夜の学校は誰もいないせいか、妙に外の雨音が響いて聞こえてくる。
また、懐中電灯の光しかないので薄暗く不気味な雰囲気を醸し出す。
そんな中、僕は布姫と水麗に挟まれ、まるで連行されているかのようにピッタリマークされながら歩いている。
「なあ、布姫。どうして、こんなにくっつく必要が……」
「あなたが逃げないためよ」
「わたしは、達っちんが怖いだろうと思って、寄り添ってあげてるのだ」
例によって、布姫は青ざめ、水麗は嬉しそうに笑っている。
まずは一階から上に登るようにして、しらみつぶしに調査していこうということになった。
「それにしても、さすが布姫だよな」
「……なんの話よ?」
「ほら、今回の七不思議。雨だから、外に出なくていいようなのを提案したんだろ?」
「……っ!」
布姫が目を丸くして、ポカンと口を開けた。
そして、しばしの沈黙。
「そ、そうよ。もちろん。当然じゃない。こんな雨の中、外に出るなんて、みんな嫌だろうと思ったのよ。まあ、そのへんの配慮が当然のようにできるのが私よね」
偶然だったらしい。
見直して損した。
「そういえば、階段が増えるっていうけど、実際どんな七不思議なんだ?」
「えっとね、噂では十二段の階段が十三段になるって話だよ」
水麗が鼻歌混じりに、どや顔で説明する。
どうやら水麗は夜の学校が好きなのか、合宿の時は異様にテンションが高い。
「地味だな。っていうか、見つけたやつ、よく気づいたよな」
「おおぅ。言われてみればそうだね」
「ふふん。それは恐らく、階段遊びの王道、グリコをやっていたのよ」
「……グリコ? なんだ、そりゃ?」
僕がそういうと、布姫は意外そうな表情をする。
「知らないかしら? 階段でじゃんけんをして、勝った方が階段を登っていく遊び」
「ああ、グリコ、とかチヨコレイトとか言って、三段とか六段進むやつか」
「へー。あの遊びってグリコっていうんだ? っていうか、なんでグーはグリコなんだろうね?」
「んー、そりゃ、他にグが先頭の言葉ってないからじゃないか?」
「そんなことないよー。ほら、紅蓮地獄とか愚連隊とか、いっぱいあるじゃん」
「……子供がそんな物騒なこと言いながら階段上ってたら嫌だよ」
無邪気な子供が、ぐ、れ、ん、じ、ご、く、とか言って階段を登っていくのか。
……なんか、厨二病っぽくていい気がしてきた。
「ふふ、グリコで私の右に出るものはいないわ」
後ろ髪をフワッと掻きあげて、布姫が不敵な笑みを浮かべる。
「……それってただ単にじゃんけんが強いだけじゃないのか?」
「たくさん進める、パーかチョキしか出さないのがコツよ」
「……それは逆にダメだろ」
ずっとチョキを出されたら終わりじゃねーか。
「おっ! そろそろ最初の階段に到着するよ」
下駄箱から一番近い階段。
一階が一年生、二階が二年、三階が三年という配置なので、主にこの階段は二年や三年がよく上り下りしている。
割と幅広く、中間地点で踊り場がある、ごく一般的な階段だ。
踊り場の壁には窓があり、普段であれば太陽の光や月明りが入ってくるのであろうが、今は雨なので階段は暗闇に包まれている。
「よーし! じゃあ、さっそく検証開始だっ! あ、先に写真撮っておく?」
「いや、待った。その必要はない」
「え? なんで?」
階段に足をかけた水麗がくるりとこっちに振り向く。
「……これ、十二段もないだろ」
「おおうっ! まさかの、減るパターン?」
「斬新だな。確かに減るというのは聞かないから、マイノリティがあって良いかもしれない」
いつも登っているとはいえ、段数を数えるのは始めだ。だが、何回数えても、この階段は十段しかない。
「なあ、布姫。この階段って十段で合ってるよな?」
「あら、佐藤くん。数のお勉強をしてこなかったの? 八の次は九で、その次は十よ」
「そういうことを言ってんじゃねえよっ! 元々の階段の段数がわからないと、増えててもわからねーって話だ!」
「……ホント、佐藤くんって浅はかで愚かね」
腕を組み、ふう、とため息をつく布姫。
「増えた気がしたなら、増えた。それでいいんじゃないかしら?」
「お前に僕を馬鹿にする資格はないっ!」
「ち、よ、こ、れ、い、と」
水麗がピースをしながら、階段を登っていく。というか、遊び始めたようだ。
……なんだ、このグダグダ感は。すごく帰りたくなって来た。
「あっ! そうだ。ねえねえ、他の階段も数えてみればいいんじゃない? 一階から二階までの階段は、全部同じ段数だと思うし」
「ふっ! 私もそう思っていたのよ」
「嘘をつくなっ!」
他に対策もないので、水麗の提案通りに一階にある階段の段数を調べてみたが、全部同じ十段という結果に終わった。
「えーと、なんだ。もういいんじゃねーかな?」
「そうね。まさか、一階の階段全ての段数が変わってるなんて、思いもよらなかったわ」
「ああ。まさか、お前がそんなことを言い出すなんて、思いもよらなかったよ」
「なによ! 文句があるの?」
「逆切れかよ」
「ふーむ。なかなか、遭遇できないから、不思議なんだろうねー」
腕を組み、うんうんと頷く水麗。水麗も水麗で、自分の中で結果を出したようだった。
「水麗。一応、階段の写真、撮っておいてくれないか?」
「悪かったわよ! 私が全面的に悪るうござんしたっ! 何も、写真にまで撮って毎朝『いやいや、布姫様。今日も朝から七不思議が発動してますね。今日も安定の十段です』って言うつもりなんでしょ!」
「お前の中の僕は、どこまで嫌な野郎なんだよ! 違うよ。なんかさ、こうやって取材したっていうのを残しておきたいんだ。せっかく、こうやって三人で集まってるんだからさ。思い出ってわけじゃないけど、形にしておこうって思って」
「……そう。まあ、そうね」
「えへへ」
急に二人とも笑みを浮かべ始めた。その気持ちはなんとなく、僕にもわかる。
何年後かに、「あのときはこういう馬鹿をやったよなぁ」と振り返るときがくるんだろう。
そのときはもう、布姫や水麗とは離れ離れになっているかもしれない。でも、この二人と一緒にいたということは忘れたくないのだ。
「オッケー! じゃあ、撮るね」
パシャリとシャッターをきる水麗。
……あれ? ただ階段を撮ってるだけだから、数年後に見たら、なんだこれってならないだろうか? かと言って、今は夜の学校だ。他に撮ってくれる奴はいないし、三人一緒じゃないなら、撮る必要もない。
「それじゃ、これからどうする? 部室に戻る?」
「んー。そうだなぁ」
スマホをポケットから出して、見てみる。時間はまだ九時だった。
「ちょっと早い気がするな。もう少し、学校内を見て回らないか?」
「さんせー!」
「戻っても、特にすることもないしね」
全員一致で、夜の学校を探索することにした。