目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第20話 ランドルという男 その2

掻き回され大混乱したロイセン軍は完全に敗走。第一軍の兵士たちも目の前で起きた惨劇に戦意を消失していた。


そこをランドルは単騎で突貫を仕掛けたのである。逃げ惑う兵士に対して、ランドルの容赦ない斬撃にただただ悲鳴を上げるだけだった。


兵士の一部が彼を倒そうと迎え撃ったが、彼を止められる者はいなかった。


この日、彼が討ち取ったロイセン兵はおよそ500。軍馬の蹄で踏み潰した兵を入れれば、600を越える。


敵陣に迷うこと無く突っ込んだ彼の勇敢さと勇猛果敢さはまさに一騎当千だった。


彼が目的としていたロイセン軍の指揮官を捉えることはできなかったものの彼の強さはこのとき、証明されたのである。


ランドルの行動は後に独断行動だったことが知られる。


本来は第一軍を切り離し退却させる方針だったが、彼はあの瞬間、ロイセンの総指揮官を討ち取れると考えたのだ。


アルデシール軍内部ではその行動に疑念を抱く者がいた。


白狼騎士団の中でも、あれは無策で無謀だ、と批判されていた。


騎士団長のマルトアもその行いに対して、叱責する立場だったのだが、あろうことはマルトアは咎めることなく、むしろ満面の笑みで褒め称えたのだ。


『どの兵士よりも、どの騎士よりも彼は勇敢であり、その勇気を称賛すべきだ』と─―。


マルトアの意外な反応にランドルは驚き、器の広さを知った。それから二人の友情がさらに深くなったといわれる。


ランドルとマルトアは酒を共に交わす仲で、バーロンドによく訪れていた。


そこでは酒を飲みながら騎士団の行く末やこれからの方針、王都ルアンでの出来事などの情報交換をお互いにしていた。時々趣味の話をしたりもした。


ランドルは会議室の中で、そんな懐かしい記憶を巡らせていた。


思い出に浸っているような気持になり、強張った顔が緩んでしまっていた。


部下たちが見ている前でこんな顔をしているなど不謹慎極まりないことであった。


気持ちを引き締め直し、視線を机の上に落とす。


悪魔と思わしき魔物についてまとめた報告書の束がそこにあった。


悪魔は災いと混沌をもたらすと言われている。


悪魔の目的は多様で単純に人が殺し合う世界を見たいからというものもあれば、それとは別に憎悪と復讐を抱いて死んだ人間が悪魔となって無念を晴らすために手当たり次第に襲うというものもある。


今回はたちの悪い類かもしれない、とランドルは嫌な予感がした。なぜか胸騒ぎがする。


「……まさか、な」


ランドルは部下たちの報告を聞き終えたあと、会議室を後にして、昼食を取ることにした。


そんな彼に急使が息切れしながら重大な知らせを持ってきた。くしゃくしゃになった手紙をランドルに渡すと彼は慌てて蝋印の封を開けて中身を読む。


文章を目で追っていくうち、彼はずんぐりとした体躯をぐらり揺らし壁にもたれかかった。


それに近くにいた兵士が彼を支えようと手を伸ばしたところで、ランドルは彼の手を払いのけた。


その光景を見ていたメイドや兵士たちの視線を感じたランドルは彼らから逃げるように執務室へと駆け込んだ。


そして、知らせの書かれた紙を強く握りしめると机の上に放ると同時に拳を叩きつけたのだ。激しい音が響き渡る部屋の中で、彼は肩を大きく上下させながら叫んだのである。


「おのれルナティタス――――――ッ!!!!!! よくも!!! よくも我輩の友を!!!!!!! 許さんぞ!!」


執務机の上にある物をなぎ払うように床にばら撒き、机をまた激しく叩いた。


執務室の扉から廊下に花瓶が割れる音や物が激しく落ちる音が響き渡り、何がとかと兵士やメイドたちが集まり、不安な顔色を浮かべていた。


これほど、激昂しているランドルを誰も見たことがなかったからだ。


急使が来たと聞きつけたランドルの息子ライードが部屋の中へ入ってきたのだが……目の前にある父の姿を唖然とした表情のまま固まってしまうほどだ。


普段は温厚で知られる父が怒っているというだけで恐怖を覚えるものだった。


まるで、獣が暴れ狂ったようにその大きな体躯は迫力があった。


これだけの怒りはただごとではないことが息子にはすぐに分かった。だからこそ怒りに震えている父に何があったのかを訊ねた。


「い、一体、どうされたのですか、父上?」


ランドルは振り返ることなく、その手紙をライードへと渡す。


ライードはそれをそっと受け取り、目を通すと驚き目のあまり口が半開きになってしまった。声が漏れる。


「マルトア殿が……戦死された……? そんなまさか……」

「我輩の真の友……心から信頼しておったマルトアが……有り得ん。あの臆病なやつが―――前線で戦うはずがない……」


執務机の上にある両拳が力が入り震える。


ランドルがここまで怒りを露にしたのは初めてで、どうしていいか戸惑いながらもライードは手紙を一瞥し怪訝した。


「しかし、なぜ、マルトア殿を嫌っていたルナティタス大臣から手紙が送られて来たのでしようか?」


息子の問いかけに対し険しい眼差しで、椅子に深く腰かける。それから口を開いた。


「―――誘っておるのだ」


ライードは浮かない顔をした。ランドルはわかりやすいように言葉を選んで言う。


「マルトアを殺したのは私だ、と言っておる」


そこには怒りが籠っていた。ライードに向けた怒りではなく、手紙の送り主、つまりはルナティタスへ向けたものだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?