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第32話 ヨークの戦い

リルはヨークの街中で情報を入手しょうとしていたのだが、田舎街なのか重要な情報はこれといって、とくになかった。


あるとしたら――――それを思い出すだけで吹いてしまう。


「これといった情報はありませんでした――――まぁその、あるとしたら―――飼っていた羊や牛の家畜が逃げ出したとか、屋根を修理していた農夫が転げ落ちたとか……」


オルタシアは目を丸くしたあとフッと吹いた。


そして、流石は田舎街だな、と思った。


「……他にはどうだ? 兵の数は?」

「数は極端に少ないようですね。外警備に兵を回しているようで、街にはせいぜい300ほど」

「なるほどな。いざとなったら、振り切れる数だな」


 ヨークにオルタシアの怪我が完全に治るまで、滞在するつもりだが、もし彼女の存在がバレたとすると、すぐに逃げる手筈になっていた。


たとえ、オルタシアとはいえ、完全に力を取り戻していないので、包囲網を敷かれてはひとたまりもない。


だから衛兵が少ない田舎街を選んだ。


ヨークからランドル卿が治めるバーロンドの間には丘陵地帯が広がっている。


そこにまで逃げ込めば、追っ手から逃げ切れる自信があった。


それに王女なのに殺人鬼と言われたオルタシアの姿を見ただけで、戦い慣れしていない農夫を徴兵した兵など、戦慄のあまり震え上がるだろう。


少なくとも相手にしたくない存在だ。


領主が見えない場所に行けば、命が惜しく思い深追いはしないと考えた。


 腕を組んだオルタシアは深く頷く。


「もう少し滞在することにしよう。有難いことにここにはお客が来ないみたいだしな」


 冷酷なオルタシアとて、これは同情してしまうほどだった。


この宿のなにがいけないのか。


確かに年季が入っているが、泊まれないわけではない。


田舎街だからなのか、と考えた。


オルタシアら一行がこの宿に泊まってから誰も宿泊客は来ていないが一応、念には念を入れて、宿主に探りを入れない条件で金貨を渡している。


その必要らあったのかどうかも疑わしいが。


突然、街中が騒がしくなると宿の階段を駆け上がる音がした。部屋の中が一気に緊張が走る。


ばれたのか?、誰もがそう思った。


リルは帯びていた剣の柄を手にかけ、シンゲンも刀を手に身構えた。


ドアがノックされる。


ドア越しに苦しそうな息が聞えてくる。


その息遣いが聞き慣れていたリルは強張った顔を緩め、大丈夫です、と告げる。


ミナだった。


オルタシアが入るように促す。


「入れ」


駆け込むようにミナが部屋に入る。


ドアをしっかり閉めたあと、額に流す汗を垂らしながら報告する。


「大変です!! 女王陛下が崩御されましたッ!!!」

「なっ?!」


 リルがその知らせに驚きの顔をして固まった。


シンゲンも少しだけ驚く。


オルタシアはというと視線を一度落として、それだけだった。


感情を出さず、軽く流すように他には? と尋ねてきた。


ミナはオルタシアの反応に驚きながらも他の情報を伝える。


「王位はユラン様に決まったようです。すでに戴冠式を終えているとか」

「ほぉ……」

「他にはなにかないのかっ?!」


オルタシアよりもリルの方が詰め寄り感情的に尋ねる。


「ルナティタスは早速、星空教会の軍を南方面に送ったみたい。それにアルデシール軍を北に送ったとか」

「さっそく動いたか。行動力はあるな。南は魔女狩り。北はどういうつもりだ……?」


オルタシアは視線を巡らせる。


魔女狩りはまだわからないでもないが、北にアルデシール軍を動かす理由がない。


視線は自然にシンゲンの方へ向けていた。


「多分、誘っているんだろ」

「どういう意味だそれは?」

「……ユランが女王になったことで、実質ルナティタスが政権を握ったことになるんだろ?」


ミナに確認する。


「そうね。彼はいまやアルデシールの宰相になったみたい。じゃないとアルデシール軍を動かせるはずがないわ」


アルデシール軍を動かすのは女王の命令のみだ。


非常時でもない限りは、大臣らは勝手に動かせない。


だが、宰相となれば話は別。


女王の意向がそのまま宰相におりているので、簡単に動かすことができる。


他国への戦争をするときは流石に女王本人の承認と命令が必要だが。


「ルナティタスが女王を操る事を許るせない。またはおのれの利権に関わると考える貴族たちが――――例えば反乱を起こすとか」


リルが顔をしかめた。


「要するにきっかけ作りだよ」

「きっかけ作りだと?」

「そう。王都の守りを手薄にしたことで、攻め入るチャンスができる」


オルタシアはなるほど、と相槌を打つ。あることに気がつく。


「もしかしたら、このタイミングでランドル卿やマース卿が動くかもしれんな」

「なんでだ?」


今度はシンゲンがオルタシアに尋ねた。


「マルトアを慕っていたやつらだからな。弔い合戦だ、とか言って兵を挙げるぞ」

「確証は?」

「ない」


短くはっきり答えた。


「じゃあ俺達はどうする?」


オルタシアは手を顎に添え思考する。


「ミナ、地図」


ミナに地図を持ってこさると、机の上に荒っぽく広げ、バーンロンドの場所を指差した。


「もし、ランドル卿が反乱した場合……バーンロンドの地方は彼側につくだろう。あいつは領民から慕われているからな。となると私達がいるこのヨークは―――」


オルタシアはバーンロンドからヨークをなぞるように指を動かし、二度人差し指で叩く。


「―――最前線になる。つまり、ここにランドル軍が来る」

「なら、合流のチャンスがあるんじゃないか?」

「そうだな。だが、このオルタシア、なにもせずに合流するつもりはないぞ」


怪しい笑みをした。


シンゲンは首をかしげる。


「……なにをするつもりだ?」


嫌な予感がした。


あえて口には出さなかったが、その問いにオルタシアは口端を吊り上げて地図を手の平で叩いて言った。


「ヨークを奪うッ!」

「……ッ」

「殿下、まじですか? マジなんすか?!」

「大胆にでましたね……」


それにオルタシアは鼻を鳴らした。


呆気にとられたシンゲンは肩をすくめる。


「で、奪うとして作戦とかあるのか?」


オルタシアはシンゲンに青い宝石のような双眼を向け両手を広げる。


「そんなものあるわけないだろ」

「へ?」

「お前が考えろ」

「そんな無茶苦茶な……」


街を奪うとか言い出したのは、勢いなのか、それともなにか、意図があっての発現なのか。


まったくわからなかった。


シンゲンはリルとミナに視線を向けるも、彼女たちも顔を見合わせ、苦笑いする。


シンゲンも大きくため息を吐いて、頭をかかえる。


ここまではっきりと「作戦なんてないから、お前が考えろ」なんて、言われたら、なぜか清々しいと感嘆してしまう。

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