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第41話

 曹操はこの朗報を手を叩いて喜ぶ。そこへ更なる朗報が舞い込んだ。


「田疇殿より鮮卑族の援軍を引き連れて参ったと」


「早いな。さすがは田疇」


 詳細を尋ねればこの援軍は、信玄が本陣を敷いてある近辺の川を下って接近中とのことであった。


「川をか!通りで早いわけだ。これは奇襲にもなろう。信玄めに一泡吹かせてやる」


 先ほどの曹操とは打って変わり、落ち着きを取り戻し、一人ほくそ笑んでいた。


 一方信玄は昌次捕縛の報に苦虫を噛んだような表情を浮かべていた。


 停滞していた戦況が一変し、いざこれからという矢先の出来事であった。


 暴走する騎馬を素手で受け止め、さらに投げ飛ばすなどという荒技は古今東西聞いたこともない。


「化け物でも飼っておるのか」


と、手に持つ軍配を思いっきり叩きつけた。


「御屋形様!信龍殿より早馬が」


 信玄が信龍の伝言を聞くと顔色が明王のように険しく変化した。


「後方の川より敵襲ありだ。陣を敷け」


 信玄は低くしゃがれた声で部下に命じた。


 信玄本陣の裏手に流れる川は、北西の鮮卑領から湾曲して渤海に流れ込む。


 その流れを利用して川を下ってくる所を信龍の部下が発見していた。


 信龍自身も鮮卑軍を追ったが、急流とも言える速さには到底追いつかない。


 そこで信玄に早馬を出し、警戒するよう伝言をした。


「儂の裏を掻いたと鼻高々なのであろうが……そうは行かぬ」


 信玄は脇に掛けられてある地図を穴が開くほどじっと眺めて呟いた。


「昌豊に、儂の本陣と川を挟む位置に急行せよ、と伝言を出せ」さ


 信玄はこの援軍を挟撃しようと考えた。


 いずれ信龍の部隊も到達すれば、鮮卑の援軍をほふるなど造作もない。


 それよりも前線が問題であった。


 相変わらず昌景、昌信、信春は動きを封じられており、戦局を動かした昌次は敵の手に落ちている。


 真田兄弟は前線離脱しており、信玄の使える駒はない。


「おぬし」


 信玄が唐突に守衛の兵を呼び止めた。


 すると、自身の兜を脱ぎ、守衛にかぶらせる。


「うむ。おぬし、儂の影武者をせい」


 守衛は恐れ多いと固辞したが、信玄はそれを許さなかった。


「信龍が到着するまでの辛抱だ。特に何をせいという話でもない」


 そのまま有無を言わさず信玄の陣羽織を着させ、床几に座らせた。


「供回り隊のみ出陣いたす。まずは山県隊を併合するぞ」


 信玄は自身の出陣に際し、身分を偽り、一将校を装った。


 念には念をと、正体を隠すため供回り隊の後ろを行進し、戦場へと向かった。




「殿!」


 張遼と息つく暇なく槍を交える昌景に部下が声をかける。


「何事か!」


 脇見する隙すら与えない張遼の攻撃を受け止めつつ、昌景が返答する。


「御屋形様の供回りが出陣しております」


 御屋形様自ら出陣したか、と昌景はすぐに把握し、


「おぬしらは供回り隊に付き従え」


と、命じた。


「大将自ら兵を率いてきたか」


 張遼の推測は的を射ていた。


 だが昌景はそれをごまかし、加えて挑発する。


「そう思うのであらば、我を倒し自ら確かめるがよかろう」

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