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第26話 まな板?

オルタシアがシンゲンの上に乗っかっているような形になった。


彼女の後頭部がシンゲンの鼻先に押し付けられる。


少し汗ばんだ匂いがした。これが女性の匂いなのだろうか。


男の汗臭さとはまた違う甘い良い香りがした。


不思議な気持ちになりつつも、ハッと我に返る。


指先に触れた何か柔らかい感触。確かめるように手を動かす。


それは焼きたてのパンよりも、柔らかく弾力のあるものだった。


まさしくお椀型……。


恐る恐る視線を向けて確認する。


それはオルタシアの大きな胸であった。


しかも、軍服がはだけているために下着が見えて谷間がちらりと見えたため、更に手の中の柔らかな感触が増した気がするのだ。


さらにさらに汗ばんで濡れた下着が透けて見えてはいけないと思うとシンゲンの心拍数は上がりっぱなしになっていた。


オルタシアはというと意識が朦朧としているのか、自分の胸を掴まれていることに気が付いていなかった。


身体から熱を発していて、とても苦しそうだった。


吐く息がとても熱い。


それどころか呼吸をするたびに肩が激しく上下している始末だ。


このままでは理性が吹っ飛んでしまいそうに思えたその時だった。


「―――おい、お主、なにをしておるのだ?」


声がかけられた瞬間、肝が冷えるほど心臓が大きく跳ね上がった。


(――――この口調って……)


はぁ~っと溜息交じりの声色を聞く限り間違いない。


声がした方へと視線を向ける。そこにはジト目で見下ろしてくるリリスの姿があった。


「こんな朝っぱらから、しかも相手は意識朦朧としていることをいいことに野外でいかがわしい行為に及ぶとは……」


汚物を見るような目でリリスは見てきた。


「ち、違う! これは、その、そう、これは事故だ!!」


必死になって否定するも、この態勢では説得力がなかったかもしれない。


それにシンゲンの手の中はまだしっかりと胸を掴んだままなのだ。


「最低だな……」


蔑むように言った後、彼女は呆れたようにため息をついた。


それから改めたようにリリスはその場にしゃがみ込み、オルタシアを見つめる。


顎に手を添えたあと、目を細めた。


「ふむふむ。この女の傷、あまり良くなっていないな」


この時代、負傷した時はすぐに回復魔法による治療が行われる。


回復魔法は万能ではなく、そして、圧倒的に回復魔法を使える治癒師が足りていなかった。


その為すぐに治療しなければ治らないものも多かったのだ。


そこで役に立つのが錬金術師による特殊なポーションや薬草を使った調合術である。


ただ薬を作るだけでなく効果を高める為には様々な技術を要するし、材料の確保も容易ではない。それゆえ高価な値段設定になってしまうことが問題となっていたのだが……


そのどちらもいない状況化で、劣悪な環境の中、シンゲンは最低限の処置として、応急措置をしたつもりだったのだ。


といっても、アルコールによる消毒と清潔な布による止血程度だ。


怪我による高熱が続いている以上、根本的な解決には程遠いことぐらい素人でも分かることだった。


それでも少しはよくなると思っていたが、リリスが見てもよくないようだった。


「そう思うなら助けてやってくれよ」


情けない声でシンゲンはそういう。それにリリスが小首を傾げた。


「なぜ? こいつを治したところで、わしに得があるとは思えないが?」


真顔で言う彼女だったが、確かにそうだ。


魔女は自分の利益になることしかしない。


それは分かっているつもりだったのだが……それでも今は彼女の力が必要な時ではないだろうかと思ったりもしていた。


なんせ今にも死にそうなくらい弱っているのだから。


「頼む。この通りだ。なんとかしてやってくれないか?」


すると目を丸くさせ、パチパチと瞬きしたあと、クスッっと小さく笑った。


なんだか馬鹿にされた気分になる。


だが仕方がないことだろうと思いなおすことにした。


なによりもまず、この少女を救う必要があるのである。


ここで彼女を死なすわけにはいかないのだ。


そのためならばプライドを捨てることなんてどうってことないことじゃないかとも思ったりした。


「人に頼む時の姿勢ではないな。女の胸を揉みながら懇願するなど……」

「だから!」

「分かった、分かった」


と手をヒラヒラとさせる。


「一つ条件がある」

「条件?」


 シンゲンは眉を寄せるとリリスは悪魔のような笑みを浮かべた。


「わしの胸も揉め」


一瞬、耳を疑う発言であった。


「へッ?」


聞き間違いなのかと思って思わず素っ頓狂な返事になってしまう。


まな板のリリスの胸をどうやって揉むんだ、と思いながら視線を泳がせているとリリスは吹き出して、腹を抱えて笑い始め、涙目になりながら言った。


「お前は本当に面白いやつだ。わしの胸をそう簡単に揉ませるわけがないではないか。冗談だよ、じょーだん!」


悪戯っぽく笑う姿は無邪気な子供のようであり、そしてどこか幼さを残した表情を浮かべた彼女にドキッとした。


同時に胸の中にモヤモヤしたものが広がる感覚を覚えた気がした。


そんな自分を誤魔化そうと咳払いをする。

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