「だからこそだ。だからこそ、やつらは余の道を作るのに邪魔な存在なのだ」
「それで、やつらを狩り立たせるような書状を送っているのか?」
「そういうことだ」
ルナティタスは書いている書状に視線を落とす。
「だが、ランドルもマースも反乱を起こすことはないだろう」
オルガンは目を細めるとルナティタスは理解させるために、説明する。
「やつらは脳筋ではない。それに優秀な息子や側近もおる。だから反乱を起こすことはないだろうな」
ルナティタスは背筋を伸ばしていた身体を椅子の背もたれにどっと腰を沈めさせる。
瞼を三呼吸ほど長めに閉じ、大きく息を吐いた。
それから目を開く。その目に宿っていた強い光が一層強くなる。
「よくわらからん。反乱を起こさせようとしているのではないのか?」
そう言って不思議そうな表情をする。
「あぁ。その通りだ。100万のアルデシール軍と単独で、まともに戦えるだけの力がないことくらい分かっておろう。だから、やつらは同じ考えを持つ者たちと手を組み結束するしかないのだ」
敵を増やすことにルナティタスは不適な笑みを浮かべ、両手を組んで、オルガンを見据える。
「この機に乗じて、これまで様子を伺っていた貴族や将軍たちが行動を起こす」
ルナティタスは王宮内で表向きはへこへこしている大臣たちが何かを企てているような気がしていた。
それもついでに誘い出そうと狙いだ。
他にもアルデシール王国軍の軍内部でも、女王に対して、絶対的な忠誠を立てている近衛師団の将軍たちが夜更けに酒場や人気のない場所で何度も会合していることを密偵からの報告が上がっていた。
「そうなれば、奴らの計画を利用して、一網打尽にしたほうが得策というものであろう」
それにオルガンはようやく、ルナティタスの狙いが理解できたようで、感嘆とした声を漏らし、悪人面で微笑む。
「お前は悪人だな」
オルガンの言葉にルナティタスは口端を吊り上げた。
「悪人? 何をいまさら。毒殺、謀略など、当たり前のことではないか。それにお前に言われたくないものだな」
オルガンは暗殺者だ。人を夜の闇に紛れて殺す。根っからの悪人だ。
ルナティタスも自分が相当な悪人だと改めて認識すると共に薄暗い執務室の中、2人はお互いに不敵に笑い合った。
♦♦♦♦♦
その頃、シンゲン、リルの二人はシンゲンが住んでいた小屋からすぐ近くにある村に出向いていた。
リルは偵察兼ねて、オルタシアにあるものを調達するよう頼まれ、この村に足を運んでいたのだ。村のことを知らないので、シンゲンを案内役にしている。
リルは珍しいものを見るような目つきをして、キョロキョロと周囲を見渡し、感想を漏らした。
「意外に店が多いんだな」
村の中には複数の雑貨屋や武器を扱う店が軒を連ねていた。行き交いする村人も多く、賑わっているように見えた。
村人たちは見慣れないリルの姿をジロジロと見つめるが、物怖じしない彼女の性格上、特に気にせず堂々と歩いていた。
あまり、目立たない方がいい気はするが、だからといって、フードやマントを羽織っていると怪しまれてしまうので、むしろ、こちらの方が、都合がいいと言えたかもしれない。
洗練された雰囲気を持ち、引き締まった肢体。
そして、鋭い眼光。男と見間違うほどの短く切り揃えた髪の毛。
女らしさを感じさせない中性的な美貌を持つ彼女は、すれ違った男たちの目を奪うほど美しく整っていた。
チラリと彼女の横顔を見て、それから頭の先から足先を見た。
胸がぺったんこなのは触れないでおく。
(うん。やっぱり目立つ……)
腰に下げている使い込まれた長剣はただの旅人にしては異質過ぎた。
時より見せる警戒した目は鷹のように鋭い。
近くとすれ違った村人にはさらに警戒しているようだ。
(だから、その顔をやめてくれ……)
そんなことを思いながら歩いているとリルが話しかけてきた。
「なぁ、シンゲン、ここの村の品揃いは良いのか?」
「あ、あぁ……必要品はある程度は揃っているとは思うけど」
それにふーん、と感心と好奇心が混ざった声を出す。
どこか楽しそうな表情だった。
可愛い。とてつもなく可愛い、とそう思って、彼女の横がを見つめていると視線に気が付いたリルが眉を寄せてきた。
「ん? どうしたシンゲン?」
可愛く首を傾げてくる。思わずキュンときてしまったので、誤魔化すように咳払いをしたシンゲンは、前を向いて平静さを装いながら口を開いた。
「べ、別になんでもない。それより、目的の店に着いたぞ」
足を止めて、目の前にある建物に指差した。
「おぉーって……これが織物屋か……?」
そうだ、と答えるとリルは眉を顰め、店を見定めるように目を至る所に送る。
「なんか、小さいな」
リルは思ったよりも小さな店だったのか残念そうか顔をしてそ言った。それにシンゲンは苦笑いした。
「……小さくて悪かったな」
そうい言ってシンゲンは不貞腐れた態度を取る。
リルは気にすることなく織物屋の前に立つと、手を大きく広げて、自分が思い浮かべていた店の大きさを身体を使ってシンゲンに教える。
「王都はさ、こーんなに大きくて、いろんなものが売っているんだぜ!」
でた、都会っ子特有の田舎ディスリ。
だが気持ちがわからないわけでもない。
村では物々交換が主だ。
服も自分達で作った物を着るのが基本だから既製品はあまり手に入らないし、装飾品などもあまり必要が無いため、買うことがない。
「はいはい。すごいですねー」
リルの話を軽く無視したシンゲンは用をさっさと済ますために織物屋の扉を開けてくぐる。
1人になったリルは数秒ほど、呆然と立ちつくしたあと、反応してくれなかったことへの文句を言いつつ、彼女もまた織物屋に入店した。