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第6話 ふたりのダンジョン攻略

「こんにちは。受注クエストは、B級レア素材五個の納品ですね? 参加メンバーはカナ・レイボーンさんとポルカさんの二名……っと。お二人でパーティーを組むようになったんですね!」




「はい。そうなんですの」




 ボク達はいま、冒険者ギルドで受付をしている。カナとお風呂場で『一緒に戦う』ことを誓い合ってから初めてのダンジョン攻略である。




 因みにカナの装いは、いつものスリムで蝶をモチーフとした白く美しい鎧。だけど、今回ボクははじめてローブを装備せずにダンジョンに挑むことになった。カナと一緒になったため、もうモンスターにも他の冒険者にも警戒しなくて良くなったのだ。




 もう、フンまみれのローブを着て身を守らなくても良い。




 だからボクは今回、ローブの内側に装備していた防具を装備している。




 実家のアイテム屋を出る時に、商品在庫として保管されていた防具を目についたものからバッグに入れて持ち出した。だから、色も大きさもバラバラであるから、見た目は格好悪いだろう。だけど、自分の身を守れる最低限のラインは満たしている。




「ポルカ。やはり貴女はこうやって顔を出していた方が良いわよ。とても可愛い」




「や……やめてよ」




 ボクは顔が真っ赤になってしまった。そして、そんなボク達のやり取りを見た受付のお姉さんは微笑ましそうにニヤニヤしていた。




「そういえば、貴女も武器を装備していたのですね。今までローブに隠れていたからわかりませんでしたわ」




「ああ、この刀と『連弩』のこと?」




 ボクは左の腰に刀を装備し、右の腰には自作のとっておきの武器である『連弩』を装備している。基本的にボクは戦闘を回避するように動くけど、どうしても戦わざるをえない時は、この連弩で何とかやってきた。今回はカナとうまく連携して戦闘を行うことができるだろう。だから、今日はこの連弩に活躍してもらうことになるだろう。




「納品クエストとはいえ、緊張するな……」




 まずは難易度が低いダンジョン上層から攻略を行いつつ、お互いのダンジョン攻略スタイルを知っていこうという話になった。




「さあ、行こうか」


「ええ!」




 ボク達は石が積まれて作られた階段を下りていった。


 すると、ダンジョン地下第一階層が顔を出した。




「なんか二人でダンジョンに入ると、いつもと何か違う気がするね」




「ええ、そうですわね。それに、こうやって――」




「わあっ!」




 カナが突然後ろからボクに抱き着いてきた。




「あ、歩きにくいよ!」




「すごい癒されますわ」




「もう!」




 ダンジョン地下一階層は土の地面と岩壁に囲まれた地形となっている。一本道で、モンスターも居ないため、まだ安全に踏破できる階層だ。


 ボク達は、土の湿った臭いと土の柔らかさを踏み込む足で感じながらダンジョンの奥へと進んでいった。




「あら、一層の出口が見えましたね。次に進みましょう」




「いや、ちょっと待って」




 ボクは次に進もうとするカナを静止させた。




「実は、この一層出口付近に鉱物を埋め込んでいたんだ」




「……どういうことですの?」




 ボクはリュックからピッケルを取り出し、焦げ茶色の岩壁をトントンと叩いていった。すると、壁の中で一部脆い箇所があり、あまり力を込めずともポロポロと岩肌が崩れた。




 ボクはその箇所を集中的に掘っていった。すると、中から鉱物がゴロゴロと出てきて、土の地面に転がった。




 茶色い土の上に転がるカラフルな鉱石を見るこの瞬間が、至福のひと時である。ぐへへ。




「カナ。ダンジョンは至る所に魔力が存在しているんだ。この壁の中にも。だから、鉱物を壁に埋めておくと、ダンジョン内で生成された魔力が鉱物に込められ、性質が変化するんだ」




「え……そんなこと、初めて聞きましたわ」




「それもそうだろうね。ボクも最近発見したことなんだ」




 カナはキラキラした目でこちらを見てきた。恥ずかしい……照れちゃう。




「これらの鉱物は元々、C級鉱石『メタル』だったんだ。だけど、ほら。ここにあるのはB級鉱石『ヘヴィメタル』や『パワーメタル』でしょ?」




「本当ね……この赤黒い鉱石がパワーメタル、灰色の鉱石がヘヴィメタルね。C級鉱石メタルの色は鈍色ですものね」




「そうそう。お! これはA級鉱石『スラッシュメタル』だ!」




「え……? A級鉱石はダンジョン地下30層以下の高難易度エリアで採掘できる素材でしょ?」




「うん! そうなんだよ。だけど、時々この方法でこういうモノが作れるんだよ。ボクの推測なんだけど、このダンジョンもボク達みたいな身体のようになっていると思うんだ。ボク達の身体は血管が這って、血液が流れているだろう? ダンジョンも魔力の通り道が這って、魔力が血液のように流れているんだ。その魔力の流れが濃い所にこうした素材を置くことができれば、大量の魔力を浴びさせて性質を変化させることができる」




 カナは一瞬固まった。そして、子供のようにはしゃぎだした。




「凄い! 凄いですわ! それが本当なら、安全なエリアでも珍しいアイテムを入手できるということですね! というか、もう納品クエストで必要な素材が集まってしまいましたわね!」




「い……痛い! 痛いってカナ! そして当たってる!」




 カナが強く抱きしめてきた。身長差と抱きしめる角度のせいで、カナの豊満な胸がボクの顔に当たっている。カナの防具は機動性を重視したもので、鉄板が少ない。ちょうど胸の谷間あたりは露出している。




 だからその部分に、ボクの鼻が入り込んでしまって……大変なことになっている。




 こんな危険地帯である谷底に分け入ってしまえば、血を流さずに帰還することなんてできようもない。




「ポルカ! 鼻血が出てしまっているじゃないですか。ごめんなさい!」




「いや、ご馳走様でした。……いや、間違えた。大丈夫だから気にしないで」




 心配そうな顔をしているカナに、ボクは鼻を布で抑えながら声をかけた。




「ちょっと待ってね。このポイントを記録しておくから」




 ボクはダンジョンの地図を広げて、鉱石を埋めていた箇所を記録した。




「ポルカ……これも貴女が自作したのですか?」




「そうだよ。全部一から手書きで描いたんだ」




「今まで見てきたダンジョン地図の中で一番詳しい……」




 ボクの地図をカナが興奮した顔で見ている。




「まあ、ボクのダンジョン調査の全てがここに詰まっているからね。とはいえ、ボクが行ける階層までしか描けていないよ。ボクは戦闘が苦手だから、ダンジョンの中でも低ランク戦闘エリアの地下5層までしか行けていないんだ」




 ボクは地図への記録が終わったため、地図とレア素材に変化した鉱物をリュックに仕舞い、立ち上がった。




「クエストの内容は達成したけど、低ランク戦闘エリアでのモンスター戦闘もやっておこうか? 3層まで下りてみる?」




「ええ。そうしましょう!」




 ボク達は二人で地下2層へ足を進めた。




「ごめんなさい……少し気になりまして。話を戻しますけど、貴女は一回も地下6層以下の階層に行ったことがないのですか? いや、私を助けてくれたあの時に……初めて8層まで下りて来てくれましたか」




 カナはとても不思議そうな顔で訪ねてきた。




「うん、そうだね。ボクはキミを助けるために、一度だけ8層まで下りたころがあるね」




 カナは頬を赤くし、瞼に涙が溜まった。


 ボクは少し恥ずかしくなったから、話を続けた。




「基本一人でダンジョンに潜っていたから、モンスターとの戦闘で動けなくなってしまったら、そのまま死んでしまうかもしれない。だから、万全を期して自分の今の能力に見合わない難易度の階層には行かないようにしていたんだ」




「とても堅実なダンジョン攻略スタイルなのですね」




 確かに、ボクは慎重なのかもしれない。だけど、ボクはダンジョンの恐ろしさについてセツおばあちゃんからたくさん聞いていた。もちろん、ダンジョンだけではなくて冒険者だって危険だ。だから、信用できる人以外とはパーティーを組むつもりは無かった。




「私は取り合えず行けるところまで行くというスタイルでしたわ。ポルカはちゃんと考えてて偉いですわ」




「いや、カナ……キミは考えて無さすぎじゃない?」




「はっきり言いますね」




 ボクは一か月前のことを思い出した。




 ――初めてカナと出会った日のことを。




 ダンジョンの中、カナは血まみれで横たわっていた。冒険者ギルドから救助クエストが発行され、その救助対象者の名前にカナの名前があったから、ボクは危険を冒してダンジョンの低ランク戦闘エリアのその先へ飛び込んだ。




 あの時のカナの傷跡から察するに、ダンジョン地下10層のボス部屋で敗れた様子であった。それを思い出し、ボクは思わず頭を抱えてしまった。




「もしかしてカナ……『とりあえず行ってみよう!』っていう気持ちで10層のボス戦に挑んだの?」




「ええ、そうですわ!」




「だからあんな大怪我を負うことになったんだよもおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」




 ボクは思わず叫んでしまった。




 ダンジョン地下2層は1層と変わらない。土の地面に岩壁に囲まれた一本道。だから、おそらくボクの声はダンジョン地下3層まで届いたことだろう。




「カナ! ダンジョン地下10層といえば、冒険者達にとって試練の間のようなものだよ! そのボスを倒せば一人前の冒険者として皆から認められる! だけど、それだけ難易度は高いということだ。一般的には冒険者となって3年から5年経験積んでから挑む場所だよ。そもそもボク達みたいに冒険者となって1年しか経っていない未熟者が簡単に挑んでは危険すぎるんだよ!」




「そうだったのですね」




 カナはキョトンとした様子だ。




 冒険者ギルドには、満20歳を超えた者が登録できる。そして、冒険者として登録される際に【スキル授与の儀】という儀式が行われる。これは、冒険者ギルドに設置されている宝具が使用されるが、この宝具の効果を受けた者はランダムに一つスキルを授かることができる。




 ――そしてカナは、その儀式で【握力強化】という、握力を強化するだけのスキルを手に入れ、冒険者達から嘲笑されるようになった。




「そういえば……ダンジョン地下10層に挑むためには、最低二人以上のパーティーで挑まなくてはならないという制限がある。とはいえ、難易度的に5人以上のバーティーで挑むのが一般的だ……。でも、救助クエストの内容にはカナ含めて3人しか名前が記されてなかった……どうやってパーティー集めたの?」




「ダンジョン前で募集をかけて、そこで集まったメンバーで行きましたわ」




「まじか……」




 ボクは再び頭を抱えてしまった。




「その……過去に二人でダンジョン地下10層を攻略した例があるから、大丈夫かなと思ったのですわ」


「その例はかなり特殊な例だよ! 冒険者の中で最強と言われる『イクリプス姉妹』だから成しえた偉業なんだよ! 彼女たち以外に二人だけでダンジョン10層を攻略した例は無いからね!」




「そうだったんですね」




 カナは驚いた様子を見せた。




 ダメだ……カナはアイテムを購入しても説明書を全く読まないタイプだ。情報を得るアクションを行う前に身体を動かしたいタイプなのだろう……まあ、行動力を発揮できる良いリーダーとしての素質でもあるから貴族としては優秀な領主になれるだろうけど、ここはダンジョンだ。命がいくつあっても足りない。




「まあ……カナの問題点は考える前に行動をしてしまうことだね。その部分はボクが支えるから、一緒に頑張ろうよ」




「ええ! 頑張りましょう!」




 カナがニコニコしたとびっきりの笑顔でボクの腕にひっついた。




 ――ボクがしっかりして、カナをリードしてあげないと。




 ボクは内心決意を固めた。でも、ボク自身も冒険者として十分な力を持っているわけではない。




「カナ。これから地下3層に入るけど、キミも知っている通りここからモンスターが出てくるエリアになる。だから、ボクのスキルについて詳しく説明しておくね」




 ボク達は2層を踏破し、地下3層へ続く階段の前に立っている。




「ボクが【スキル授与の儀】で授かったスキルは【推し魔法】」


「推し魔法?」




 カナが首を傾げた。カナがボクのスキルを見たのは、カナが瀕死に陥っている時に見た一回きりだ。あの時はカナを救う力を発揮したけれど、あれは奇跡的なことで、まぐれにすぎない。あんな『深い傷を治癒する』力なんて、あれから一度も発揮することができなかった。




「ボクの推し魔法は、『魔法を発動する対象に対して抱く想いの強さによって効果が変わる』という魔法なんだ」


「なるほど……ね」




 カナは全然内容が分かっていない様子で首を傾げた。




「ボクの魔法は感情によって左右されるし、そもそも一つも【スキル技】が発現していない。だから、サポート魔法を所持しているにも関わらず、何のサポートもすることができない……ハズレスキルさ。他の冒険者たちが噂している通り」




 自分で自分のスキルを説明していて悲しくなった。思わず自虐する言葉が出てしまった。




「ポルカ」




 カナはボクの両手を握り、胸の位置まで持ち上げた。そしてボクの瞳を真っすぐ見つめてきた。ボクはその青く、透き通った瞳に吸い込まれそうになった。




「冒険者達……そして貴女自身が推し魔法を卑下しようとも、私はその力に救われました。それは紛れもない事実です。だから……私は貴女の推し魔法を信じております」




「……ありがとう」




 カナの真剣で、優しい眼差しに思わず頬が緩んでしまった。




「……次に進もうか」


「ええ」




 ボク達は3層へ続く階段を下りていった。

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