の部隊が懸命に放つ矢も地に虚しく突き刺さるのみであった。


 昌信隊はあっさりと陣脇に到達し、烏丸から取り入れた騎射で、陣内の弓兵を牽制しながら先を急いだ。


「高坂隊を食い止めよ!」


 信忠の号令が響き渡る。


 その指示に史渙・韓浩の兵が呼応し、左右の陣に仕掛けてあった数本の綱を一斉に張った。


 綱は高さや設置されている幅が一定ではなく、馬の足下を掛ける高さもあれば、馬の首や胴の高さ、また騎乗している兵の高さとばらついている。


 また衝突時に綱が引っ張られないようにと、地中深くまで打たれた太い杭にしっかりと巻きつけられてあった。


 そこへ高坂信達ひきいる騎馬隊が続々と殺到し、突撃を敢行した。


 綱に引っかかり落馬する者、足を取られ骨折する馬、綱を飛び避けたものの次の綱に捕らわれる馬、綱の地帯を突破して信忠隊の弓の餌食になる者など、騎馬隊の被害は少なくない。


「おのれ、織田め!綱など切って進め!」


 信達の指示に騎馬兵が綱を切り出そうとした。


 だが、史渙・韓浩の陣から信忠隊譲りの長槍隊と速射を可能と短弓隊がそれを阻止した。


「陣の中に隠れておらず、堂々と出て戦え」


「安い挑発よな。史渙殿、韓浩殿。大将の一騎打ちなぞ無用。挑発に乗らぬよう」


 信達の挑発に史渙の顔色が変わったが信忠の言葉に落ち着きを取り戻した。


「ちっ」


 信達が煽っている間にも次々と騎馬兵が倒れていく。


「まだこのような所でもたついていたのか」


 信達の後方から聞き慣れた父の声が耳に入る。昌信は信達を追い越し、前方へ進むと、


「小癪な」


と、槍を一振りし、最前の綱を切り落とした。


「敵大将ぞ。討ち取れ!」


 信忠の指示に、短弓部隊と長槍部隊が一斉に昌信を狙う。


 誰もが昌信の死を確信した。


 だが、昌信の馬は地を蹴り上げ、綱を飛び越え、邪魔になりそうな綱は昌信が切り落とし、人馬一体となり突破に成功した。


「武田騎馬隊ならばこの程度苦にならぬはず。我に続け」


 昌信は部下に発破をかけ、自身は単騎信忠に駆ける。


「続け!殿を討たすな!」


 昌信隊は死の恐怖を乗り越え、次々と綱の地帯へ突入していく。



「弓隊、射よ!槍隊は馬を狙え。陣将はこちらを気にせず、騎馬隊の足を止めよ」


 信忠は冷静に昌信の動きを見、的確な指示を与える。


 数多の矢が昌信を襲うが、昌信は無作為に駆け回り、的を絞らせない。


 槍隊も昌信の動きについていけず、右往左往するばかり。


「埒があかぬ。出るぞ」


 秀満が見かねて、騎馬隊を率いて出撃した。

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