ライードは父に劣らない鋭い眼光を向けて、説得する。
「兵を挙げたところで、父上だけでは勝てません!!」
その一言にランドルは険しい表情を向けられる。
今にも殴りかかりそうな雰囲気だった。
そして彼の言っていることが正しいことを分かっているが故に拳を握る力が強くなった。
だが息子から言われた通り彼は挙兵したところで、ルナティタスには勝てないことを知っている。
彼には100万を超えるアルデシールが誇る最強の軍隊が味方にいるのだ。
さらに言うと彼の軍勢の中には、間違いなくフェレン聖騎士団も加わっているだろう。
彼らの実力はランドル自身が良く知っているのだから。
「そんなことは百も承知の上!! お前の意見など、聞いてはおらんわッ!」
「玉砕するのが騎士ですか! 父上が求めるのは、確実なる勝利のはずです! わざわざ犬死しに行く気ですかッ!!?」
「違うわい!!!」
吐き捨てるように怒鳴り声を上げる。
ランドルは常に勝つための戦をしてきた。無駄死するような愚行はしない。
常に戦場の動きを読み、的確な判断、最善の一手を打つようにしていたのだ。だから、今まで生き抜いてこられた。
「今は味方を増やすのが先決です! 兵の増強と貴族への書状を書くのです。それから弔い合戦を―――」
息子の提案にランドルは一気に怒りが冷め、深いため息をつく。
確かにそれが最も効率的かつ効果的だと理解しているからだ。
「だが、兵を増強すれば、怪しまれるのではないのか?」
その指摘にラィードは言い逃れするための答えを持っていた。
「大丈夫です。蛮族どもが攻めて来たというのです。周辺地域にも偽の情報を流しましよう。そうすれば、増兵は自然に見えるかと思います」
確かにそれならば、不審の目で見られることもないだろうと、ランドルは自慢の顎髭を撫でながら頷く。
(――――なるほど……。我が子ながらなんとも頭が回るものだ)
「それと信頼できる貴族たちへ連絡を取りましょう。もちろん秘密裏に……」
さすがだと言いたげな態度を取る父を見て少し満足した表情を浮かべたが、すぐに真剣な表情に戻った。
「わかった。お前の言う通りにしよう」
ランドルは自分に味方をしてくれる者またはマルトアを慕っていた者は居ないか視線を右上に送り、考え込む。
すぐに味方してくれる者の方がいいと考えたランドルは頷いてから言った。
「まずは、マース卿に書状を送くる。あいつならすぐ賛同してくれるだろう。他にも心当たりはある」
「であれば、僕が密書を届けます」
ランドルの跡取りでもある息子が密書を使者として向かうのだ。これほどの説得力はないだろうと考えた。
早速、マース男爵へ宛てた密書をしたためる。そこにはルナティタスへの反感やアルデシールの今後の動き、マルトアの死についての事情を説明したものだった。
これを見れば、必ず賛同を得られると確信していた。書き終えた密書をラィードへと渡す。それを受取ろうとするとランドルは持っていた手に力が入った。
「必ず、届けるんだぞ?」
父の力強い眼差しにラィードは首を縦に振り頷いた。
♦♦♦♦♦
その頃、王都ルアンではルナティタスはマルトアが死んだ、ということを彼を慕う者たちへ知らせるため、自らの手で羽筆を走らせていた。
上機嫌に鼻歌を歌いながらその表情は人が死んだことを知らせるには不釣り合いなほど嬉しそうだ。
そんな中、ルナティタスの執務室に物音一つ立てず、書物置き棚の影から、ひょっこりとオルガンが現れる。
それにルナティタスは驚きもぜず、慣れたように羽筆に黒インクをつけ直したあと書状の作成を続けながらオルガンに尋ねた。
「女王陛下のご容態はいかがかな?」
心配したような言葉だったが声音には女王の死を期待しているかのような感情が混ざっていた。問いに対して、オルガンは小さくな声で答える。
「―――明日には死ぬ」
「ほう」
と目を細め口角を上げると羽筆を置き、興味深そうにオルガンを見た。
「なぜ、わかる?」
「俺には、死神が見える。女王の私室から、やつらの歌声が聞こえた」
冗談ではなく、真面目な顔でそう告げるオルガンにさすがのルナティタスも苦笑いしてしまう。
そんな現実味のないことを言われても反応しにくいからだ。
ただ、女王が死にかけていることは事実であり否定しようがないのもまた確かなことだった。
かかりつけの医者もお手上げ状態で、いつ死んでもおかしくないらしいのだ。
「まっ、いいでしょう。それが事実であれば、第三王女ユランが王位を継ぐことになる。そうなれば、都合良く事が運ぶ」
ニヤリと笑みを浮かべると再び書類作成をはじめた。
「世が宰相となれば、忙しくなるぞ。オルガンよ」
愉快そうにしている彼の頭の中には、この国を支配することしか頭になかった。
オルガンは黙っていたが、ルナティタスがしたためている書状に対して、疑問を抱いた。
彼はマルトアを慕う者たちをあえて煽るような言葉を使って、自分に対して怒りを募らせようとしていた。
マルトアを自分の手で殺した、とまでは直接的には書かないものの、文章を読めば、まるで彼を殺したのは自分だ、と言っているような悪意に満ちたものばかりだった。
そんなことをわざわざする理由があるのか? そう思ったオルガンは質問を投げかけることにしたのだ。
「なぜ、敵を増やすことを?」
彼が知る限り、今までは味方を作るための布石を打っていたはずだった。
だからこそ不思議だったのだ。
今回の行為はあまりにもリスクが高いように見えるからである。
貴族や軍人らを敵に回すよりも、味方につけた方がメリットが大きいはず。
「この国にはランドル卿やマース卿、その他にも数多くの有能な貴族がいて、それぞれの任された領地を滞りなく、治ておる。地域での反乱など、まったくないほどだ」
そこでルナティタスは言葉を切った。