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悪名高い王妃、ローズ


 ハンシルポ王国の白薔薇と呼ばれるわたしには、お気に入りの女達がいる。


 デューブ──…つまり好みに合わせた容姿や衣装、時には超人めいた能力を付与してくれる、絵描きと錬金術師だ。


 まず、わたしから見て二歳年長のアベラだ。絵描きの彼女は比類ない技術と感性を持ち、服飾の知識にも富んでいる。華やかさと品を兼ね備えたセンスは文句のつけどころなく、レースの刺繍、宝石のカット、金属の彫刻──…それら細部までこだった、彼女の描くドレスや装身具は、デザインの専門家達の発想を超える。

 そして最年長者のルイーズは、錬金術協会が誇る実力者だ。アベラの原案を最大限に魅力的に引き出して、練装する。


 彼女達の秀作を披露するため、しかるべき場を整えるのは、王妃として当然の義務だ。


 何故なら国家の繁栄は、国の幸福。王室の権威を知らしめるほど、わたし達の泰平は証明される。


 かくてわたしは、今日も午後、アベラ達と次の打ち合わせを予定していた。新作のドレスに合わせたティーセットがテーブルを彩るガーデンパーティーは、毎回、令嬢達に好評だ。


 だのに突然、大臣達がわたしを呼んだ。玉座に腰かけた夫、エクトルに肩を並べたわたしは、到着して早々に下らない報告を受ける。今朝の下町での一件だ。



「ピニーブレル通りは住人達の密度が高い。世間の役に立たないような、貧しい穀潰しが溢れているわ。魔獣の餌になって死んでしまった方が、本人達も幸せでしょう。兵の出動令は、最低限で構わない。言った通りにしたわよね?」


「王妃よ、何もそこまで仰らなくても」


「困るのはわたし達ですもの、国王陛下。あの者達が生活支援を求めてきたら、どうなさるのです。税金の無駄遣いをしなくてはいけなくなります」



 善良を絵に描いたような顔を伏せた夫から、わたしは大臣に続きを促した。



「はい、それが、市民の不満は案の定と申しましょうか……しかし今回、そこが問題ではございません。残念ながら、死者も出ませんでしたので」



 死者が出なかった。


 それを残念だと判断するのは、今のわたしの意見が彼にも響いたからか。

 実際、貧しい人間ほど厚かましく、悪知恵もある。彼らはその卑しい頭で得になることばかり考えて、大した働きもしなければ、税も平気で滞納させる。


 私に跪いたまま、大臣が不可解な顔を見せていた。


 騒動のあった現場に、観測したことのない魔素のような何かの気配がしたという。魔獣の出現した周辺にだけ、気象予報を大きく外した雨まで降った。



「それは、アンスィエルか?」



 夫が身を乗り出した。


 わたしは、欠伸混じりに彼らの話の先を待つ。


 アンスィエルとは規格外に強力な魔素だ。扱い次第で、歴史一つ掌握出来る。ハンシルポ王室が所有していると語られているそれを、実際に見た者はいない。ただ権威を保つために、王室は伝承を否定していないだけだ。


 エクトルの期待を、大臣の否定が打ち消した。



「ただ、注意は必要でございましょう。何せ魔素を扱ったと考えられる女は、ものの数分で、兵士達が歯も立たなかった魔獣を弱らせました。反王室派の目にとまれば、いずれ脅威となり得ます」


「心配いらないわ」



 わたしは、大臣の言葉を遮った。


 愉快だ。

 わたしは、きっと彼らとは真逆の顔をしている。あまりにも思い通りにことが進んで、はしたなくも顔がゆるむのだ。



「わたし達には、国民達が知れば悪魔の所業と罵るでしょう切り札まである。得体の知れない魔素の主人が魔獣を始末してくれるなら、清掃員とでも思っておきましょう」


「おお、王妃……そなたの申す通りだ。大臣、余も彼女に賛成する」



 エクトルの眼差しが、わたしに屈託ない敬意を向けた。


 優しい夫だ。彼は、わたしをどこまでも肯定する。優しいだけの、愚かな夫。…………



 アルコンスィエル魔素が見付かってはいけない。


 ハンシルポが滅びようと、王朝が暴徒らの手に落ちようと、どのみちわたしはどうでも良い。


 * * * * * * *


 タブレットの効力が切れて、とうとう私は、サロンにいる全員に素顔を晒した。


 人間がどこまで巧みに本音を隠せるかはともかく、彼らは、突如として冴えない姿に戻った女に、汚物を見る目を向けなかった。そればかりか、昔は自分もコンプレックスがあったのだとか、レイモンと旧知の間柄にある紳士においては、当時の彼より私の方が好みだとか、慰める努力までしてくれた。


 そうして彼らにほだされて、私は固い意思の下、話だけ聞くことにした。要は勧誘を受けなければ良い。


 ローズがどれだけ傍若無人に国に君臨しているか、ハンシルポがどれだけ深刻か。そうした講義ののち、彼らの明かした今後のビジョンは、想像以上に明確だった。



「王室からアルコンスィエル魔素を奪って、最高錬金術師を私達の味方に付けるの」



 アルコンスィエル魔素というのは、ハンシルポ王家を守護してきた至高の魔素だ。ローズ達からそれを奪わない限り、反王室派に未来はないらしい。



「最高錬金術師って?錬金術協会のメンバーなら、アポを取って、話だけでも聞いてもらえないの?」



 ただし、告発を覚悟した上での行動になるだろう。


 リスクしか思い浮かばないような私の提案に、案の定、全員が気の進まない顔を見せた。


 もっとも、彼らが気後れするのは、そこではなかった。



「最高錬金術師というのは、特定出来ません」



 陶芸家の少年が、口を開いた。



「錬金術師達の実力は、本人と、専属で契約した者だけが知ります。尚、ローズの錬金術師、ルイーズは、練装師の国家資格を過去最高の成績で取得しました。ただ錬金術の方は、測定の機会もないでしょう」



 確かに、錬金術の極至と言えば、死者の蘇生や不老不死の実現だ。貴金属の精製は、装身具のデューブを練装するのに近い点では基準を満たしているはずだが、人間の存在そのものに干渉出来るほどの錬金術師が実在すれば、それはそれで道徳的な観点ではいかがなものか。



「いっそのこと、サエさんが魔法の板で、最高錬金術師を目指されるのも?」



 誰かがとんでもない冗談を口にした。


 いくつかの賛成意見が上がる中、私は彼らの勧誘を今度こそ辞退する。


 まとまった金を手に入れて、デューブをまとう手段まで得た。反逆に参加している暇があるなら、人生の再設計に熱意を注ぐ。


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