「それはそうだけど……」
ミナがそういうと言葉を詰まらせた。リルに横目で相手に気づかれないように一瞥した。
リルもミナの視線に気づき、声音を弱めて小さくささやく。
「オルタシア殿下はまだ動かせそうにないしな。今、動いたら命も落としかねない」
ミナは深刻な顔で反論する。
「でも、今すぐにでもここを出た方がいいわよね」
リルもミナと同意見だった。
だが、オルタシアを死なせるような行動は取れない。
リルとミナはマルトアと約束している。
彼から直接、“彼女を死すな”と言われているのだ。
なにがなんでも、その任務は遂行しなければならない。
その感情が判断を迷わせ、どうすべきか、二人は答えが出せないでいた。
リルとミナは見つめ合ったまま、喉を唸らせて眉を寄せる。
五つほどの沈黙後、リルが話を切り替える。
「今、もし移動するとして、闇雲に動くわけにもいかない。頼れるやつはいるのか?」
「信頼できるのはランドル卿かマース卿辺りね」
リルは顎に手を添えてなるほど、とつぶやくがミナは眉を八の字にした。
「でも彼らが治める領土はどちらもここから300キロ以上はあるわ」
「それは遠いな……」
ランドルの領土バーンロンドはここから西南に300キロの平原を移動しなければならない。
マース卿の領土レーアスは南。
山を一つ越えなければならない。
身を隠すところのない平原を進むか、隠れる場所はあるが険しい山道を越えて進むか。
どちらも難しい選択だった。再び、リルとミナは沈黙してしまう。
彼女らの判断を悩ましたのが要塞の関所である。
このアルデシールには、重要な拠点や舗装された道ごとに要塞を置き、常に蛮族が国内へ侵入することを警戒しているのだ。
迂回していく方法もあるが、かなり大回りになり、その分、日にちが掛かる。
それと各主要箇所には関所が置かれている。
ルナティタスの性格を考えるとすでに手を回している可能性がある。
関所にはルナティタス側の手の者が張り付いて、待っているだろう。
そんなことろへのこのこ行くほど、バカではない。
「……関所を通らずに迂回するしかないのか」
「そうね……。関所を全て避けて迂回するとなると……」
「半月はかかるか」
二人の会話が自分のことで進む手段に悩んでいる、と察したオルタシアはあることを決心する。
顔を歪めながらシンゲンに青い宝石のような片目で、決意を示す。
「……シンゲン頼みがある」
「なんだ?」
「私を馬に乗せてくれないか?」
目を見開いたシンゲンはすぐさま首を横に振る。
「ダメだ」
オルタシアは声音を強める。
「これは命令だ。私を―――――」
「ダメだっ!」
オルタシアよりも強めに放った言葉に彼女は面食らった。
自分に面と向かって抗えるのはマルトアだけだと思っていたからだ。
マルトア以外、睨みつけるだけで恐怖に慄くのに、彼は揺るぎない意思をぶつけられた。
それには思わず、オルタシアは目が泳ぐ。
(――――なんなんだ、こいつは)
「お前が何を言おうが、馬に乗せるわけにはいかない。そんなことをすると死ぬぞ」
「もう私の怪我は治っている! そうだろ!」
「治ってすぐに動くとまた傷口がひらくかもしれないだろ!」
それにオルタシアは怒りのあまりに腰を浮かした。今にも斬りかかりそうになった。
それを止めようとシンゲンの間にリルとミナが割って入る。
ミナとリルを殺してしまうと困るオルタシアは浮かせた腰を渋々下ろした。
それからオルタシアは何かを考え込み、疑いの目を向ける。
「……そうか、わかったぞ。私をこの小屋に留めて、フェレン聖騎士団に突き出すつもりだな?」
「なんでそんなことになるんだよ。そんなことしても、俺には意味がない。それに卑怯だ」
「卑怯だ、と?」
「手傷を負った人間を敵に差し出すような人間は卑怯だと言ったんだ。人を騙すようなことをするのは恥だ。絶対にそんなことはしない」
それにオルタシアは鼻で笑った。
「貴様もそこらの人間と同類だ。金次第で、人間は直ぐに裏切る。嘘をつく。己の利益の為にな」
シンゲンが声音を強めてオルタシアの言葉を否定する。
「違う。俺は嘘は言わないし、絶対に裏切らない」
「ならなぜ、私を止める? ここに留めようとする?」
オルタシアは殺気を滲ませた。
シンゲンが一瞬だけ、目を伏せる。
そして、意を決したように目を開くと真剣な顔で言い放つ。
「あんたに死んで欲しくないからだ」
その言葉にオルタシアは拍子抜けした。
出会って数日の仲なのにも関わらず、オルタシアを死なせたくないと本気で言っているのだ。
怒りが一気に吹き飛び呆れてしまう。
それからどうしたらいいのかわからず、答えが出ないまま戸惑う彼女は前髪をいじった。
「だったら、どうすればいいんだ。私は……」
「――――――俺にいい案があるんだ」
オルタシアは考え込んだあと、その案がどんなものかを訊いた。
♦♦♦♦♦
シンゲンの案の説明を聞いたリル、ミナは感心の声を漏らしオルタシアは嫌そうな顔をしていた。
「……このオルタシアを辱めるつもりか?」
「そうでもしないと堂々と道は行けないぞ。森を迂回して行きたいなら別だが?」
「だ、だが、私にも、プライドというものが……」
「ま、俺はどっちでもいいんだが。その間に見つかっても知らないぞ」
シンゲンの言う通りだと思ったオルタシアは反論できず、納得いかない顔のまま折れるように妥協することにした。
「わかった。……お前の言う通りにしよう」