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第30話 奇抜な作戦 その4

街の中を進む黒く染められた棺桶がガタリと動く。


それが荷台の揺れによって生じたものではないにもかかわらず、通り道で、すれ違うヨークの民らは気がつかなかった。


衛兵も司祭たちに怪訝した顔を向けるも検問と関所を通過しているのだからそれほど、怪しいとは思わず素通りするのであった。


注目されている少年司祭らは荷馬車を引いたまま人気のない街の路地に入ると一番、廃れて今にも廃業しそうな宿を探していた。


ちょうどいい宿を見つけるとお互いに目配せしたあと、黒染めの棺桶の三人で持ち上げ、そこに向かう。


店主は久しぶり扉が開けられたことに喜び、思わず身を乗り出してしまったが、来店してきた異様な光景に一気に青ざめた。


客は店主に軽い会釈したあと、三人で大きな黒い箱を宿の中に運び入れようとした。


そのとき、宿の扉に黒染めの箱の角がぶつかった。


「いたっ!!」

「あっすまん」

「殿下、申し訳ありません」

「バカかっ!!! もっと丁寧に運べ!!! 私を殺す気か!」

「あ、暴れないでください!!」


どこからかぐぐもった声が漏れ司祭らが箱に向かって会話をしている。


奇妙な光景に、司祭らと大きな棺桶を交互に見る店主。


その視線に気がついた少年司祭はそれを誤魔化すかのように、苦笑いをする。


店主は唖然としていたが数秒後にやっと我に返る。


少年司祭らが扉から自分の方へと歩んで来たので両手を突き出す。


「ちょ、おまっ、待て!!! 骸を宿屋に入れんな!! 正気か!! ここは墓地じゃねぇ!! 宿屋だッ!!!」

「アハハハ。勿論正気だよ。こういう職業だからな。ま、いいじゃないか。四人分払うからさ」


どこを見ても目の前には三人しかいない。


思考が止まった。


その店主を察したのか、少年司祭が指差す。


店主が指差された方へ視線を送ると頭を傾げた。


「そ、それ……死んでいるんだろ?」


店主は顔を引きつらせながら尋ねた。


死人を宿に泊めるなど、聞いたこともないし、泊めたこともない。


そもそも一人として数える自体、疑問を抱く。


「あぁ、死んでるよ?」

「じ、じゃあなんで……四人分なんだ……?」


突然、少年司祭が悲壮な面立ちで語り始める。


「……実は彼女、俺の大切な家族だったんだ。それがあんなことになるなんて、今でも信じられない。だから埋葬するまでは……。まだ生きていると思いたい。……わかるか? この胸が張り裂けそうな気持ち?」

「ま、まぁそりゃあ……わからんでもないけどな……」


同情する声音で店主がそういうと少年の後ろにいた女司祭らがうつむいて顔を隠す。


肩を小刻みに揺らしながら泣いているようにみえた。


すすり泣きしているのだと思った店主は仕方ないと肩をすくめた。


「わかった、わかった。わかったから泣かないでくれ。お嬢さんたち。泊まっていっていいから。その代わり、ちゃんと四人分払ってくれよ」


少年司祭は微笑みながら、お礼の謝辞をする。


女司祭らも一礼する。


本当は少年の胡散臭い芝居に耐えかねて、笑っていたのだが。


「んじゃあ、部屋は四つお願いな」

「え? 四部屋も借りるの?」


店主の質問を完全に無視した少年司祭は手の平を出す。


四部屋分の鍵を渡せ、という意味だろう。


店主は何がなんだかわからない状態のまま、言われるまま、四つ分の鍵を渡す。


「あ、棺桶はここに置かせてもらうわ。重いし」


軽い口調で言う少年は、さっそく棺桶を開けて、遺体を抱き上げる。


気を使いながらなのか、胸や腰辺りを優しく持った。


首がぐらりとした遺体を目の当たりにした店主は悲鳴のような声をあげて、目を思いっきり瞑って早く借りた部屋に持っていくように促す。


 三人の司祭と包帯で全身を巻かれた女性が階段をあがっていく。


店主の目に死体が自分で歩いているように見えた。


頭をかしげ、自分は疲れているんだ、と言い聞かせ、目頭をつまんで、背もたれがある椅子に深く座った。



♦♦♦♦♦





廃れた宿屋の一室で、包帯で全身を覆われた死体がベッドに腰をおろしていた。


それはどう見ても不自然だった。


その包帯を黒髪の女が丁寧に解いていた。


解いていくうちに、死んでいるには血色の良い艶だった肌や女性らしい細い腕、すらっとした足が露になる。


死体なのに瞬きをする。


死体の茶髪女性が腕を組んで不服なのか眉をしかめていた。


普通に喋る。


「まったく、このオルタシアが死体をするハメになるとはな!」


足元で清潔な白い布で汗を拭き取る黒髪の女性に文句を投げかける。


彼女はミナだった。


彼女は優しく微笑んで、上官を見上げる。


「殿下。彼の機転で、ここまで来れたのですよ。文句はいえません」


ミナはオルタシアを諭すような声音でそう言ったが、それでも納得がいかないのか口をつぐんだあと唸った。


扉の近くに控えていた金色短髪の女を睨みつける。


「リル。なんだ! その目は!!」


まさかの八つ当たり?!、とリルは心の中でつぶやく。


「申し訳ないです」

「まったく!」


素足で、汗を拭いているミナの頭をペチペチと叩く。


ミナはそれに苦笑いしながらも嫌とは思わなかった。


気を使っているのか痛くないようにしているからだ。


ミナは、オルタシアの仕草が可愛いと感じた。


そんなときドアが外からノックされた。


リルが剣の柄に手をかけ、オルタシアとミナも身構え。リルが扉越に尋ねる。


「誰だ?」

「あ、俺だ、おれ!」


少年の声が誰のものをわかった瞬間、オルタシアの眉が跳ねた。


扉が内側に開く。


少年の姿を確認したリルは笑みを送ったあと剣柄から手を離し中へ入るように身体を退けた。


少年、つまりはシンゲンがドアをくぐって部屋に入るとオルタシアは勢いよく立ち上がり、ズカズカと足を踏む鳴らして、胸を人差し指で強めに何度も突く。


「シンゲン!!! このオルタシアをよくも恥ずかしいことをさせたな!」

「いや、賛成したじゃないか」

「見ろ! さっき、おでこをぶつけたんだぞ!」


前髪をかきあげて、少し赤くなった額を見せつける。


「あぁーあれね」


宿に入るとき、オルタシアが入っている棺桶を扉にぶつけたことを思い出す。


シンゲンは頭を下げる。


「あれは、すまなかった」


突然、謝れたことにオルタシアは驚いた。


最初は説教してから謝らせようと考えていたが、それをする機会を奪われる。


いまさら、説教も出来ず、肩をすくめた。


「まったく。どいつもこいつも使えない部下たちだ!」


腕組をしたあとシンゲンからそっぽを向く。


シンゲンは彼女の態度に苦笑いをしたあと後ろ髪をポリポリ掻いた。


オルタシアが下着のままということにようやくシンゲンは気がついた。


彼女は白い薄い絹と下にはパンツしか履いていなかった。


窓から入る明りで、光る裸体はまるで、女神像のように、滑らかで、傷は目立つが、それでも美しかった。


顔が真っ赤になったシンゲンは視線をそらす。

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