ランドルは声を荒らして言ったが、ルナティタスがマルトアを殺害した、とはどこにも明記されていない。
そもそもそんな手紙を送りつけることはありえなかった。
だが、ランドルにはこの「戦死した」ということをわざわざ書状にして、送りつけて来ることが気に食わなかった。
王国の騎士団団長の戦死については、遅かれ早かれ誰かの手によって知らされるはず。ルナティタスがわざわざ書いている。
それが、直接的ではなく、間接的に私が殺した、というふうに感じられたのだ。
それも感じ取り方次第で変わって来るのだが、それがランドルにとってはさらに怒りを駆り立てる結果になった。
ただそれはランドルの想像に過ぎない。だが、ランドルはそれを確信へと変える。
「おのれ……ルナティタス……」
ランドルは前々からルナティタスとマルトアとの関係性はよくなかったことを知っている。王城の廊下では二人が激しく言い争っていたところを何度も目撃している。
争点はこうだ。
ルナティタスは外部から流入する異民族に対して、徹底的に排除すべきだ、と主張をする。
一方、マルトアは異民族も受け入れつつ王国を発展させていくべきだと主張し、両者はどちらも譲ろうとはぜず、意見は平行線を辿っていた。
特に周辺諸国からの難民問題に対してはお互い一歩たりとも引かなかった。お互いに罵言を浴びせ合っていたほどで、両者の関係は冷え切っており、どちらかが暗殺されても、おかしくないほど、緊迫した空気が漂っていた。
少しでも事が起きれば、国中が荒れ狂うほどの緊張感に包まれていた。
そして、ある事件が起きる。
王都ルアンにて、マルトアを狙った暗殺者たちが彼を殺しに屋敷へと忍び込んだ事件があった。
その時、マルトアは護衛騎士を連れていたため、奮戦し、その刺客たちを返り討ちにした。
この一件は後にランドルの耳にも入り、マルトアに直ちに王都から離れるようにと忠告した。
しかし、彼はそれを聞き入れなかった。彼は王都に留まるというのだ。理由は二つあった。
一つはルナティタスへの抑制である。今はマルトアという存在がいるため、下手に動くことができず、異民族に対しても、武力をもって抑え込むことしかできないでいたからだ。
もう一つは彼の個人的な理由だった。それはスラム街にいる少年少女たちを一人でも多く、救ってやりたかったことだ。
毎日毎日、スラムに住む子供は増えている。それを見捨てることができずに、自分のできる限りのことをやろうというのだ。
お人よしにもほどがあると呆れてしまったランドルだったが、彼の強い意志を尊重することにした。当然、護衛騎士を増員させることが条件だったが。
そもそも、暗殺者を誰が寄こしたのか。考えられる犯人はルナティタスだった。だが、証拠がない。
証拠がないことには犯人として、追求ができなかった。
どうしたものか、と思っていた矢先にこの事件が起きた。マルトアが殺害されたことは言うまでもないことだった。
「あれだけ忠告したのに……」
悔しさと怒りが混ざり合い、激しい頭痛に苛まれるランドルは目頭をつまみ、唸り声を上げた。
そして、しばらく何か考えるような素振りを見せたランドルは意を決したように机を勢いよくたたきつけ、執務机の上に置かれていた書類を取り出し、怒りに任せて、羽ペンを走らせていく。
力い強い筆圧で書かれた文字が書面を滲ませた。
そして、バーロンド領の領主である証の印を力強くたたきつけるように押した。
その様子にラィードが尋ねる。
「何をなされるおつもりですか……? 父上……?」
息子の問いにランドルは血走った目で振り返り、迷うことなく告げる。
「マルトアの敵討ちだッ!」
ラィードは目を見開いて驚愕してしまった。
「ち、父上、正気ですかっ?!」
ラィードは一歩前に出て、父の軽率な行動を咎めようとしたが、それをうるさい、と怒鳴られる。
強く怒鳴られたため竦んでしまい、なにもいえなくなる。
「我輩は厳格なる白狼騎士なりッ! 同胞を殺した者には相応の報いを与えなけれならんッ!!!」
「ダメです!! 今は冷静になって下さい!」
しかし、ランドルはその忠告を無視するかのように声を執務室の扉へ投げる。
「誰か! 誰かおるか!! 我輩の鎧を持って来い!! 戦の準備だッ!」
その指示を受けて、廊下が騒々しくなる。
外に待機していた兵士達が扉を開けて、中へとぞろぞろと集まってくる。
その誰もが目を真っ赤にして、怒りに震えていた。
「かたき討ちです!! ランドル様!!! 直ちに兵を集めましょうぞ!!」
「近くの農村からも兵を募りましよ!!」
「我ら一同、マルトア様のため、戦いまする!!」
部隊長らはランドルを後押しするかのように声を張っていた。
(――――マズイ……非常にまずい)
これは間違いなく戦争になる。明らかにランドルを含めて、兵士たちも冷静さを失い、感情的になっている。
ここで兵を挙げてはルナティタスの思う壺になると考えたラィードは何とかしてやめさせようと思考を巡らしていたがランドルもそのことは十分にわかっていた。
だが、怒りが治まらなかった。
頭ではわかっていても身体が勝手に動く。怒りが強く、狩り立たれているのだ。
マルトアの仇を討て!! そう耳元で悪魔がささやいているようにも思えた。
ラィードはそんなランドルの視線の先に立ちはだかり、いきり立つ兵士たちの声をかき消すために声を腹からひねり出した。
「父上!! 今はそのときではありません!!」
険しい表情で真っ赤になった目でラィードを見据えてきた。