「おはようございます」
「ん……んん……」
「もう朝ですよ」
「んん……まだ眠い……」
ボクは全然頭が回っていない。誰かの声が聞こえているけど夢か現実かわからない。もぞもぞと布団の中で動き、身を捩ってみた。その動作をする度に布団の柔らかさを感じて気持ちいい。寝ていてこんな感触は味わったことがない。
「むむ……柔らかい……」
ボクは布団の中に、とても暖かくて柔らかいものをみつけた。
「気持ち良い……」
ぎゅーっと抱きしめてみた。石鹸の香りがふんわりと鼻腔をくすぐった。しかし、触覚、嗅覚が刺激されていくうちに、だんだんと意識が覚醒してきた。
「あ……あれ?」
「やっと目が覚めましたか?」
ボクはカナに抱き着いてしまっていた。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
ボクは叫び声を上げて飛び起きた。
「ちょっと……大きな声を出し過ぎよ」
「ご、ごめん」
ボクはふらふらと再びベッドに倒れこんだ。どうりで寝ていて気持ち良かったわけだ。質の良いベッドでとってもふわふわしている。ボクの実家も、今寝泊りしている宿屋のベッドも固いのだ。
しかし、もう一つ……ボクにとって極上の睡眠を取れた要素があった。
――ボクは、カナと一緒のベッドで寝ていたのだ。
昨日はカナの屋敷に泊まらせてもらったのだが、使用できるベッドは一つしかなかった。そのため、カナと一緒に一つのベッドを使わせてもらったのだった。今思い出しても顔が熱くなってしまう。寝落ちするまでずっとお話をしていたのだった。
「ポルカ。目を覚ますためにも、ちょっと屋敷内を散歩しましょうか」
「うん」
昨日はカナの屋敷に着いたらすぐにお風呂に入り、そのまま寝室へ直行した。だから、屋敷の様子をよく見ていなかった。だからこうして歩いてみて、その豪華さに驚く。
「大きくて……立派なお屋敷だね」
「ありがとう。でも、屋敷としては小さい方よ。この屋敷は元々ダンジョンで用事がある際に宿泊するための、別荘としての役割を持った拠点だったの。だからレイボーン家……実家の屋敷はこの何倍も大きい屋敷となっているわ」
「そっか……」
この屋敷は3階建ての一棟と玄関前の中庭、温室といった構成になっているらしい。カナとこうして一緒に歩いて案内して貰わなければ、広くて迷いそうだった。
「ぜひ自慢の温室も見てもらいたいわ」
ボクはカナに案内されるまま、二人で建物から中庭に出て、端に位置する温室へ向かった。
「わあ……沢山のバラ! それに白百合! 良い香りだ」
温室の中全体に広がる、鮮やかな色合いで映える花々が、ボクを迎えてくれた。
「綺麗でしょ?」
「うん。綺麗だよ」
ボクは内心、カナに向かって「綺麗だよ」といった。だって、花に囲まれながらボクに笑いかけるカナの姿が完璧すぎて、朝っぱらから胸がときめいてしまったもの。
「ねえ、ポルカ。今日からここで暮らしませんか?」
「……え? いいの?」
「ええ。私達は昨日一緒に戦っていくことを誓い合ったパーティです。だから、一緒に生活した方が何かと都合が良いでしょう?」
正直、「カナと暮らせる」という下心を抜きにしてもありがたい話だ。現在は宿屋に宿泊費を払いながら生活している。その固定費が無くなれば資金的余裕もできる。それに、ボクは沢山のアイテムや素材を所有しているから、それを保管する場所が欲しい。欲を言えば、アイテムを作るための場所も欲しい。
「屋敷はこれだけの広さなのに、私と数人の使用人の方が住んでいるだけですので、部屋が余っております」
カナの表情は真剣だった。確かに、ボク達はこれから運命を共にするパーティとして、様々な困難に立ち向かうことになるだろう。それなら、ボクの持っている力も最大限発揮したいと思う。
「わかったよ、カナ。お言葉に甘えるよ。その代わり、ボクの持てる力を最大限発揮して、ボク達の目標が達成できるように全力を尽くすよ」
「ええ。よろしくお願いいたしますね」
ボク達は握手をし、微笑み合った。温室に差し込む日差しと、雲一つない晴天の様子が、ボク達の門出を祝福しているようであった。
「そうだ! 早速、今日一緒にダンジョンに潜ってみませんか? 貴女の荷物も取りに行かなくてはいけないでしょうし」
「そうだね……そうしようか」
ボクは期待で胸が膨らんだ。ボクのまな板のように薄い胸も、今ならカナと良い勝負になるであろう。
初めてパーティを組むことになるボクは、今から期待で胸が高鳴ってしまう。
それに、元々セツおばあちゃんからダンジョンでの冒険の話を聞いていた時に、特に好きだった話が『相棒との思い出』の話だった。
ボクも、セツおばあちゃんが経験したようなキラキラした思い出を沢山作れるかもしれない……そして、あの日見た夢がもう少しで現実になるかもしれない……! とワクワクした気持ちでいっぱいになった。