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第19話 ランドルという男

その頃、アルデシールの西方、僻地にあるバーロンド地方にて、一人の中年騎士が会議室で眉を顰め、知らされた報告に対して、疑問するような顔をしていた。


 顎に手を添えて、唸るような声を上げたあと視線を送る。


「やはり、魔物か……?」

「えぇ恐らくは。先日、街道沿いの森で10人ほどが喰われていました」


話によれば、彼らは森の中で何かと遭遇、襲われたらしく無残な遺体となって発見されたのだという。


行商人だったことから野党や盗賊の疑いもあったが、人間の武器によってつけられた傷はなく、魔法系か、呪術などの特殊な力によるものではないかというのだ。


「その魔物の目撃情報はあるのか?」


その問い、緑色の軍服を着た顎髭の兵士が怪訝しながら答えた。


「蝙蝠の羽を生やした人の姿をしていたとか……。まだ目撃証言が少ないので、なんともいえませんが―――」


中年騎士の眉がピクリと動く。


「悪魔の類か」


悪魔とは魔界に住む種族であり、人間のような外見を持ち、知性も高い。


闇系魔法を使うことが知られており、その力はすさまじく、騎士団総出で挑んでも勝てるか、わからないほどに強力な存在だった。


そんな悪魔が出現したという報告はこの数十年の間に一度もなかった。


彼らは死の臭いを嗅ぎつけて、魂を貪ろうと集まって来る。大きな戦いや戦争が起きたと同時に現れることが多い。


「また厄介なものが寄りついて来たものだ」


それに会議に出ていた男の幹部らも、同感するように頷く。中年騎士は幹部らを見渡した。


「ただちに国境線の警備を増員し、領内も巡視隊を増派せよ。それと領民にも夜の外出は控えるようにと警告するように」

「ハッ!」


了解の意を示してから兵士らが退室していく。


「これもフェレン聖騎士団が本来の職務を怠っているからだ。まったく―――聖騎士とはなんのためにいるのやら」


腕組をしてそう愚痴る彼の名はランドル。爵位は男爵で、ずんぐりとした体躯で白髪交じりの髪型は七三分けできっちりと整えている。さらに立派な口髭を生やして威厳ある騎士に見えた。


今年で四十歳になる彼は貫禄をかもし出している。


アルデシールの西方僻地バーロンドを所領として女王から賜った。


ここは、長年対立しているロイセン国の国境に近いため、国境沿いに砦を築き、守りの任についている。


最重要な場所に彼を配備したということは、女王の信頼が厚いということになる。


これは名誉なことだが、一方では白狼騎士団の創設者メンバーということもあって、疎ましく思っている者も多かった。


また、あまりにも強すぎるために、反乱を恐れた大臣らによって、左遷されたという噂もある。


どちらの理由だったとしても、ランドルにとってはどうでもよかった。


アルデシールとその女王への忠誠心は誰にも負けない自信があり、忠義を尽くすべき女王に領地を賜ったこと、それだけで十分に満足できるもので、光栄に思っていた。


その上、重要な国境警備を任されたとなれば、そんなことを考えている暇はない。


ランドルの存在はロイセンにとっては恐怖の対象であり、彼が赴任してから数年間、手を出してきたことは一度もない。


国境沿いギリギリに、軍を進めたこともあったが、ランドルの姿を見ると早々に踵を返し帰って行ったぐらいだ。


まともに戦いたくないという思いが滲み出ている。


ロイセンがそれほどまで恐れる理由はランドルが白狼騎士団の中で一、二を争う実力者だからである。


彼はロイセン側からは“白髭の白狼”と謳われ恐れられていた。


そのきっかけになったのは数年前のイレンヌ平原での戦いである。



♦♦♦♦♦



―――――――国境を越え、侵攻してきたロイセン軍およそ20000は白狼騎士団1000とバーロンド地方イレンヌ平原にて対峙した。


この当時、ロイセン軍の総指揮官は白狼騎士団の存在を知らなかったため、たかだか1000の兵士など、敵ではないと考え、一気に力押しで捻り潰すつもりだった。


小高い丘にロイセン軍は布陣したあと第一軍を主力とし、他第四軍まで各軍団を5000に分けた。これは白狼騎士団を両側面から挟撃して包囲する狙いだった。


早速、陣形を整え、しばらくの休息を取った後、攻撃を仕掛ける予定にしていた。これは数で不利なアルデシール側が真っ昼間から攻めてこないだろうと判断したものだった。


数刻後、両軍動かずにらみ合う中で、突如、白狼騎士団の一部隊が突出し、第四軍の隊列に突撃をかけてきたのである。


まさに不意打ちを食らった形になったロイセン軍は慌てて攻撃態勢を取ろうとしたものの、第四軍の被害は大きく、一瞬にして、中央から喰い破られ大混乱に陥る。


その混乱の収拾に図る第四軍の後方に布陣していた第三軍が援軍に出ようと陣地から離れ、前進を開始する。


前進を開始してからすぐに第三軍の右側面から突然、白狼騎士団の別動隊が丘の上から現れ、けたたましい喚声をあげながら雪崩の如く駆け下り、脇腹を蹴りつけ、蹴散らしていく。


どうやら丘の影に隠れていたようだ。


あっという間に第四軍と第三軍が飢えた狼にはらわたを食い破られる。白狼騎士団の猛然とした騎兵の突撃で、第四軍は壊滅、第三軍も甚大な被害を受け、動揺が走る中、焦ったロイセン軍総指揮官は第二軍を丘の上から現れた白狼騎士団の別働隊へ迎撃に向かわせるように号令を発する。


これが、最大の間違いであった。


第二軍が第一軍の守備から離れた途端、今度は反対側、つまりは左側面からそれを狙ったかのように丘に潜んでいたアルデシール軍の騎兵を中心とした別働隊が現れ、第一軍と第二軍のど真ん中に流れ込む。


まさに典型的な戦術、というべきか。負けるべくして負けた。


地の利を生かした戦術にロイセン軍は完全にしてやられたのだ。


ロイセン軍主力である第一軍は左右からの攻撃に対応しきれなくなり、味方を見捨てて、撤退を始める。


そこを追撃にかけてきたのが、ランドルだった。手勢200騎を引き連れ、彼は大将首を狙ったのだ。


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