そのような状態で槍を振るい続けたため、信春は肩で息をするまでに疲弊していった。
「さすがにしんどいであろう。武器を捨て、おとなしく降れば悪いようにはせん」
「儂に降れと?片腹痛いわ」
「だが貴殿の部隊は半壊したも同然であるぞ」
信春が周囲を見渡す。
昌信は秀満により釘付けとされ、また昌信隊と信春隊は、信忠・道三の槍隊と阿閉・御牧の槍隊に包囲されていた。
騎馬隊最大の武器である機動力は、その槍隊の包囲により封じ込められ、槍隊の外を弓隊が固めているため、飛び越えれば絶好の標的とされ、そうもできないでいる。
「高名な武田の騎馬隊も頭を抑えればたいしたことないな」
蘭丸の発言は信春に火をつけた。
信春は視線を戻し、蘭丸をしっかり見据えたまま、どこにそんな力が残っているのか不思議なほどの大声量で騎馬隊に指示を出した。
「騎馬隊、短弓を構えよ。車懸にて反撃!」
騎馬隊は信春の指示に素早く反応し、円陣を組むと、弓を放ちつつ時計回りに回転しだした。
この短弓の壮絶な攻撃により槍隊は距離を詰めることができず、また矢を防ぐ手段もなくばたばたと倒れていった。
急所に当たらねば殺傷力こそ低いものの、倒れ呻く者の悲痛な叫びが側にいる兵の士気を下げる。
「弓隊応戦せよ」
短弓に怯む槍隊を援護すべく信忠の指示が飛ぶ。弓隊はすかさず武田騎馬隊に向けて矢を放った。
「車輪を広げよ」
蘭丸の動向を窺いつつ、信春が再度声を張り上げた。
すると、武田騎馬隊の作り上げている円陣が織田槍隊の間合いを侵すほど大きな輪へと変化した。
その間も、短弓による騎射は止むことなく、絶えず牽制していたため、織田槍隊は攻撃に移ることができない。
弓隊の矢も僅かな戦果を挙げるのみにとどまり、多くの矢が地面に突き刺さる。
「槍隊怯むな!敵は目前であるぞ」
信忠の一喝に、ようやく槍隊が攻撃を繰り出し始めた。
同時に、矢を使い果たしたのか騎馬隊の嵐のような攻撃が徐々に収まりだす。
「敵の矢が尽きかけておる!好機ぞ!一斉にたたみかけよ」
この信忠の下知により、槍隊が息を吹き返した。
「万事休すか」
さすがに信春もこれ以上打つ手が考えつかない。
車懸で怯ませるまでは成功したが、その後の指示までは及ばなかった。
蘭丸の猛攻に次ぐ猛攻により、指示はおろか状況判断さえもまともにさせてもらえなかったためだ。
蘭丸が息切れした時にはすでに信忠の命令が下り、槍隊が再度騎馬隊を追い詰めていた。
かくなる上はと、信春は信忠を道連れにする覚悟を決め、目の前の邪魔な蘭丸を片付けようと槍を握る手に力を込める。
「援軍だ!」
「武田の援軍が来たぞ!」
にわかに両軍の兵がざわめきだす。
曹軍の将兵が目を向けると、確かに武田菱の旗と風林火山の旗を風にたなびかせた一部隊が、ものすごい早さで戦場に近づいてきているのが見える。
武田の将兵は否応無しに士気が高まり、曹軍を押しだした。
援軍の部隊は、信玄の本陣に立ち寄ることなく、真っ直ぐに戦場へと向かってきた。
「内藤隊が先鋒、