校舎の裏側にある妙なスペース。
そこは……そう、願いが叶うという不思議なトーテムポールがある場所だ。
まあ、トーテムポールと言っても、ただの四角い木の柱が刺さっているだけなのだけど。
「見て! これ!」
水麗が地面すれすれの下の方を指さす。
そこには何か、顔のような模様が掘られている。というか、本来はこういうのが、たくさん彫られているのが、トーテムポールのはずだ。
「ね? 模様が浮き出てるんだよ! 不思議だね!」
興奮気味で僕の袖を掴んで、ゆすってくる。
脳も揺れるから止めてくれ。
「元々掘られてたんじゃないのかしら? 昨日は暗かったし、見落としただけなのかも」
布姫がなんとも、現実的で夢をぶち壊すようなことを口にする。
……僕もそう思ったけど、言うなよ。
「ふっふーーん! そ、れ、が、違うのでしたー!」
両手を腰に当て、ぐいっと胸を前に逸らす。
うわっ! すげえ胸が強調されてる! デカい! こ、こいつ、化け物かっ!
「死にたい?」
ヌッと僕の前に顔を出す布姫。その眼は虫のように冷たく残酷な色に包まれている。
なぜ、お前が文句を言う?
「これ、昨日の写真!」
水麗が制服の内ポケットから一枚の写真を出した。
……いつの間に現像したんだろか?
とにかく、僕らはその写真を受け取って、覗き込んでみる。
フラッシュをたいていた為、あの暗さでもはっきりと映っていた。
確かに、今、模様が浮き出ているところには何も掘られていなかった。
「どういうことかしら? 昨日の夜、誰かが慌てて掘った、とか?」
「なんでこのタイミングなんだよ。それに、慌てる意味がわからん」
「ほら、本当はちゃんと掘るつもりだったけど、面倒くさくなって、まあ、どうせ誰も見ないしこのままでいいやって思ってたのに、見つかっちゃったから慌てたとか。佐藤くんみたいに」
「なぜ、最後に僕の名前を出した!?」
確かに、その状況だと僕と同じ感じだが。
「そこで、わたしは一つの仮説を立てたのでした」
人差し指を立て、したり顔をする水麗。
「新たに出てきた、この模様。何かに似てると思わない?」
「ん? 何かに?」
水麗に言われて、改めてマジマジと見てみる。
目らしきものが二つに、大きな口。……人間の顔? それにしては、なんか違和感がある。でも、最近、こんなのを見たような気が……。
そこで、僕はハッとした。
「河童……?」
「正解っ!」
布姫のつぶやきに、水麗がビシッと両手の人差し指を差す。
「河童? 河童……かぁ?」
もう一度、よーく見てみると、口がひし形になっている。これが口ばしに見えなくもないけど……。少し強引な気もする。
「で? 河童だから、どうなんだ?」
「チッチッチッ! 佐藤くんはまだまだだねぇ。昨日、わたしたちは河童に会ったよね?」
「ん? まあ、会ったって言えば会ったけど、未だに信じられねえぞ?」
「もしかしたら、体を緑に塗った、フィン(足ヒレ)を着けた子供かも知れないしね」
「ごめん。そっちの方が信じられない」
「んー。そこまで言われちゃったら、ちょっと自信なくなっちゃったんだけど……わたしが捕まえたのは子供じゃなかったと思うんだけどなぁ」
少しだけ、困った顔をした水麗がしゃがんでトーテムポールの模様を見る。
「でもさ、こう考えてみたらしっくりこない?」
ちょんちょんと、人差し指で河童の口ばしの部分を突いている。
「事件を解決したから、一つ開放された……」
「解決? 開放?」
水麗がバッと立ち上がって、ビシッと僕たちに指を差す。
「わたしたちは、学校の七不思議の謎を一つ解いた。そのご褒美として、トーテムポールに模様が一つ浮き出てきたの。これを上まで集めたら、願いが叶うんじゃないかな?」
「……ちょっと飛躍し過ぎじゃないか?」
「そうね。それなら夜に佐藤くんが、私たちを楽しませるために掘った、という方が、真実味があるわ」
「ねーよ! 昨日の夜はずっと一緒にいたじゃねーかよ! それに、お前たちを楽しませるために、僕はそこまで体を張らない!」
「張りなさいよ」
「なんでだよ!」
「まあまあ、二人とも。わたしもまだ半信半疑なんだけどさー」
水麗が僕と布姫の間に入ってくる。
「……半分は信じてるんだ?」
「とにかくさー、もう一個やってみない?」
「もう一個?」
布姫がリスのように首を傾げた。
「学校の七不思議。もう一つだけ調べてみて、検証するってどうかな?」
「えー、面倒じゃないか?」
「そうね。夜は眠くなるし」
「でもさー。七不思議を調べるってことは、また学校にお泊りできるってことだよ?」
「……いや、忍び込んだだけで、正式な許可はもらってないけどな。その理由で貰える気もしないし」
あまり乗り気でない、僕とは裏腹に布姫の目が鋭さを増した。
「面白いわね。やってみましょう」
「は? お前、眠くなるって言ってたじゃねーかよ!」
「昼間寝ればいいじゃない」
「昼は授業中だ!」
「文句は言われないわ。佐藤くんと違ってね」
「ぐっ!」
悔しいことに、布姫は成績が良い上に先生受けもいい。例え、授業中に寝ていたとしても注意されないだろう。というか、そもそも、寝てる事にすら気づかれないように細工しそうだ。
「それに、佐藤くんはもっと書くということをしないとダメよ。だから、ドンドン、記事を書きなさい」
「そうそう。もしかしたら、活動をアピールしたら用務員室も部室として使えるようになるかもしれないよ?」
「さすがにそれは無理だろ」
用務員のお姉さんはどうするんだよ。
「さすがに毎日というのはキツイから、週に一回にしましょう」
「それなら金曜日とかの方がいいかもね。次の日休みだし」
「そうね。そうしましょう」
「待て! 部長の僕を差し置いて、大事なことを決めるなっ!」
「じゃあ、佐藤くん。金曜の放課後から、取材合宿をするから、そのつもりで」
「……」
僕の抗議の声はあっさりと却下される。いや、聞いてもくれなかった。
なんだかよくわからないが、こうして、僕たち新聞部は学校の七不思議を調べることになったのだった。