「カナ! 前方からコウモリが三匹飛んで来てるよ。準備して!」
「わかりましたわ!」
ダンジョン三層は二層と様子が変わる。岩壁に囲まれているのは変わらないが、地面も岩となっている。そのため、足元がゴツゴツとして不安定であるため、体勢を崩さないように注意する必要がある。
「右のコウモリはボクが処理する。カナは真ん中と左をお願い!」
ダンジョン三層に現れるコウモリは、地上で見るコウモリよりも大きい。その大きさは地上のコウモリの五倍以上の大きさになる。黒い体に鋭い牙を持つコウモリは、一体ごと戦うのであればそこまで苦戦しない。吸血攻撃にさえ気を付けていればよい。だけど、コウモリは基本的に群れで行動する。そのため、うまく集団戦を立ち回ることができなければ、その牙の餌食となってしまう。
「わかりましたけど……ポルカは大丈夫ですか?」
「うん。心配しないで」
ボクはカナに指示を出しながら、右側の腰に装備していたとっておきの武器である連弩を取り出し、コウモリに向けた。
この武器は、魔法も剣技も弓も扱えないボクが自作した武器。名前の通り、連射できる弩クロスボウである。通常の弩は単発式で、一発撃つごとに次の矢を装填しなくてはならないから、少ない人数でパーティを組むダンジョン攻略では不向きである。
だけど、この連射式となった弩であればある程度戦力として機能する。
「ポルカ! やりますわね! はあ!」
ボクは連弩で矢を連射し、宣言通り右側のコウモリを撃ち落とした。そして、カナは真ん中と左側のコウモリの頭部を掴み、握り潰した。
「あら、この武器も貴女が作ったのですか?」
「うん。昔、実家のアイテム屋で手伝いをしている時、来店した冒険者から聞いた話を元に作ったんだ。東国の軍師が発明した武器らしい」
「なるほど……スキルや戦闘技術を武器の性能で補っているのですね。ダンジョン知識やアイテム知識といい、自分の弱点を自分の強みで補っていること、とても尊敬しますわ」
「あ、ありがとう」
まっすぐ褒められて、ボクは照れくさくなってポリポリと頬を掻いた。
「ポルカ! 逆方向からまたコウモリの群れが来ますわ。行きますわよ――」
「カナ、ちょっと待って」
ボクはカナを静止させ、左の腰に装備していた刀を渡した。
「ポルカ? 私のスキルは握力強化ですわ。刀を持ってしまえば、私のスキルを活かすことができないのではありませんか?」
「いや、その逆だよ」
ボクはアイテム屋の人間。アイテムや武器が人間の身体にどう作用するかを熟知している。
「カナ、握力は何も『握る』という動作にしか使えないわけじゃないんだ。握る力は剣や刀を振る力にも通じる。だから、握力強化を使用して、剣技、刀技に活かしてみてよ」
「……大体わかりましたわ」
たぶん、カナは理解していないと思う。だけど、カナはとりあえずやってみる性格。理屈よりも身体で実感し、気づき、覚えてもらったほうが良いだろう。
「コウモリは五匹。左から2匹分を受け持つから、それ以外を斬ってみて!」
「わかりましたわ!」
ボクは連弩を構え、矢を連射した。狙い通り、コウモリは二匹とも身体を矢で貫かれ、事切れた。
「はっ! やぁ!」
カナは華麗に刀を振り、コウモリを次々と切り払った。
「凄いねカナ。様になっていたよ」
「ありがとう。これまでダンジョンではスキルを使うために武器を使っていませんでしたが、地上で訓練を行う時は武器を使う練習もしておりましたの」
「そうか……それでか」
カナの刀を振るう姿は素人のそれではなかった。それなら、握力強化を活かした戦闘もこれまで以上に上手くこなしていけるだろう。
「もう何度も驚かされておりますが、また貴女の知識や発想が私に力を与えてくれましたね。……ってあれ? これは何ですの?」
突然、カナの利き手である右手に魔力が集まり、青白く輝きだした。
「これは……【スキル技】の権限だ!」
ボク自身も【スキル技】が権限したことはなく、誰かが権限する瞬間も初めて見た。
この【スキル技】は、ボク達が持つスキルから派生した能力の一つである。自分が持つスキルを活かした一定のアクションが、『必殺技』として形になったものである。
「カナ。右手の光に集中して。脳内に何かイメージが浮かんでこない?」
「ええと……刀で思い切り振り下ろすイメージが……浮かんでいるような気がします」
「よし。そのままそのイメージに従って身体を動かしてみて」
「わかりましたわ。……っやあ!」
カナは刀を大きく振った。その力強さは凄く、ビュッと刀が空気を切り裂く音が聞こえた。さらに、振り下ろされた刀によって爆風が発生し、近くにいたボクの髪型が一瞬オールバックになってしまった。
「カナ。『ギルドカード』を見てみて」
「あら。文章が追加されてますわね」
ボク達は冒険者となり、スキルが与えられる際にギルドカードも渡される。これはボク達の身分証であり、実力を示す内容である。
「ええと……【ハード・スラッシュ】ですか。『【握力魔法】により切断系武器を使用した際に攻撃力、技術力が大きく向上する』と書いてありますわね」
「凄いじゃん! 汎用性が高い内容だから、ダンジョン攻略に凄く役立つよ!」
ボクはそのスキル技の内容を聞いてガッツポーズをした。
「それにしても、この『ギルドカード』は便利ですね。私たちのスキルのことや、【スキル技】のことも記されている。これまで最も深く足を踏み入れたダンジョンの階層数も記されている」
「今更……?」
「ええ。だって、私の握力強化というスキルは一度見れば覚えてしまうほどシンプルですし、踏破したダンジョンの階数も、わざわざ確認するほどでもありませんでしたし」
「まあ……確かにそうかもしれないね。ボクも自分のギルドカードを最後にいつ見たか覚えていないもの」
ギルドカードは【スキル授与の儀】で使用されるレガリア国所有の宝具から生成される。この宝具は「プロヴィデンスの眼まなこ」という、長さ120CMくらいの杖の形をした宝具となる。杖の先端には赤い眼のような宝石がはめ込まれており、そこから生じる赤い光を浴びることで、ボク達はスキルに目覚める。その際にギルドカードも赤い宝石から排出されるのである。
「またコウモリが来ますわ!」
「早速試してみよう」
「わかりましたわ! 【ハード・スラッシュ】!」
スキル技はその技名を唱えることで発動する。カナはスキル技によって、迫りくるコウモリ5匹をあっという間に亡骸に変えてしまった。
「また来ますわ! 次も――」
「ちょっと失礼」
突然、気の抜けたやる気が無いような、覇気の無い声が聞こえた。そして、ピンクのツインテールの髪型に、少女が好みそうなフリフリな服装をした女性を先頭にした集団がボク達の横を通り過ぎた。
――【病み魔法 スキル技:くそダルい】
「くそダルい」と唱えることで、その言葉を聞いた対象を弱体化させることができる。また、弱体化させる対象は選ぶことができる。
ピンクのツインテールをした、眠たそうな目の女性が「くそダルい」と呟いた瞬間、コウモリ達の動きが鈍った。その隙をついて、彼女の周囲にいた5人の男性冒険者がコウモリに次々と襲い掛かった。その後もコウモリが現れたがあっという間に倒し切り、地面には20体ものコウモリの死体が転がった。死体から流れる真っ赤な血が岩の地面を流れ、茫然と立ち尽くすボクの足元までたどり着いた。
「ユメ……」
ボク達と同じタイミングで冒険者となった女性冒険者「ユメ」。彼女は【スキル授与の儀】で【病み魔法】という強力なスキルを手にし、ボク達同期の中で最強と評される冒険者となった女性だ。
彼女の、敵を弱体化させる能力はサポーターとして破格の活躍を見せる。同じサポーター職のボクとは対照的だ。方や最強と言われ、方や無能と言われる。
「ポルカ。私達には私達の……そして、貴女には貴女のやり方がありますわ」
ボクはその言葉をゆっくりと、時間をかけて飲み込んだ。
そして、拳に力を入れて頷いた。
「うん、そうだね」
ボクは、改めてカナとパーティを組めたことを幸せなことだと実感した。
「ねえ……ポルカ。貴女……」
「え?」
カナはボクの胸元を。わなわなと震えながら指さしていた。
「どうしたのって……え?」
ボクの胸元が青白く光り輝いていた。
「え? ま、まままま待って……【スキル技】?」
「ポルカ、落ち着きましょう。まずは、脳内のイメージを確認するのでしたっけ?」
「う、うううううん! そうだね! 確認するよ!」
ボクは混乱しながらも、先ほどカナに手順を説明した通りの行動をする。
ええと……脳内に思い浮かんだイメージに集中する……。
なになに? ……相手を応援する気持ちを形……コインの形にする?
なるほど……こうやって……こうするのか。
――【推し魔法 スキル技:スーパーチャージ(フィジカルエンハンス)】
魔力コインまたは魔力札を消費して発動。対象が持つフィジカルを底上げする。その効果は相手に対して抱く愛情によって変動する。
ボクはスキル技名を唱えた。すると、ボクの手のひらに青く輝く魔力が集まり、やがてコインの形となった。ボクはそのコインを握りしめ、カナに向かって投げた。
「ポルカ? いきなり何するの……って、ええ?」
コインはカナの胸元の防具に当たると砕けた。そして青白い魔力が放たれると、その魔力はカナの身体を膜のように覆った。
「これは……凄いですわ! 身体が軽い! 羽が生えたようですわ!」
興奮したカナは蝶のように舞った。そして、喜びのあまり漏れ出たカナの大声に反応し、こちらに飛んできたコウモリの群れを鮮やかに、迅速に屠っていった。
ユメの時と同じように、瞬時に地面に20体ほどのコウモリの死骸の山が築かれた。
「ね? 言った通りだったでしょう? 私達には私達のやり方があるのですわ」
カナは最後の一匹となったコウモリを、刀を使わずに握り潰した。
ボクのことを、まるで自分のことのように喜び、得意げな態度を取ってくれるカナの姿が、ボクの心を温かい感情で満たしてくれた。
「これなら私達……」
「そうだね……カナ!」
二人で笑いあって、ダンジョンの奥へと歩き出した。