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第37話 ヨークの戦い その5

「おのれぇええええ!!!!」


ゲリングに雇われた私兵たちは次々にシンゲンへと立ち向かっていった。


目の前にするひ弱そうな少年と敵味方に恐れられたオルタシアとどちらを相手するのか。


身体は勝手にシンゲンの方へと向かって行っていた。


私兵らはシンゲンがまだ未熟だと見抜いた。


代わり代わりに連続で攻撃を繰り出し、彼を追い詰める。


甘くなった脇や顔に目掛け四方から槍を突き出し仕留めようとする。


それを意外にもうまいこと弾き返す。


当たったと思える攻撃でもまったくといっていいほど手応えがない。


ようやく脇腹を捕えた私兵が剣を突こうとした。


が、それをリルが間に入り止める。


「おっと! そうはさせないよ!」


剣を先の方で弾き返し相手の腹を斬る。


口から込上げた血を噴き出し、リルの足先に飛ばした。


リルは嫌な顔で足元を見下ろしそれからシンゲンに横目で見るなり、忠告する。


「シンゲン! 相手の懐に無暗に飛び込むな! 死ぬところだっただろ!」


 シンゲンは助けてくれたことへのお礼を言うと、それから頭を掻いた。


「だ、だって、リリスがそうしろって」

「え?」

「あ、いや、まだ戦い慣れてないんだ俺は……。よく考えてくれ。俺は木こりだ」

「あぁ、そっかぁ……」


 リルが彼が持つ武器を指差す。


「でも、そんなへんてこな武器持ってるから、てっきり剣士かと思ってたんだけど」


 木こりが持つ代物ではない。


木こりが持っているのは大抵は、商売道具である鉄斧だ。


それ以外には、護身用に短剣か剣を持っていることも珍しくはないが、シンゲンが持っている物はそれでは説明がつかない。


たまたまそれが護身用だった、となれば納得がいくが。


どうもそうでもない感じがしていた。


「それ、拾ったの? それとも盗んだ?」

「んなわけないだろ。貰ったんだ」

「誰に?」

「姉さんにだよ!」

「あんたお姉さんいたの?!」

「そうだよ。居て悪いか!」


 そんな会話をしている間にも私兵らが殺到する。二人は背中を預け、一人また一人と確実に敵を黙らせていった。


オルタシアがうずうずしてきたのか、一歩前に出た。


それをミナが細い目をする。


「ダメですよ。横やりなんて」

「そろそろ、私も戦うべきだと、思うんだ。ほらぁ、風たちも私を戦わせようとまとわりついているし」


 そう言うと確かにオルタシアの周りに風が集まり、彼女の髪の毛を揺らしていた。

それでもミナは首を横に振る。


「ここは見物しましよう殿下」

「ぐぬぬ……」


 オルタシアは諦めたのか力の入った肩を落とす。不思議なことに風も同じように弱まった。








 夜更けの館に断末魔があがった。


 寝室で眠っていたゲリングはその声に飛び起き急いで、部屋の扉をあける。


そして声がした廊下を見渡したが。


 異常はない。


 すると水溜りかなにかにものが落ちるような音がした。


二階の手すりから身体を乗り出し見下ろすと驚きの光景に思わず、目を見張った。


 一階の広間に無数の部下の死体があった。


どれも剣を抜く前に斬り伏せられ一方的に倒されている。


身体は裂け、あらぬ方向を向いている者もいた。


敷かれていた絨毯が真っ赤に染まりあがっている。


「……な、なにがおきているのだ……」


 目を泳がせて、後退りしたゲリングに騒ぎに駆けつけてきた側近の男が冷静に答える。


「どうやら襲撃のようです」

「て、敵だと? 一体誰が……?」


 禿頭の男、真顔でうなずく。そのとき何者かの気配を感じ取った彼は剣を抜いた。


「………ツ」


 禿頭の男が冷や汗を流しながら視線を階段へと向ける。


ゲリングもその場に恐る恐る目を送った。


すると、階段をゆっくりとあがってくる一人の美女がいた。


片手には細剣を持ち、茶髪の髪を揺らしている。


右目には白い珍しい眼帯をしているもののゲリングは見覚えがあった。


その女と目が合った瞬間に一気に顔が青ざめた。


急いで禿頭の側近の後ろに隠れ震える声を出す。


「お、オルタシア……」

「……こんな所に来るとは……」


 オルタシアの細剣には血が滴り落ちていた。


彼女が部下を斬殺したのだと悟った。禿頭は息を飲む。


 階段を上りきったオルタシアは、身体の向きを変え、静かに立ち尽くす。


「……戦うな、と忠告されていたのだが、どうしても“命の取り合い”がしたくなってな、ここまで来た……」


 一階に散らばる死体を一瞥したあと、呆れ顔する。


「しかし……どれも手応えがない。……貴様は、どうだ? このオルタシアを満足させてくれるか?」

「……き、狂乱者め」

「狂乱者か。ま、否定はできんな。そうかもしれんしそうではないかもしれん。ただ、私は血と臓物の匂いを嗅ぎたいだけなんだ……」


 両口端を上げて、悪魔のような笑みを浮かべた。背筋が凍る。


 ゲリングがオルタシアを震える手で指差す。


「ハ、ハイリンガンド!! この悪魔をさっさと殺せ! そのためにお前を雇っているのだ!」


 ハイリンガンドは元フェレン聖騎士であるが、ここまで悪魔より上をいく人間を見たことがない。


正直戦いたくなかった。


が、ハイリンガンドとて、騎士はやめても主君に忠誠を誓う騎士道までは棄ててはいない。


 剣を構え、竦んだ身体に気合の声を出す。


「はぁああああああ――――――――ッ!!!」

「ハハハハ!!来い!!貴様の本気をこのオルタシアにぶつけてみせろ!」


 オルタシアは両手を広げ笑っている。


なにかの罠か、と思ったが狭い廊下で、罠を仕掛けることは出来ない。


と判断したハイリンガンドはそのまま剣を構え突っ込む。


 そのとき、階段を勢いよく駆け上がる黒髪少年の姿がハイリンガンドの視線に映る。人間とは思えないほどの速さで、オルタシアを横切り、彼女の前に立った。ハイリンガンドは思わず、足を止める。


「あの距離をッ」


 ハイリンガンドは驚愕した。階段の数は少なくない。それを一気に駆け上がるとは。


驚いていると、オルタシアが不愉快そうな顔で黒髪少年の頭を剣の柄頭で叩く。


「いたっ!!」

「このバカ! 私の戦いを邪魔するなっ!!」


 黒髪少年が頭をさする。


「う、うるさい! 勝手に戦うなよッ!」

「なにを! このオルタシアに口答えするのか?! ああん?」


 睨み付けてくるオルタシアに負けるかとシンゲンは睨み返す。


オルタシアの方が身長が高いため、シンゲンは見下ろされる形になっていた。


それでも食い下がらないシンゲンは、誰もが恐れるオルタシアと言い合いする。


その光景はまるで……。


 ハイリンガンドは唖然としてしまったが、今、この瞬間が斬り込むチャンスだと思った。


もはや、それ以外に方法はない。


まずは人間離れの素早いシンゲンを狙う。


どう考えてもオルタシア以上の剣豪には見えなかったからだ。


 悟られないように相手を見つめながら、剣を構え、少年の顔面目がけて突き出した。


「うおおおおおおおお!!!」


 シンゲンの反応は思ったよりも速くのけ反るように避けた。


 前髪を数本が空に舞う。


「あっ!! 俺の髪が!!!」

「髪を気にしている場合か!」

「うるさい! 見た目は大切なんだぞ!」


(―――――――外した……?)

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