「待て、色々混じってるし、二千万が貰えるのはツチノコだ」
「ちょっと疲れてるみたいだから、仮眠するわ。朝になったら起こして」
いきなりその場に寝転がる布姫。
「現実逃避するなー!」
あまりに衝撃的なものを見たせいか、水麗と布姫のキャラがおかしくなっているようだ。
……いや、水麗はあまり変わらないか。
テンパってるやつを見ると落ち着くというが、なるほど、何となく落ち着いてはきた。
どうしたらいいかはわからないけど。
「よかったわね」
寝転がったままの布姫がポツリとつぶやく。
「ん? 何がだ?」
「これで記事、書けるんじゃない?」
「……どうだろうな。あまりにも現実的じゃなさすぎる。逆に信じてもらえないだろ」
「ふふ。言ったでしょ。現実なんて、虚無のようなものよ」
「極端すぎるだろ」
窓から月の光が差し込み、布姫を照らす。
体が光っているように見え、幻想的な雰囲気を醸し出している。
どこか現実味のない、まるで童話の中にいるかのような感覚。
……そう、まさしく布姫は眠り姫のようだ。
――僕が王子?
はは、ないな。キスなんてしようもんなら、僕が一生眠ることになる。
「でも、小説のネタにはなるんじゃないの?」
「え?」
「目指しているんでしょ? 小説家……というより、ラノベ作家かしら」
「お前……気づいてたのか? なぜだ?」
「……気づかれてないと思っていることに衝撃を受けたわ」
寝転がったまま、眉間に皺を寄せ、それを指でつまむ布姫。
「仕方ないわね。愚凡な佐藤くんに、このビューティフル・キューティー・布姫さんが教えてあげるわ。見破ったポイントは三つ」
「愚凡の方が格好よくて、まともに聞こえるのは僕だけか?」
「一つ目、佐藤くんが新聞を読んでいるところなんて、一度も見たことないわ」
「うっ!」
「二つ目、真剣に読んでるのは、いつもラノベ」
「うう……」
「三つ目、鞄の中に入っている、僕が考えた最高の設定集」
「勝手に僕の鞄の中を見るなよ!」
うわぁ、恥ずかしい。くそっ! やはり、持ち歩くべきではなかったか。だけど、思いついたときに、すぐに書き留めないと忘れるんだよ。携帯のメモ機能は面倒だし。
「ちょっと待て、僕の鞄には鍵がついているはずだぞ」
「注意力散漫ね、佐藤くん。そんなものとっくに壊れているわ」
「なん……だと? いつの間に……?」
「一週間前くらいに、私が壊したわ」
「お前かよ! っていうか、それ犯罪だろ!」
「……犯罪? なぜ?」
迷惑そうに、怪訝な表情を浮かべて僕を見上げる布姫。
……どうでもいいけど、そろそろ寝転がるのは止めて起きて欲しいところだ。
「プライバシーの侵害だろ」
「……どうして、佐藤くんにプライバシーがあるのかしら?」
「いや、どうしてって言われても……」
心底不思議そうな、純粋な子供のような目で真っ直ぐ僕を見てくる。
まるで、僕の方が的外れのことを言っているような気分になって来た。
あれ? プライバシーって日本国民、全員にもれなく付いてくるんじゃなかったっけ? あれって、申請制なのか?
「逆に私としては、報告義務を怠ったということで、佐藤くん対して激怒(げきおこ)よ」
「げきおこ……」
「激怒プンプン丸よ」
「なぜ、言い直した!?」
「そんなんだから、私に鞄の鍵を壊されるのよ」
「お前の怒りと僕の鞄の鍵に、どんな因果関係があるんだ?」
「むしゃくしゃしてたときに、偶然、佐藤くんの鞄が目に入ったのよ」
「誰でも良かった的な、通り魔の犯行じゃねーかよ!」
「少し、話が逸れたわね」
「……かなりだと思うけどな。というか、そもそも、なんの話をしてたんだっけ?」
こいつと話していると、話が真っ直ぐに進まなかったり、あらぬ方向へ突っ走ったりする傾向がある。まあ、それはそれで、楽しいから良いのだが。
「応援してあげるわよ」
「ん? なにをだ?」
「進級」
「僕の成績はそんなに悪くない! 中の下だ!」
「……威張って言われても困るわ」
「うっ!」
「冗談よ」
「そういうことを言うから、話が脱線するんじゃねーか」
「そうね」
ふう、と一息つき、布姫の表情が真剣になる。
こいつのこんな表情は滅多に見られることはない。別にいつもふざけているというわけではなく、逆に不愛想でさえあるのだが。こいつが人の目を見て、真っ直ぐに向き合うということがほとんどないのだ。
それは僕に限ってとかじゃなく、少なくても去年一年間、同じクラスのときに見ていた頃は本当に数える程度だったと思う。
「……ラノベ作家」
「え?」
「なりたいんでしょ?」
「そ、そりゃ、まあ……」
「ただ、簡単になれるものでもないと思うわ」
「それもわかってる……つもりだけど」
「ふーん」
そこで布姫がふいと視線をそらした。顔を傾け、窓から夜空を見上げている。
今日は雲が少なく、満天……とまではいかなくても、星が綺麗だった。
「でも、ほんの少し、うらやましいわ」
「うらやましい?」
「私にはないもの。……夢」
「そこまで大げさなもんじゃないけどな。全然、書いてもいないし」
「……」
しばらくの沈黙。
お互い、黙ってただ星を眺めている。
この静けさは息苦しいというわけではなく、返って心地よくすらあった。
が、その静かさはあっさりと破られる。
「おーーい! 河童、捕まえたんだけどさー!」
突如、下から水麗の声がした。
布姫も起き上がって下を見る。
すると、ビニールハウスの入り口付近に立って、こっちを見上げている水麗がいた。
……河童を捕まえたという割には、水麗のまわりにはその河童らしき姿は見えない。
「ちょっと降りてきてー!」
僕と布姫は顔を見合わせて、首を傾げたのだった。