雨は八時を過ぎても止むどころか、若干強くなってきていた。
校門前の石畳にはいくつもの水たまりが出来ていて、雨が落ちるたびに波紋を広げる。
その水たまりの全てを避けることは無理なので、当然、何度かは水たまり足が入ることになり、靴の中に水が染み込みつつある。
この気持ち悪い感触は、本当に嫌だ。
やはり、雨の日は家の中にいるに限る。
……って、あれ? そっか。
そこで僕は気づいた。雨だから、外に出ないような七不思議を調べようと言ってくれた布姫の配慮に。
天然なところもあるけど、そういう気づかいできるところがあいつの凄いところだ。
「達っちん、お待たせ―」
「あら、ちゃんと先に来てるなんて、偉いわね」
傘をさした布姫と水麗が一緒にやってきた。
もしかしたら、どちらかの家でご飯を食べて、一緒に来たのかもしれない。二人とも制服だし。
「佐藤くん、雨の日にスエットって……」
ため息交じりに布姫が僕の方を見る。
「え? あっ!」
下を見てみると、ねずみ色のスエットが雨に濡れて、ところどころ色が濃くなりまだら模様になっていた。
しまった。寄りによって水を吸収しやすい格好をしてきてしまった。
「さ、早く入りましょ。湯冷めしちゃうわ」
どうやら、二人とも風呂に入って来たようだ。
……一緒に入ったんだろうか。
布姫と水麗の入浴シーン……。
「あれ? どしたの、達っちん。鼻血出てるよ?」
「ああ、いや、なんでもない。これはその、雨だよ、雨!」
「雨は赤くないわよ」
「それより、ほら、布姫の言うように早く入ろうぜ」
刺し殺すような布姫の視線を避けるように僕は歩きはじめる。
校門はさすがに閉まっているし、よじ登ろうとすると警報が鳴るので、校舎の裏側にある、常に開きっぱなしの非常口から入ることにしているのだ。
……この学校、セキュリティーゼロだよな。
僕がサクサクと先頭を歩いていると、布姫がスッと横に並んできた。
「想像したんでしょ?」
「な、なんの話だ?」
「私たちがお風呂に入っている、と、こ、ろ」
妙に色っぽい声で、耳元で囁くように言ってくる。
「ば、ば、馬鹿言うなよ! そ、そ、そんなわけないだろ! 一瞬たりとも、そんな想像はしたことがない!」
「……恐ろしいほど、嘘が下手ね」
布姫は一瞬、呆れたような表情をしたが、すぐに悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「……ふふふ。そうよ。一緒にお風呂、入ったの。水麗さんと」
「ぶはっ!」
鼻の奥から熱いものが込み上げ、そして、吹き出る。
雨に混じり、赤いものが惨殺現場のように広がっていった。
「あらあら、どうしたのかしら? やっぱり想像しているんでしょ?」
「は、はは……。そんなわけない……」
「ホント、あの子、胸が大きいのよね。柔らかいし」
「ぐおっ!」
僕の体内から赤く、熱いものが源泉のように湧き出していく。
ヤバい。このままでは出血多量で死んでしまう。
だが、布姫は止めとばかりに、艶めかしい声で囁き続ける。
「私のも想像してるんじゃないの? この美しい肉体を……」
「けっ! そんな貧相な体、逆にこっちから願い下げ……がふっ!」
布姫の肘が僕の胃に直撃し、今度は口から赤いものが吐き出てきた。
耐えられなくなって、そのまま前のめりに倒れる。
「達っちん、何してるの?」
「なんでもないわ。行きましょ」
布姫と水麗が、僕を置いて行ってしまう。
流れ出る血が雨に混じり、僕を包む。
生暖かい。それとは裏腹に、体がドンドン冷えていく。
――これが死、か。
……けど、まあ。こんな死に方も悪くない。