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第24話 三日月の眼帯 その2

店の扉をぐぐるとそこにはこじんまりとした空間の中に、織物屋らしくカラフルな布やら小物が所狭しと並んでいる。


少し埃っぽさが感じられるが不思議とそれは嫌じゃない。


どこか懐かしさを感じさせるのはこういう雰囲気だからだろうか。


「これまた……」


続きを言おうとしたがリルは口を紡いだ。人の気配がしたからだ。


カウンターの奥から老婆が顔をひょっこりと覗かせて来るとシンゲンの顔を見て、にっと笑みを向ける。


「あら、シンゲンちゃんいらっしゃい」

「どうも」


そういって、シンゲンは会釈したあとカウンターへと歩み寄る。


店主の老婆は視線をシンゲンの後ろにいる物珍しそうに店の中を見渡す女性へと移す。


「はて。あんた、見たことない顔だけど、村の娘っ子かい?」


 質問されたリルは老婆に振り向くと、首を横に振った。


「いいえ。あたしはこの村をたまたま訪れた旅人の者です。今、彼に村の案内をしてもらっているところなんですよ」

「そうかい、そうかい。この村はなんもないけど、ゆっくりしておゆきなさいな」


それにリルは笑顔で会釈した。


「それより、メアリーばあちゃん、元気だった?」

「おぉ。まぁ、そうじゃな、最近、腰が痛くてな~。ちと困っちょるわ」


はきはき喋りながら、腰を二度叩いて見せた。顔色は元気そのものだった。


それでも彼女はもう70歳を過ぎている。


それなのに毎日働いているのだがら、シンゲンは心配で仕方がなかった。


村に来た時は、用もないのに織物屋へ顔を覗かせてはメアリーの様子を見ていたりするくらいだ。


だから、シンゲンと老婆はもう顔馴染みで、孫と祖母のように接していた。


「もう歳なんだからさ、息子の嫁に、家業を譲ったらどうだ?」

「ありぁ、まだまだダメだよ。基礎もまだ出来ていない。まったく」


呆れた様子でいう。だがしかし、それを嬉しく思っているような口調でもあった。自分の子供と同じように扱ってくれている証拠だと感じるからだ。


メアリーの一人息子は去年結婚したばかりだ。


嫁いできた若い嫁に技術指導をおこなっている。


これがなかなか厳しいらしい。


でもそれはそれだけ大切に想われている証なのだとも思うと嬉しいものだ。


「わたしはまだまだ現役よ」


そういって、ふんすと鼻息荒げて腕を組んで見せた。


それにシンゲンは苦笑いしてしまう。


「まぁ……無理だけはしなさんな」

「あいよ」


老婆は軽い返事をすると椅子に腰を下ろし、作業台の上に置いてあった針を手に取って、手際よく裁縫をはじめていった。


忙しそうにしているメアリーに新たな仕事を頼むのは忍びないと思っているとリルが脇腹を小突いてきた。


オルタシアからのお使いを頼まれて、ここに来たという目的を思い出していたのだ。


すぐに気を取り直したシンゲンは自分の方を見つめてくるリルの目線に応えるように軽く咳払いをすると話しかけた。


「ちょっと、頼みたいことがあるんだけど、大丈夫そうかな?」


作業をしている手を休めてこちらを見た。


「なんだい?」

「実はさ、右目用の眼帯を作ってもらいたいんだ」

「眼帯? シンゲンがつけるのかい?」

「いや、友人さ。メアリーばあちゃんの作った眼帯は肌触りが良くて、着け心地が良いんだよ」


そんなことを褒められて嫌な気持ちになる人は滅多にいないだろう。


案の定メアリー婆ちゃんの頬は緩んでいて満更でもない顔をする。


メアリーは立ち上がって、奥にある棚の方へと向かうと並べられた布を選んでいた。


「目に着けるやつねぇ。となるとこの素材がいいかもね。それで、どんな色がいいんだい?」


選んだ生地を片手に持ち振り返って聞いてきた。それにシンゲンはリルへと視線を向ける。


「オル、あ、いえ。彼女様は白色が好きなんです」


危うく口から出てきそうになったその名前を飲み込んで訂正をした。


今ここでオルタシアという名前を口にすればややこしくなることがわかっていたからそうしたのだが、内心冷や汗ものだったことは言うまでもない。


シンゲンは小声でツッコミを入れる。


「なんだよ、彼女様って」


彼女様という言葉があまりにもおかしかった。


それにリルは周りの目を気にしてか、シンゲンに肩をぶつけて、耳元で声を潜めながら喋ってきた。


「だって、ここで、殿下の名前を出したらまずいだろ?」


シンゲンも肩をぶつけ返して言う。


「そりゃあそうだけどさ、もっと良い言い方があるだろ」

「あたしにそんな頭が回るような顔をしていると思うか?」


真剣な顔でそういう彼女に思わず吹き出しそうになる。


「あんたたち、なにをひそひそ話しているんだい?」


二人して、慌てて向き直すとメアリーに怪しまれないように話を戻した。


「あ、いや、こっちの話さ。それで何だったけ?」

「生地の色は白色でいいのかって話だよ」

「あぁそう。そうだった。白色で、お願いするよ」


メアリーはそれを聞くとうなずいていた。


「あいよ。白色だね。すぐに作るからちいと待ってな」


そういって、メアリーは白色の生地を手に、作業台の椅子に座る。それを二人は見守るようにして、見つめるのであった。

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