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第13話 イクリプス姉妹

「私とミカお姉様は、4年の付き合いになりますわ」




「そうなんだ」




 ボクとカナは現在、イクリプス姉妹の屋敷に向かって歩いている。




 カナの誘いで、イクリプス姉妹がリーダーとなり組織された冒険者集団『アカツキ』の訓練に参加することになったからだ。イクリプス姉妹の屋敷は、ボク達が住むカナの屋敷から見るとダンジョンを挟んで東側に位置する。ちょうど、ダンジョンの西側がレイボーン領、東側がイクリプス領となっている。




 馬車を手配せずとも歩いて行ける距離なので、午後の曇り空の下二人並んで歩いている。どんよりとした厚い雲が、何やらボクの心情を表しているようであった。




「どうしてキミは、冒険者最強のイクリプス姉妹と付き合いがあったの?」




「それは、レイボーン家当主である私のお父様が、二人に目をつけていたからです。お父様はイクリプス姉妹に近づくために、『私の遊び相手になってほしい』という名目で家族ぐるみの付き合いを始めましたわ」




 ボクは疑問をぶつけてみた。わからないことを明らかにしていけば、気持ちも晴れるかもしれないと期待した。




「そうか……有力な冒険者であれば冒険に使うアイテム等商売の機会が増えるし、大規模遠征を指揮する立場になれば大きな商談になるね。ただ、誤算だったのはイクリプス姉妹がネームド・エネミーの討伐に向かう時、大規模遠征隊を組まなかったことだろうね。彼女たちはたった二人でネームド・エネミーを倒してしまった」




「そうですわね。お父様も大規模遠征で得られる収益を期待していたみたいだったから落ち込んでいましたわ。そしてもう一つ誤算だったのは……ミカお姉様もオボロお姉様もお父様と性格が合いませんでした。元々二人は東国の姫君で、他国に攻められ滅びた自分達の家を再興するために冒険者になりましたわ。お父様は、そんな二人は野心を持っていると考え、政治的な話をしきりに持ちかけました。でも、ミカお姉様は高潔すぎました。『そんな薄汚いことは性に合わない』と言って、お父様の話をつっぱねてしまいました」




「確かに、そういうこと言いそう……」




 正直その話を聞いていると、ボクはミカ・イクリプスよりもカナの父親のほうが自分と考え方が合うかもしれないと思った。家や生活を守るためには、あらゆる角度から必要なことは何か考え続け、対策していかなくてはならない。




 王道を突き進むことができるのは力を持つ者だけだ。




 ボクのような弱者は、王道を進む者が考えもしないようなことを突き詰めないと自分の価値を作ることができない。




 ダンジョンの下層を目指すことよりも、一人黙々とダンジョンの壁を掘り続けるような奇妙な行動をする、といったような。




「そういえば……今にして思うと、お父様にとって、私のことも誤算だったかもしれませんわ。私は、ミカお姉様に憧れて冒険者になりましたの」




「レイボーン家の方向性に合わず、また政略結婚の道具にされたくなかったから冒険者になったんじゃなかったっけ? 自分の道を自分で切り開きたいから、と」




 遠くの方で雷が落ちた音が聞こえた。頭上を見上げると、分厚い雲の灰色部分が濃くなってきているのに気付いた。




「もちろんそうですわ。だけど、自分が戦う場所を『ダンジョンの中』と決めたのは、ミカお姉様の影響ですわ。ミカお姉様のダンジョンの中での冒険の話は、とてもワクワクして心躍るものでしたわ。レイボーン家の屋敷で貴族生活を送るよりもずっと、刺激的なものでした」




 キラキラした目で語るカナ。まるでボクがセツおばあちゃんとの思い出を語る時のような。そして、ボクは再び認識してしまった。




 ――カナの笑顔がいつもの『完璧な』笑顔ではない。




 自然な、少女が強い憧れを誰かに向けているかのような笑顔。




 ボクは質問を続けるべきか迷った。だけど、ボクが質問するまでもなく、カナの熱が籠った語りは続いた。




「ミカお姉様は現時点で冒険者最強と言われているけど、歴代の冒険者の中でも最強と言われておりますの。ミカお姉様は【炎帝】というスキルで、概念を含めたあらゆるものを燃焼させるというスキルですわ。だから相手に圧倒的な攻撃を加えることができるだけでなく、相手からの攻撃も燃やして防いでしまう、まさに攻防一体の隙の無いスキルですわ! そしてオボロお姉様も【氷帝】という、時間を含めたあらゆるものを凍結させてしまうスキルを持っておりますわ。だから、実質数秒間だけ時間を止めることができますわ。……ってごめんなさい。喋りすぎてしまいましたわ」




「別にいいよ」




 ボクはカナの話を一方的に聞く形となってしまった。




 正直、脳内に入っているのかいないのかわからない状態でカナの話を聞き続けていたが、ぼーっとしているうちに目の前に大きな門を構えた屋敷が現れた。




「ここが『アカツキ』の屋敷ですわ」




 ボクは脳内で、ボク達が今生活している屋敷と比較した。そこで、カナが「あくまでこの屋敷は別荘の立ち位置」と自分の屋敷を評していた意味が分かった。




「大きいな……」




 思わず呟いてしまった。




 イクリプス家の屋敷は、4階建ての建物が正面に1棟。左右に3階建ての建物が1棟ずつそびえ立っていた。そして、玄関の門を入ってすぐの場所が広い庭となっており、ちょうど3つの建物に挟まれるような恰好となっていた。




「よく来たわね! カナ、今日もビシバシ鍛えてあげるからね!」




「はい。よろしくお願いします」




 ボクが呆気に取られて周囲を見回していると、イクリプス姉妹が出迎えに来てくれた。




 屋敷でも、ダンジョンへ潜る装いと同じ赤と青の対照的な軍服とマントを着ているようだ。そもそも、本人達の力が強すぎるためなのか、装備が身体を守ることよりもビジュアルの方が優先されているような感じだ。だから、ダンジョンの外でこの恰好をしていても全く違和感が無いし、むしろ格好良くキマっている。




「とりあえず、ついてきなさい!」




 ボク達はミカ・イクリプスの後ろについていくと、真ん中の4階建ての建物に入り、客室に案内された。




「この部屋に荷物を置きなさい。そしてカナはいつもの特訓ね。ポルカ、アンタはどうするの? サポーターの訓練に参加する?」




「ボクは……」




 ボクは迷った。ボクの魔法は使い所が限られている。だから、サポーターの訓練に参加しても何もできないかもしれない。それに、今のボクの状態では、推し魔法も使うことができないかもしれない。




「いや……サポーターではなく……アイテム管理を担当している人の話を聞いてみたい」




「ん? よくわからないけど良いわ。じゃあオボロ、お願い」




「わかったわ、姉さん。それではポルカさん。こちらへ」




 ボクはオボロ・イクリプスの案内で、この建物とは別の3階建ての建物へ移動した。玄関から見て右側にあった建物である。




「ここがアイテムを保管している倉庫よ。そしてこれがリストにして纏めたもの」




 彼女はボクを品定めするような目で見ながら説明した。




 しかし……よく内容が纏められている。オボロ・イクリプスのイメージは冷徹な氷魔法使いで、最強の冒険者。ダンジョン攻略において彼女が物資管理をしているとは思ってもいなかった。




「何か参考になることはあった?」




 なんか怖いな……。彼女は明るいミカ・イクリプスとは対照的で物静か。そして表情もあまり変化しないから感情を読みにくい。透き通るような白い肌に、切れ長の目は美しさと恐ろしさを見る者に感じさせる。




「ええと……もしかしてこれは大規模遠征用のアイテム? 『アカツキ』も大規模遠征に参加するの?」




「それを知って、あなたはどうするの?」




 オボロ・イクリプスは距離を詰め、ボクの瞳を覗き込んだ。




 ――やばい。下手な返事をしたら……殺される。




「いや……これ使えるんじゃないかと思って」




 ボクは慌てて背負っていたリュックからアイテムを一つ取り出し、彼女に渡した。




「これは何? 筒……この部分を持てば良いのかしら?」




「そう。そうやって持てばいい。これは『閃光銃』。こうやって筒を光を当てたいところへ向けて、そしてこの『引き金』を人差し指で引くと――」




 ボクが「閃光銃」を倉庫の壁に向け引き金を引いた瞬間、強い光が発せられた。その光は倉庫の壁に真っ白な円を映し出した。




「へえ……面白い物を持っているじゃない」




 ――オボロ・イクリプスが笑っている所を初めて見た。




「ダンジョンの下層エリアでは照明魔導具が満足に設置されていない。だから、冒険者達自身で松明や光魔法、アイテムを使って光を確保しなくてはならない。だけど、松明や主流のアイテムでは遠くまで光を飛ばすことができない。でも、これなら遠くまで視認できるようになる」




「確かにそうね。そしてもう一つ重要なことは、光が集まっていること。光を……鏡か何か反射するもので収束させているのかしら? これは遠くへ光を集めるだけでなく、モンスター側からこちらの様子を見えにくくさせることができる」




「そう! そうなんだよ! 既存の『周囲を照らす』ことに特化したものでは、近くの場所までしか照らせないし、敵に自分達の状況を詳細に伝えてしまうことになる」




「ぜひ試してみたいわね。これはどこで入手できるの?」




「これはボクが作ったものだよ。だから、必要な数を言ってもらえたら、できる範囲で作るよ」


「ふーん」




 彼女は顎に手をやり、ボクの周りを歩きながらまじまじと見つめてきた。




「そういうことね。あなたが私達の『アイテムを見たい』と言った時は、正直私はあなたが『盗みを働く』のではないかと疑ったのよ」




「そ……そうだったんだ」




 ボクは冷や汗をかいた。全くそんなつもりではなかったけど、もしボクが盗みでもしたものなら、数秒で命が刈り取られてしまうだろう。一瞬、彼女の背に死神の大鎌が見えたような気がした。




「あなたは何なの? サポーターの役割としてカナとパーティを組んでいると聞いていたけれど、別の役割も担ってそうね」




「正直、ボクはサポーターとしてはあまり向いていないと思うんだ。ボクの推し魔法は感情によって左右される不安定な力。だから、アイテム屋としての知識やダンジョンに関する知識で戦う方が得意なんだ」




「なるほどね」




 オボロ・イクリプスは木箱の上に座って足を組み、ボクを見ながら怪しく笑った。




 その妖艶な姿に、ボクは不覚にも胸がドキドキしてしまった。イクリプス姉妹の軍服は二人ともミニスカートになっているため、白い太腿がよく見える。




 だから、今こうして目の前で足を組まれると、太腿やそのスカートの奥に眠る『秘宝』まで目の当たりにしてしまいそうで怖い。だからボクは必死に理性を働かせ、目を背けた。




「アイテム屋か……他に発明品は無いの? というかそれ何? ちょっと見せて」




 彼女は急に立ち上がり、ボクの右腰に装備している連弩に手を伸ばした。




「これは何?」




「これは『連弩』と言って、矢を連射する武器なんだ。実家でアイテム屋の手伝いをしている時に旅人から聞いた話をもとに作ったんだ」




「話を聞いただけで作ったの? ちょっと試し打ちさせて」




 彼女はボクから連弩を受け取ると、倉庫の壁に向かって試射した。




「造りがしっかりしていて、矢も真っすぐ飛ぶ。連射するための矢の補充もスムーズ。品質も申し分無いわね」




 感情があまり見えない、淡々とした声色だけど、何か凄い褒められているようだ。素直に嬉しいと思った。




「ねえ。他には無いの?」




 オボロ・イクリプスは小悪魔的な笑みを浮かべた表情で、ボクに他のアイテムを見せるよう強請ってきた。




 彼女は興味津々といった様子であったので、ボクもアイテム屋としての魂に火が灯ってしまい、時間を忘れて沢山のことを熱弁してしまった。

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