「――――――で、どうしたらいい?」
オルタシアは地図に視線を落としシンゲンに尋ねた。
「え、いきなりか? 俺、まだなんにも考えてないんだけど……」
それに顔を歪めたオルタシアは疑問する。
「軍師というものは、こーぱぱっと瞬間的に思いつくもんだろ。マルトアはいつもそうだった」
オルタシアはそう言うが、俺はマルトアじゃない、とツッコミを心の中で入れつつ、シンゲンは頭を掻いて肩をすくめた。
「……あのさ、俺はいつから軍師になったんだ?」
「うるさい。私に口答えするな。さっさと考えろ」
シンゲンは強引な彼女に呆れてしまう。腰に手を当ててため息を吐く。考えるよりまずは現状確認ということで、リルにヨークの情報を改めて訊く。
「リル、質問なんだが、ここの領主は常に館にいるのか?」
「ゲリング卿のことか? あぁ、いまのところは、館にいるみたいだな」
「なるほど。館の兵士の数とかは?」
「うーん。チラッと見た限りでは、そう多くはないな。館の警備も普通だった」
すこしの間、黙り込んだシンゲンは地図に視線を落とす。
「夜襲はできそうか?」
「館にか?」
シンゲンはあぁ、と頷く。
「可能って言えば可能だ」
オルタシアが口を尖らせた。
「言っておくが私はあまり戦えんぞ」
「あぁわかっている」
オルタシアが戦えないことを把握しつつ、シンゲンは考えた作戦を述べる。
こういう場合、どうすればいいのかは、とある人に嫌ほど教え込まれているので、あまり考えることもなかった。
そう、彼はただの木こりではないのだ。
「とりあえず夜襲でいこうと思う」
「理由は?」
オルタシアは、楽し気にした声音で尋ねる。そこで、彼女が無茶振りをしてきているとわかった。
「夜襲の方が効果が高いって聞いたことがある。見えない敵ほど怖いものはないらしいからな」
これは人間を含めた他、目がある動物は本能的に、暗闇への恐怖を抱く、と数多くの軍師や戦略家が戦いの中で導き出した考え方である。
へーと関心を抱く声を漏らす三人。彼女らを交互に目配りしたシンゲンはオルタシアを見つめた。
反対がなかったのでシンゲンは夜襲の方向で話す。
「で、役割なんだが、オルタシア……―――――」
シンゲンはオルタシアを将軍というべきか殿下と言うべきかそれとも姫と言うべきか悩んだ。流石に呼び捨てはいけないと思った。そもそも自分の態度はこのままでいいのかすら悩んでいたが。オルタシアはシンゲンが思っていたことを察したのか将軍、でいいと言った。
「――――――オルタシア将軍には夜襲を仕掛けるとき、敵に姿を見せつけてもらいたいんだ」
「姿をだと? なにを言っているだ貴様は。そんなことをしたら衛兵が集まってしまうではないか」
「あぁそれでいい」
まるで、それが正解のようにいうシンゲンに理解できずオルタシアは眉をしかめた。ミナもリルも同じく頭をひねる。
「ここは知っての通り田舎街だ。国境からは遠く、また戦争とは無縁。だからあまり戦ったことがないし兵は正規兵より、民兵に近い」
ヨークの街はアルデシールの中部地方に位置しているため、蛮族の侵入はそうそうない。戦うとしても山賊などの討伐だろう。魔獣などに関しては白狼騎士団やフェレン聖騎士団の役目だったので、戦わない。そのため衛兵は毎日、生きていない藁人形と睨めっこの訓練だけだ。それに古参兵のほとんどが、国境沿いの警備部隊に送られている。内部からの反乱がないことを想定しての配備だった。
「じゃあ一つ質問するが、アルデシール最強と呼べれ、冷酷で氷のような将軍を見つけたどうする?」
ミナがすぐに答える。
「手柄欲しさに殺到するわね。すくなくとも私はそうする」
当然だ。オルタシアはいまやお尋ね者に近い。高額な報奨金が出されているので、それ欲しさに捕えるか殺そうとするだろう。それはシンゲンもわかっている。自分の国に追われるというのは、もどかしい気持ちになる。
「あぁ。鍛錬を積んで、戦場を生き抜いてきた古参兵はな。間違いなく向かってくる」
恐らく、オルタシアが能力が使えなくなっている、という話はフェレン聖騎士団やアルデシールの将軍などの上層部は知っているはず。なら今がチャンスだと、群がるだろう。
シンゲンの考えがますます意味がわからん、と思ったオルタシアは難しい顔をして唸った。それにシンゲンは笑みを浮かべる。それは自分が考えてつくった問題の解答がわからなくて、悪戦苦闘している者を見ているような目だった。といっても、そこに馬鹿にした感情などはない。
「――――――だが素人は違う。この田舎街でもオルタシア将軍は有名だ。それは美しいからじゃない。王女だからじゃない。バケモノだからだ。女や子供を躊躇なしに皆殺しにする将軍と呼ばれているから有名なんだ。それがだ。もしも深夜、自分の目の前にひょっこり現れ、剣を片手に迫ってきたらどうなる?」
バケモノという言葉にオルタシアの眉がピクリと動く。不愉快に思ったのか唸る。
なるほどと思ったのかミナとリルがあー、吐息に近い声を漏らした。
「ま、大人数だったら話は別だがな」
オルタシアは口を尖らせ心の中でつぶやく。
(――――――女は殺したことはあるが………子供はない。少なくとも戦い以外には。確かに一人残らず生き埋めにしたこともあったけど……)
思い当たる節があったのでオルタシアはシンゲンに文句は言わなかった。リルが手の平を拳でポンッと叩く。
「なるほど!あたし、騎士に成ったばっかりのときなんだけど、最上級大型魔獣に警備中にばったり出くわしたときはもう死ぬかと思ったわ。足が竦んで動けなかったもん。あんなんどうやって倒せって言うんだって思った」
最上級大型魔獣……?、それ私と比べられてんの、とオルタシアが小さくつぶやいた。
「ウフフ。そうだったわね。リルったら、泣き叫びながら剣を振ってわよね?くるなーこないでー、って言って。この子は本当は臆病なのよ」
え、その顔で、とシンゲンは驚いた。リルの方は昔の恥ずかしい話を言われて、顔を真っ赤にしていた。自分で話し出した話題なのに。
「ば、ばか!そんなこと、いいいいま、言う必要ないだろっ!」
恥ずかしがっているリルを見て、ミナはクスクスと笑う。
「決行日はいつする?」
「なるべく早い方がいい」
なぜなら、ランドルがバーンロンドで反乱を起こさせようと考えているルナティタスは、なんらかの策を講じるはずだ。例えば、ヨークの街より手前にある街または砦に援軍を送るとか。兵を挙げた段階で、アルデシールに反逆したことになるため、ルナティタスはランドルを自分の有利な場所に誘き出したいと考えている。
そうでないと、軍をバーンロンド近くに派遣していないといけない。
籠城戦より平原で戦った方が決着が早い。
オルタシアは目を細め、ヨークの街がある場所を見やる。
「早い方がいいのは、私も同感だ」
笑みを浮かべながら言う。
「よし。決行は今夜だ」