次の日の朝。
掲示板の前に、パラパラと人が集まり貼ってあるものに目を向けている。
「や、やれば、で、できるじゃない! そうそう。私、佐藤くんなら、ちゃんとやれるって信じてたんだ。だから、敢えて厳しい試練を与えたってわけ。ほら、生徒の全力を出させるように促すのも生徒会長の役目だからさ」
元気とポニーテールがトレードマークの生徒会長が頬を引きつらせながら、掲示板に張り出された新聞を遠くから眺めている。
女ながらも敏腕……とはお世辞にも言えない、この生徒会長は人望だけでこの地位まで上り詰めた人だ。
いや、人望というよりは自然と人に好かれるような、そんな人のように感じる。
ほぼノリで生徒会の仕事をこなし、その尻拭いに追われているという生徒会執行部。
それでも、この人を生徒会長から降ろそうなんて声は聞いたことがない。
今回のことだって、大して僕のことを調べもせずに、あんな条件を出してきたのだろう。
僕が記事を書くだなんて、まったく考えてもいなかったみたいだ。
……まあ、一年以上、記事を一つも書いてなかったのだから当然かもしれないけど。
ただ、布姫が言ったように三行の文章で「記事だ!」とごねることだって可能だったはずだ。
だけど、自然と僕はちゃんと記事が書けなかった場合は、あの部室を明け渡そうと思っていた。
そう思わせるところがこの人の凄い所であり、生徒会長になれたのだろうと思う。
「結構、盛況じゃない。次の記事も期待してるわ。……さてと、オカルト改革推進部の部室の宛を探し直さないと。もう一度、隅々まで校内を見て回ろうかしら」
顎に手を当て、思案顔でテクテクと歩き去っていく生徒会長。
オカルト改革推進部って……。僕たちの新聞部の部室はそんな怪しい部に取られるところだったのか。危ない、危ない。
僕もそろそろ教室に戻ろうと振り向く。
「部室は取られずに済んだみたいね」
いきなり目の前に現れたのは、眼の下にクマがくっきりと浮き出ている布姫だった。
あの後、僕は部室で、布姫と水麗が爆睡する中、一人で記事を書きあげた。
内容はというと、さすがにねつ造したものを書くのは気が引けたので、本当のことと濁した言葉で誤魔化すような、結局何が言いたいのかわからないような、そんなフワッとしたものを書いたのだった。
「まあな。これで、当分は心配しなくていいんじゃねーかな」
「ふうん」
対して興味もなさそうに、布姫は掲示板の方を見る。
まだ授業までは時間があるにしても、足を止めて僕の記事を見てくれている生徒がいて、それを見て何事かと、他の生徒も足を止めていた。
「で? どうかしら?」
「なにがだ?」
「記事を書いてみて」
「うーん。すっげー、辛いし、面倒くさいし、何度も投げ出したくなったけど……書き終えた時の達成感は、なんとも言えねーよ」
「そう。良かったわね」
布姫がふふ、っと優しく笑みを浮かべる。
「それに、こうやって書いたものを他の人に読んでもらえるっていうのも、なんか嬉しいよな」
「あらあら、随分と天狗になっているようね。いい? 人の感想というのは残酷よ。自分が見たくもない聞きたくもない、批評がくることだってあるわ」
「わ、わかってるさ」
「そうかしら? 作家って、かなり精神的に強くないとやっていけないわよ」
「か、覚悟してる」
「なら、私が放課後にでもダメ出ししてあげるわ」
「お、お前の毒舌なら慣れてるから大丈夫だ」
「うふふふ。楽しみだわ。覚悟を決めた人間の心をへし折る。こんなに楽しい娯楽は無いわ」
「お前は悪魔かっ!」
しゃれにならん。本当に、こいつならどんな強固な心の持ち主であろうとたやすく、シャープペンの芯を折るくらいの感覚でやりそうだ。
「お、お手柔らかに……」
「死にたくなったら言ってね。楽に死ねる方法を一緒に考えてあげるわ」
「知ってるんじゃねーのかよ! しかも、お前、死ぬ方法を探すプロセスも楽しむつもりだろ!」
「ああ、ゾクゾクしてきたわ」
髪を口の端で噛み、恍惚の表情を浮かべている。
「お前、絶対、将来犯罪者として新聞に載りそうだよな」
「あら、馬鹿にしないでくれるかしら」
「ん? 善悪の区別くらいは出来てるっていうのか?」
「捕まるようなヘマはしないわ」
「そっちかよ!」
こいつなら、やり遂げそうで本当に怖い。
「号外! 号外ーー!」
水麗がバタバタと両腕を振り回しながら、走ってくる。
「いや、水麗。人がせっかく、新聞部初の記事を書いたのに、それを打ち消すようなことをするなよ」
「二人とも、ちょっと来て!」
僕と布姫の腕を掴み、いつにも増して強引に引っ張る水麗。
それに釣られるようにして走る羽目になる僕と布姫。
「お、おい! 危ないって!」
「まずは何があったのか話してくれないかしら」
「百聞は一見にしかずー!」
スピードを落とすことなく、中庭に出るドアを蹴って開け、上靴のまま外へと飛び出す。
僕らも当然、そのまま地面へ出る。
入るとき、靴の裏を拭かないとなぁ、などと考えていると、水麗がピタリと立ち止まった。