信忠は秀満の意図を汲み、織田全軍に馬場隊の迎撃を命じた。久しぶりの出番に嬉々として蘭丸が先頭を駆ける。
「蘭、そんなに前に出ては思わぬ怪我をするぞ」
蘭丸の後方から道三が注意を促したが、蘭丸はその忠言を受け流して、馬場隊に斬り込んでいった。
「血気に逸る若さが羨ましいのう。それ皆の者、蘭殿を討たすな。進めい!」
兵らの士気を高めつつ、道三も馬場隊へと突進していく。
「そこを行くは美濃の道三公ではないか」
横合いからふいに信春が姿を現し、道三を呼び止める。
「馬場信春か」
「久しゅうござるな、と昔を懐かしみたいところであるがそうもいかぬ」
「あと十ほど若ければ相手したやったのだがのう」
「ふん、ならば素直に首を置いて行くが良かろう」
「老いぼれをあまり苛めるものではないぞ。儂の代わりにほれ、ぬしの後ろに暴れたくてうずうずしている者がおろう」
高笑いする道三を余所に、信春は振り向いた。
そこには長刀を掲げ持ち、血に飢えたような鋭い眼差しで信春を睨む蘭丸の姿があった。
「なんだ?小僧ではないか」
信春は、道三の期待を持たせるような言葉とはとても思えない相手がいたことに落胆し、深くため息をついた。
「それでも信長殿に認められ、寵愛された者じゃ。侮らぬが良いぞ」
「ふん、小姓か。それほど若死にしたくば相手してやろう」
信長や信玄らが生きた戦国の時代、小姓となれる者の多くは有力家臣の子やその縁者である。
少数であるが、主君から類稀なる才能を持っていると見初められる者もいる。
前者は家名が高く、後者には有能な者が多い。
戦いに明け暮れ、戦いに生きる者にとっては、強者と戦える上に高い戦功を得られる極上の相手であった。
ただ、信春以外に昌景、昌信らもそうだが元来軍を率い、信玄の采配に忠実に従って敵を叩くを最大の功績・忠義としている。
このような状況にならない限り格下の者との、しかも鎌倉の時代より廃れている一騎打ちなどとても自負心が許さない。
「森蘭丸参る!道三公は信忠様と敵部隊迎撃を」
道三に信忠の補佐を頼み、蘭丸自身は信春に斬りかかった。
蘭丸は長刀を自在にこなし、その攻撃の早さや的確さには古豪信春でさえ舌を巻き、これは油断禁物と気を引き締める。
信春も槍を振るい、あるいは突き返して対処するが、蘭丸の反応は群を抜いて早い。
そのため信春の攻撃は掠ることもせず、また蘭丸が武器で受けるまでもなくかわされた。
ならば動きを読むまでよ、と信春は攻撃に虚実を組み込み始めた。
「ちっ!」
蘭丸は信春の攻撃の変化に一瞬戸惑うが長刀で信春の槍を受け止めた。
信春の攻撃は防がれたが、ようやく蘭丸を捕らえることができ、選択の正しさを確認した。
だが、手数が増える分疲労も大きい。
蘭丸はその欠点を即見破り、信春の疲れを待つ策に出た。
当然避け続けるのにも体力はいるのだが、蘭丸には信春や道三が羨ましがる若さがある。
「ちょこまかと!」
槍を振るう信春に余分な力が加わる。