目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第31話 過去の惨劇

――――――あれは数年前のことだった。


アルデシール王国は毎日のように蛮族の猛攻撃にさらされ、国も民も疲弊し軍を再編するのも難しい事態が起きていた。


そんな状況を息を顰めてみていたウラスラという魔女が王座を奪おうと王都ルアンから南に四十キロほど離れたトトモという小さな村で反乱を起こした。


反乱は鎮圧する軍もなかったこともあって、小さな村から街、そして、国内中に広まり、これまで虐げられてきた魔女たちが立ち上がり、怒涛の勢いで王都ルアンまで攻め込んできたのだ。


最後の守りを任されたアルデシール第四軍と第五軍は強大な魔法に圧倒され、次々に倒されていく。


黄金の鎧は灼熱に溶け、剣や槍は折れ、盾は砕かれた。


もはや抗う術がなかった。


当時、第四軍を指揮していたルナティタスは前線で怯む兵を鼓舞し、自らも剣を取り、果敢に戦っていた。


そんなとき、突然、虚空から現れた一人の魔女が第四軍を蹂躙する。


ウラスラだった。


横隊になった重装歩兵を空に舞上げ、長い盾を持つ兵を地獄の業火で焼き払う。


ウラスラが放った火玉にルナティタスが乗る馬がいななき、彼を振り落とす。地面に叩きつけられたあと目の前が真っ暗になる。


ルナティタスが目が覚めたときには、垂れ幕が張られた幕舎の中だった。


白い布を着る女の胸ぐらを掴み、尋ねるとオルタシアとマルトア率いる白狼騎士団が遠征地から王都に駆けつけ、戦いがあっさりと終わた、と教えられる。


そして、首謀者であるウラスラはオルタシアに捕まり、王都の広間ではりつけにされていた。


オルタシアは処刑台にあがり、ウラスラを反逆者はどうなるかを教え込むために、みせしめとして火炙りされる。


話が出来すぎているように見える。


なぜなら、白狼騎士団は西の蛮族を討伐しに遠征に出ていた。


王都からはその地から一週間はかかるはずなのに、一日で駆けつけたことになる。不可能だ。


まるで、ウラスラが反乱を起こすことを事前に知っていたかのような動き。


マルトアが仕組んだ。


これはすべて、あいつが仕組んだ、と考えたルナティタスは憤怒した。


ルナティタスは怒りながら垂れ布で作られた臨時の救護所から飛び出し、高台に駆け上がった。


王都を見渡す。


視線先に広がる光景にルナティタスは唖然とした。


彼の視線の先には民を守るはずの城壁は崩れ落ち、そこから見える会戦した平原では辺り一面、赤黒く染まり、カラスが無数に飛んでいた。


後処理が進む遺体安置所におびただしい数の死体が並べられその中に、ルナティタスは身内の姿を見つける。


凍りつけにされ粉々に砕け散った自分の弟。炎に焼かれ灰となった息子。


あまりの無惨な姿に直視できず、両手で頭を抱え、蹲り泣き叫んだ。


“ウラスラの内乱”とよばれる争いはルナティタスにとっては忘れたくても忘れられない内乱だった。


魔女への憎しみで顔が険しくなったルナティタスに気を使ったのか、クティロが一礼したあと、下がろうとした。


ルナティタスはクティロの肩を掴み、怒りの籠った声音で告げる。


「全て、根絶やしにしろ。例え、赤子もだ」


声が震えていた。


クティロはうやうやしく頭を垂れ、仰せのままに、と小さく答える。




♦♦♦♦♦





クティロは女王の間を出たあと、大理石の床に敷かれている赤絨毯と大きな柱が並ぶ通路を進む。


外で控えていた一人の騎士が彼の後を追い、横に並んだあと、調べていたことを報告した。


「報告します。残念ならがグロータス卿がいまだに見つかりません……。最悪の場合も有り得るかと」


最悪の場合とは、グロータスが死んだ、という意味を示している。


彼が死んだということはオルタシアはまだ生きている可能性が高い。


(――――――あいつがしくじるとはな……)


(―――――いや、手負いとはいえ、あのオルタシアだ。やはり、俺が行くべきだったか……)


「どうしますか?」


疲れきった声だった。


目元にもクマができていることから昼夜問わず、捜し回ったことがわかる。


甲冑を着た彼女はまだ若く身体も細い。見た目から十代後半ほど。


彼女の名はソフィア。


まだ、若いが処理能力に優れているので、雑務役としてクティロの副官に置いている。


クティロは報告をしてきたソフィアを横目で一瞥したあと赤髭を撫でながら唸った。


目を細める。


怒ったと勘違いしたソフィアは頭を下げた。


「申し訳ありません」


疲労と自分の不甲斐なさに唇を噛み締めたソフィアは今にも泣きそうな声にクティロは肩をすくめる。


「騎士が泣くな」

「すみません。しかし……」


なにかを言おうとしたソフィアだったが、それをさえぎるようにクティロは足を止め、彼女の肩を軽く叩いた。


「お前はよくやった。それで十分だ」

「でも……」


ソフィアはクティロを見上げる。クティロは首を横に振った。


「休息を取れ。これは命令だ」

「……わかりました。お気遣いありがとうございます団長。では、お言葉に甘えて休ませて頂きます」

「おう。そうしろ。俺は魔女狩りに出てくるから、ザガーとヘルミッツに後を任せる」


ソフィアは足を止め畏まりました、と言いながら深く頭を下げる。


それにクティロは手の平を掲げて応える。


数刻後、フェレン聖騎士団の騎士5000名に出撃の命令が下る。


騎士は準備に時間がかかるため、王都を出たのは既に日が沈んだ時だった。


薄暗い中、フェレン聖騎士団五千騎とその後ろを星空教会の旗を掲げる星空軍四千の歩兵が南へ軍勢を進める。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?