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第25話 三日月の眼帯 その3

それから数刻後、シンゲンとリルは出来上がった白色の眼帯を持って、オルタシアとミナが待つ小屋へと戻った。


森の中にある小屋はいつもと変わらず、誰かが訪れた様子もなかった。


追手が居ないか、念のため警戒しながら帰ったのだが、誰もついてきている様子もなく、安堵する。


それから小屋の扉を開けるとそこにはミナがほうきをもって、掃除をしている最中だった。


シンゲンはこれまでずっと一人で暮らしていた。リリスもいるが、寝泊まりしているわけではなく、時たまに暇を持て余して、姿を見せて来るだけで、ずっといるわけではない。


誰かを小屋に招くことがなかったため、いろいろと物が散らかっていた。


汚いと言われたら汚い。でも、いきなり上がり込んで来たのだから掃除する暇がなかったので、仕方がない、と言い訳する。


シンゲンとリルの姿を見たミナが満面の笑みを浮かべて、おかえりなさい、と言い出迎えてきた。


シンゲンはそれに会釈したあと、荷袋から大切にしまっていた白色の眼帯を取り出して、ミナに見せる。


ミナはそれに覗き込んできて、微笑んだ。


「あら~いい感じね」

「だろ。あそこの織物屋は質の良いやつを使うんだ。なによりデザインが俺的には好きなんだ」


満足そうにしているシンゲンの隣ではリルも同じようにして満足げであった。


「でも、この形はまた珍しいわね」


ミナはそう不思議そうに言う。


眼帯の形のほとんどが丸い形で、色も黒色が多い。


眼帯は黒で丸い形だ、と誰かが決めたわけではないが、そういうものだろうと思っていたのだ。


その常識を覆すような白一色のデザインで、そして、三日月の形をしているのだから、珍しく思うのも仕方がない。


「おしゃれだろ」


ふふんっ、とシンゲンは鼻高々にする。そうこうしているとベッドで眠っていたオルタシアが目を覚ました。


ぼんやりとしているようで、まだ寝ぼけている様子だった。


シンゲンは手のひらを上げてあいさつする。


「よっ。おはよう」


声をかけられた彼女は視線だけを動かして、彼を見つけると何かを言いたげな顔をしたあと、こくりと静かにうなずいた。


シンゲンがオルタシアへと歩み寄ると同時にオルタシアも上半身をむくりと起こした。


シンゲンが持っている白色の眼帯を一瞥したあと、嬉しそうな顔をする。


「……白色の眼帯か。それにこの三日月の形―――いいセンスだ」


そう呟いて口角を上げたあとに手をシンゲンへと差し出した。シンゲンはオルタシアにそっと眼帯を渡す。


オルタシアは受け取った後、顔の方まで持っていき、窓から差し込む太陽の光りに透かすように見た。


笑みを浮かべたあと、右目につけようとした瞬間、手から滑り落ちてしまった。床に落ちた白い眼帯を拾い上げようと手を伸ばす。


そこで、手が震えているのがわかった。シンゲンが手で制し、拾い上げた。


「あ、ありがとう」


どこか、恥ずかしさがあるのか、少しうつ向きながら小さな声で言った。そんな彼女に近づくと告げる。


「ほら、結んでやるからじっとしていろ」

「え、あ、あぁ。わかった」


 戸惑っているような様子だったがオルタシアはシンゲンはオルタシアの後ろへ回って結び目を作った。


オルタシアはシンゲン、リル、ミナへと顔を向ける。


「どうだ、似合っているか?」


鏡がないので、確認ができなかったので、3人に尋ねることにした。


一番にシンゲンが頷きながら言う。


「とても似合ってるよ」

「本当か?」


チラリとリルへと視線を向ける。リルはうんうん、と頷き、ミナも優しく微笑んでいた。


オルタシアはその光景を見て満足した表情をする。


そんな和やかな空気が漂っている中で、オルタシアは突然の頭痛に顔をしかめた。


右の傷口が焼け付くように痛むのだ。それに耐えるように毛布を握りしめ、唇を強く噛んだ。


「くそっ……」


シンゲンがオルタシアの両肩を持ち、ベッドに寝かせた。横になった方がいいと判断した。オルタシアも少しだけ痛みが和らいだ気がした。それでも痛みは消えない。


それが悔しかった。とても悲しかった。こんな惨めな思いをするのは屈辱的だった。


天井を睨みつける。


何もできずにただ痛みに耐え、自然に癒えるのを待つしかないという無力感と苛立ちを覚える。


回復魔法が使えたらどれほど楽なことか。その思いばかりだ。


右目に手を添えた。


手のひらから自分の体温を感じる。


瞼を閉じた。


あの時の光景―――思い出すだけで頭が割れそうなほどの激情に襲われ、今すぐにでも剣を取り戦いたいという衝動を抑えきれなくなるほど強かった。


それでも身体は言うことを聞かない。


この程度の痛みで弱音を吐いてしまうくらい心が疲れているのかと思うと自分が許せなかった。


(―――マルトア……私はこんなにも弱かったのか……?)


自分に問いかけるも、答えなど出なかった。



♦♦♦♦♦



次の日の朝。


オルタシアは高熱に襲われ、意識が朦朧とする中で、小屋の外にいた。


軍服のボタンもまともに止められず、剣を杖にしながら、木柵に繋がれていた馬に近づき、跨ろうとしていた。


それを小屋にいなくなったことに気が付いたシンゲンが駆け付ける。


「何やってるんだ?!!」


その言葉を無視して、オルタシアは馬に跨るも、手に力が入らず、落馬しそうになった。


慌てて、シンゲンはオルタシアをキャッチしたが、バランスを崩し、後ろへと倒れ込んでしまう。

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