オルタシアが正門を片手で押し開けていくと木が軋む音が夜の館を不気味にさせた。中庭に集結していた衛兵のほとんどがその不気味な音に怖気つき、彼女の姿を見たとたんに後ろに下がり道をあける。
誰も掛かってくる気がないことに気がついたオルタシアは呆れ顔で、ため息をつき、隣に並ぶシンゲンに文句を言う。
「つまらん。いつもは私を見るなり、血走った目で殺そうとしてくるのに、今はどうだ。子羊の如く、怯え、竦みあがっている」
「仕方が無いだろ。それがあんただ」
シンゲンにそう言われたオルタシアは肩をすくめ、それもそうだな、とつぶやく。
彼女の視線の先に衛兵とは違う格好をした兵士らが駆けつけ、静かに槍を構えた。
衛兵とは違う目つきをしている。
その面構えにオルタシアは感嘆した声をもらす。
「ほぉ。ここにも多少は骨のあるやつがいるか」
オルタシアの目の前にいる彼らは鉄板を何枚もつなぎ合わせている鎧をまとっている。
かぶとは恐らく時間がなかったのか、ほとんどが被っていなかった。
彼らはゲリングが個人的に雇った私兵である。どれも凄腕の者のようで、構え方が様になっている。
「さて、どう料理しようか」
ニヤリと笑みを浮かべたオルタシアの視線先にシンゲンが割って入る。
「お、おい」
「俺に任せろ」
「なに?」
シンゲンの後ろで控えていたリルが歩み寄り、彼に横目で見てきた。
「あたしも手伝う」
それにミナはオルタシアの近くに歩み寄り、剣を静かに構えた。
「では、殿下は私が護衛につきましよう」
ミナが視線をオルタシアへチラリも向けて、微笑む。
「お前まで……」
オルタシアは何かを言おうとしたが、諦めて、肩をすくめたあと、腕を組んで、鼻を鳴らす。
「……そこまで言うのなら、いいだろう。私を楽しませてみろ」
それにシンゲンは苦笑いする。
「そこまで、期待されたら困るんだが、まぁ、仕方がない。ということで、お前たちの相手は俺が受ける」
シンゲンは対峙する私兵たちに向かって告げる。
私兵らが見た目からして、優男の彼に思わず、嘲笑した。
服装もそうだ。
立派な騎士のような鎧をつけているわけでもなく、武器もどこの国のものかもわからない武器。
農民が着ていそうな旅人の服で、どう強者に見えるだろうか。
「なんだ貴様。どこかの傍使いかなんか」
「違うだろ。農民だろ」
「悪い事はいわん。さっさと立ち去れ。農民」
見下した声にシンゲンは怒ることなく、帯びている背側が反った長い剣をゆっくりと鞘から引き抜く。
金属が擦れる音がした。
彼の持つ剣に私兵らが眉をひそめた。
ゆっくりと構え、息を吐く。
その姿に槍を持つ私兵の一人が眉を寄せた。
「なんだ、そのへんてこな武器は?」
シンゲンは『雷月』にチラリと向けて囁く。
「いけるか、リリス?」
との問いかけに雷月は刀身が淡い光を放った。
その異様な光景に私兵たちは目を凝らした。
隣でその様子を見ていたオルタシアも、シンゲンの小さな声に目を細め、興味深そうに観察する。
シンゲンが静かに腰を沈めたその刹那、彼の姿が一瞬にして、消えた。
「な、なに?!」
私兵たちの驚き声が上がる。
どこにいったかと視線をめぐらすと、いきなり、現れたと思うすぐ目と鼻の先に驚愕する。
「ば、バカなっ?! この一瞬で―――」
瞬間的に反応した私兵の一人にシンゲンは狙いを定め、真横から切り払った。
銀線が光を放ち、虚空を抜ける。
血しぶきが舞い上がった。
「ぐあぁっ?!!!」
膝から崩れ落ちる仲間を目で見送ったあと視線をシンゲンに向けた剣を構えようとしたが、その前に刃先が身体を裂く。
鉄板をつなぎ合わせているはずの鎧があっさりと破壊される。
破片が踊るように飛び散っていった。へしゃげた鎧を目の当たりにした私兵の一人が叫ぶ。
「叩き斬ったのか?!」
「お、落ち着け!! こいつは力任せに攻撃しているだけだ! 技量はないッ!!」
その一声で不意を突かれた私兵らが立て直し始めた。
持っていた槍でシンゲンに向け、突き出す。
「ふんっ!!!」
それを彼は身体をひねりギリギリのところで、避けた。
「ばかめ!!」
背後を見せたシンゲンに私兵が剣を振り上げた。
完全に死角を取られる。
立ち回りとしてはなんとも素人だ。
雷月の刃先が後ろへと引っ張られるように動き、それにつられてシンゲンも振り返った。
その反射神経はとてつもないほどに速い。
振り下ろされた剣を受け止め、そのまま受け流す。
まさか、受け流されるとは思っていなかった私兵は勢いのまま、前へとのめりだしてしまった。
「受け流した、だと」
転びそうになった私兵の首を叩き落とす。
地面に叩きつけられた首が転がっていく。
「おのれ!! よくも!!」
槍を持った私兵が仲間の仇だ、と槍を大きく振る。
その槍先は大きく空を斬り、風の音が鳴った。
シンゲンは雷月を振り上げると、私兵は慌てて、槍で防御の体勢を取ったが、力強く振り下ろされた雷月は槍と私兵を両断した。
力任せな戦い方をするシンゲンの背中をオルタシアは苦笑いする。
「……あれを避けたか。やられると思ったが」
心配した声というよりは戦いを観戦しているような感覚でオルタシアは見ていた。
シンゲンがここでやられたら、そこまでの男ということになる。
彼女は弱者には興味がない。
強い者が彼女の目をとめさせて、魅了するのだ。
ミナは胸に手を当てて、安堵した。
「少し、ヒヤリとしましたね……」
「うむ。それにしても、あいつ戦い方をあまり知らないように見えるな」
「えぇ。そのようですね」
「戦い方を覚える必要がある」
(――――それにしても、さっきの反応、気になる)
まるで、シンゲンの雷月に意思があるような動きに疑問を感じた。
それと同時に、オルタシアはシンゲンの戦い方を見抜いていた。
彼は確かに技量で斬る、というよりは刀の重さを利用して叩きつけている。
だから、斬り損なった相手の鎧はへしゃげるだけ。
それでも身体への損傷はあるので、有効だ。