まず秀満が昌信の動きを牽制した。
昌信は行動範囲を狭められていくがその表情には焦りや不安は見受けられず、むしろ楽しんでいるようであった。
動きをある程度封じられたことで、織田弓隊の攻撃が昌信に集まりだす。
それでも、飛んでくる方向がわかっていればそれなりに対処できる。
大多数の矢は避けられ、残る矢は昌信の槍によって落とされた。
弓隊の攻撃が終わると、秀満の騎馬隊が襲いかかってくる。
だが、そのころには昌信の騎馬隊も綱を突破してきており、秀満隊の横腹を突く。
「騎馬隊は少数、押さえよ」
秀満の指示で部隊が昌信攻撃と騎馬隊迎撃に別れる。
さらに戦況を見ている信忠により、阿閉と御牧の部隊が追加投入され、昌信騎馬隊の迎撃に向かった。
「増援か。うっとうしい」
昌信は秀満を振り払い、信達らの援護に向かおうと目論んだ。
「行かせん」
秀満が昌信に馬を寄せて打ち掛かる。
秀満の技巧を凝らした槍術に昌信は防戦一方とならざるを得ない。
「なかなかやる」
昌信の表情に余裕がなくなっていった。信忠はまだ兵力を全て出し切っていない。
それなのに昌信の騎馬隊が突破を遮られている現況では、いかに昌信の武勇が優れているといってもいずれ力尽きる。
早々に味方部隊の突破口を開いてやりたいが、目の前にいる秀満がそうもさせてくれそうにない。
その時である。
大喚声が沸き起こり、耳に入ってくる限りでは味方である武田の部隊が到来した様子であった。
「我らが騎馬隊に姑息な策など通じぬと思え!」
幾度となく耳にした声。闘志をかき立てられ、かつ安心感も覚えるこの声の主は馬場信春であった。
「鬼美濃とは儂のことよ!死にたくなければ我が道を開けよ!」
新鋭の馬場隊は信忠らの策など何事もなかったかのように突破し、さらに昌信の部隊を引き連れ、阿閉・御牧隊と衝突した。
「昌信、苦戦しているようだな」
「うむ。だがこやつらなかなか手強いぞ」
離れていても聞こえる信春の高笑いに釣られ、昌信の表情にも余裕が戻ってきた。
「なんの。儂が来たからにはこの程度の軍勢蹴散らして見せよう」
信春は群がる織田兵を容易く切り捨てまさに無人の野を行くが如くであった。信春はそのまま突き進み、遂には昌信と駒を並べるまでに至った。
「馬場殿の救援かたじけない。だが、貴殿まで来てしまっては、御屋形様を守る者がおらぬのでは?」
「儂が来たのはその御屋形の采配よ。直に昌豊も参ろう。心配はいらぬ」
信春と昌信は何事もないように言葉を交わす。
秀満の存在どころか織田家そのものが目の前に存在しないかのような素振りに、秀満は内心腹を立てたがそれをおくびにも出さず、信春に斬りかかった。
「おぬしの相手は儂であろう?」
昌信の槍が秀満の槍を寸前で止める。
「馬場殿、織田の本隊を抜けば曹操にたどり着く。お頼み申しましたぞ」
信春は静かに首を縦に振ると、
「我が隊は織田の本隊を攻撃する。続けぃ!」
と、自部隊に呼びかけ、馬を走らせた。
信春の兵たちは阿閉や御牧らを蹴散らし、信春の後を追う。
「信忠様!馬場がそちらに!」
秀満はそう叫ぶのが精一杯であった。
昌信にしっかりと監視され、背を向けようものならば一刀両断にされるであろう。