目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第6話 僕の夢について

「待て、色々混じってるし、二千万が貰えるのはツチノコだ」

「ちょっと疲れてるみたいだから、仮眠するわ。朝になったら起こして」

 いきなりその場に寝転がる布姫。

「現実逃避するなー!」

 あまりに衝撃的なものを見たせいか、水麗と布姫のキャラがおかしくなっているようだ。

 ……いや、水麗はあまり変わらないか。

 テンパってるやつを見ると落ち着くというが、なるほど、何となく落ち着いてはきた。

 どうしたらいいかはわからないけど。

「よかったわね」

 寝転がったままの布姫がポツリとつぶやく。

「ん? 何がだ?」

「これで記事、書けるんじゃない?」

「……どうだろうな。あまりにも現実的じゃなさすぎる。逆に信じてもらえないだろ」

「ふふ。言ったでしょ。現実なんて、虚無のようなものよ」

「極端すぎるだろ」

 窓から月の光が差し込み、布姫を照らす。

 体が光っているように見え、幻想的な雰囲気を醸し出している。

 どこか現実味のない、まるで童話の中にいるかのような感覚。

 ……そう、まさしく布姫は眠り姫のようだ。

 ――僕が王子?

 はは、ないな。キスなんてしようもんなら、僕が一生眠ることになる。

「でも、小説のネタにはなるんじゃないの?」

「え?」

「目指しているんでしょ? 小説家……というより、ラノベ作家かしら」

「お前……気づいてたのか? なぜだ?」

「……気づかれてないと思っていることに衝撃を受けたわ」

 寝転がったまま、眉間に皺を寄せ、それを指でつまむ布姫。

「仕方ないわね。愚凡な佐藤くんに、このビューティフル・キューティー・布姫さんが教えてあげるわ。見破ったポイントは三つ」

「愚凡の方が格好よくて、まともに聞こえるのは僕だけか?」

「一つ目、佐藤くんが新聞を読んでいるところなんて、一度も見たことないわ」

「うっ!」

「二つ目、真剣に読んでるのは、いつもラノベ」

「うう……」

「三つ目、鞄の中に入っている、僕が考えた最高の設定集」

「勝手に僕の鞄の中を見るなよ!」

 うわぁ、恥ずかしい。くそっ! やはり、持ち歩くべきではなかったか。だけど、思いついたときに、すぐに書き留めないと忘れるんだよ。携帯のメモ機能は面倒だし。

「ちょっと待て、僕の鞄には鍵がついているはずだぞ」

「注意力散漫ね、佐藤くん。そんなものとっくに壊れているわ」

「なん……だと? いつの間に……?」

「一週間前くらいに、私が壊したわ」

「お前かよ! っていうか、それ犯罪だろ!」

「……犯罪? なぜ?」

 迷惑そうに、怪訝な表情を浮かべて僕を見上げる布姫。

 ……どうでもいいけど、そろそろ寝転がるのは止めて起きて欲しいところだ。

「プライバシーの侵害だろ」

「……どうして、佐藤くんにプライバシーがあるのかしら?」

「いや、どうしてって言われても……」

 心底不思議そうな、純粋な子供のような目で真っ直ぐ僕を見てくる。

 まるで、僕の方が的外れのことを言っているような気分になって来た。

 あれ? プライバシーって日本国民、全員にもれなく付いてくるんじゃなかったっけ? あれって、申請制なのか?

「逆に私としては、報告義務を怠ったということで、佐藤くん対して激怒(げきおこ)よ」

「げきおこ……」

「激怒プンプン丸よ」

「なぜ、言い直した!?」

「そんなんだから、私に鞄の鍵を壊されるのよ」

「お前の怒りと僕の鞄の鍵に、どんな因果関係があるんだ?」

「むしゃくしゃしてたときに、偶然、佐藤くんの鞄が目に入ったのよ」

「誰でも良かった的な、通り魔の犯行じゃねーかよ!」

「少し、話が逸れたわね」

「……かなりだと思うけどな。というか、そもそも、なんの話をしてたんだっけ?」

 こいつと話していると、話が真っ直ぐに進まなかったり、あらぬ方向へ突っ走ったりする傾向がある。まあ、それはそれで、楽しいから良いのだが。

「応援してあげるわよ」

「ん? なにをだ?」

「進級」

「僕の成績はそんなに悪くない! 中の下だ!」

「……威張って言われても困るわ」

「うっ!」

「冗談よ」

「そういうことを言うから、話が脱線するんじゃねーか」

「そうね」

 ふう、と一息つき、布姫の表情が真剣になる。

 こいつのこんな表情は滅多に見られることはない。別にいつもふざけているというわけではなく、逆に不愛想でさえあるのだが。こいつが人の目を見て、真っ直ぐに向き合うということがほとんどないのだ。

 それは僕に限ってとかじゃなく、少なくても去年一年間、同じクラスのときに見ていた頃は本当に数える程度だったと思う。

「……ラノベ作家」

「え?」

「なりたいんでしょ?」

「そ、そりゃ、まあ……」

「ただ、簡単になれるものでもないと思うわ」

「それもわかってる……つもりだけど」

「ふーん」

 そこで布姫がふいと視線をそらした。顔を傾け、窓から夜空を見上げている。

 今日は雲が少なく、満天……とまではいかなくても、星が綺麗だった。

「でも、ほんの少し、うらやましいわ」

「うらやましい?」

「私にはないもの。……夢」

「そこまで大げさなもんじゃないけどな。全然、書いてもいないし」

「……」

 しばらくの沈黙。

 お互い、黙ってただ星を眺めている。

 この静けさは息苦しいというわけではなく、返って心地よくすらあった。

 が、その静かさはあっさりと破られる。

「おーーい! 河童、捕まえたんだけどさー!」

 突如、下から水麗の声がした。

 布姫も起き上がって下を見る。

 すると、ビニールハウスの入り口付近に立って、こっちを見上げている水麗がいた。

 ……河童を捕まえたという割には、水麗のまわりにはその河童らしき姿は見えない。

「ちょっと降りてきてー!」

 僕と布姫は顔を見合わせて、首を傾げたのだった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?