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第13話 体育館倉庫へ

 相変わらず、僕の両サイドにぴったりとくっつく、布姫と水麗。

 外からは雨音がするせいか足音の反響はほとんどなく、不気味さは多少和らいでいる。

 そのおかげか、布姫の顔色はいつもよりよく、口も滑らかに動く。

「梅雨が明けたら、夏ね。佐藤くんは待ち遠しいんじゃないかしら?」

「ん? まあ、早く梅雨は明けて欲しいって思ってるけど、夏はそこまで好きじゃないぜ?」

「あら、そう。意外だわ。絶対に季節の中で一番好きだと思っていたのに」

「なんでだよ? 僕、そんなこと言ったか?」

「夏は女の子が薄着になるから、それを楽しみに、一年間を生きているのかと思ってわ」

「お前とは、一度、じっくり話す必要があるみたいだな」

「下着が透けるのを、どうやったら自然に凝視できるかを?」

「違うっ! なんで、お前とそんな話をしないとならないんだっ!」

 そういうのは男子同士で盛り上がる話題だ。

 ……僕にはそういう友人はいないけど。

「ねえねえ、夏になったらさー、海に合宿に行かない? 楽しいよー、きっと」

「……新聞の合宿で、海に行く必要はないんじゃないか?」

「あら、いいんじゃない? 私たちは遊んでるから、佐藤くんは部屋で執筆活動をしてればいいじゃない」

「鬼か、お前は!」

「佐藤くんが部屋で悶々と書いてる中、私たちは水着美女をじっくりと堪能するわ」

「おっさんかよ」

「水着美女というのは私たちのことよ」

「自分で言うと痛いんだよ!」

「海かぁー。楽しみだなぁー」

 水麗が歩きながら、手をバタバタと振り回し始める。

 きっとあればクロールのつもりなんだろう。運動はそつなくこなす水麗だが、もしかしたら泳ぎに関しては例外なのかもしれない。

 素人の僕の目から見ても、明らかにフォームが変だ。

 ……水麗は身体能力で勝負する大部だからな。滅茶苦茶なフォームでもスピードは速いんだろうな。

「佐藤くん。私、前から疑問に思っていることがあるのだけど」

 不意に真面目な顔をして、こっちを見てくる布姫。

「なんだ? 僕が知ってるようなことだったら答えてやるぜ」

「水着とブルマーなんだけれど。露出は水着の方が高いのに、どうしてブルマーの方がエロく見えるのかしら? 体へのフィット感も水着の方が上よね?」

「……なぜ、その話を僕に聞いたんだ?」

「お願い、佐藤くん。教えて欲しいわ。きっとあなたしか、答えられない」

「僕が変態の頂点にいると思い込むなよ」

 まったく! 誤解もいいところだ。ごく一般的な健全な僕に対して、失礼極まりないな。大体、僕はブルマーや水着に興味はない。あるのは下着だけだ。

「そういえばさー、去年、ブルマーを復活させようって活動してた人たちがいたよね」

「署名活動を必死にやってたわね」

「この学校の男子は変態が多いんだな……」

「女の子の名前も結構、集まったのよね」

「女子もかよ」

「もちろん、私も署名したわ」

「お前もか!? いいかっ! お前は金輪際、僕を変態扱いするんじゃねえっ! お前の方がよっぽど変態だっ!」

「変態が、変態に、変態と言ってはいけないという法律はないわ」

「認めやがったっ!」

「あら、自分が変態だというところは、否定しないのね」

「うっ!」

 ニヤリと、してやったりと言いたげな表情をしている布姫。

 いやいや、お前、僕を引っかけるために自分を犠牲にしすぎだろ。

「あっ! ブルマーで思い出した!」

「ブルマーをきっかけに何を思い出せるんだ……?」

「学校の七不思議!」

「ブルマーが消えるのは佐藤くんが犯人よ」

「それはただの窃盗事件だ!」

「いやいやー。消えるのはもっと別のものだよ。体育館倉庫にあるものさ」

 ブルマーから体育、体育から体育館倉庫と転換していったのか。

 まあ、ブルマーは、昔は体育をするときの服装だったらしいからな。

 今の僕たちにしてみれば、ブルマーはただのコスプレ衣装って認識の方が強いだろう。

「ねえねえ、体育館倉庫に行ってみない? そこで、七不思議の説明をするよ!」

 何の目的もなく、ただ校内をウロウロするのも飽きてきたとこだ。

 それにどんな七不思議かも気になるし、それに一応、今は新聞部の合宿中なのだから、記事になりそうなところに行くことを否定する理由は見つからない。

 そういうわけで、水麗の提案通りに体育館倉庫へと向かったのだった。

 普通、体育館は鍵が閉まっていそうだが、そんな心配とは裏腹に開きっぱなしになっていた。

 最後まで使っていた生徒が鍵をかけるものだろうが、忘れたのだろう。問題は最後の確認を怠った用務員のお姉さんだ。

 校内の見回りも雑なのだから、こんな細かいところは当然のように見落としたのだろう。

 逆に、気づいたが面倒くさいのでそのまま放置したという疑惑すら考えられる。

 半分開きっぱなしのドアから体育館の中に入る。

 当たり前だが、体育館の中は静寂に包まれていた。

 外で降り続ける雨音だけが響く。

「それで? 体育館倉庫の中の、何が消えるんだ?」

「百聞は一見に如かず。行ってみよー!」

 水麗がズンズンと進んでいく。

 水麗とは腕を組んでいるので、僕と布姫も引っ張られるように歩き出す。

 体育館のドアですら開きっぱなしだったくらいなので、体育館倉庫の方も開いていた。

 というより、全開だった。

 ……いや、鍵はいいとして、ドアくらい閉めろよ。

「ではでは、七不思議の噂はホントかなー?」

 水麗が懐中電灯の光を倉庫内にある物に、順々に当てる。

 ――そして。

「おおっ! 今回は当たりだよ!」

 ハイテンションの水麗が懐中電灯の光を当てている先に視線を向ける。

 ……跳び箱?

 水麗が光で照らしているのは跳び箱だった。

「別に無くなってないんじゃないのか?」

「ふっふっふ。甘いね、達っちん。番号を見るのだっ!」

 ビシッと跳び箱を指さす水麗。

 番号というのは、跳び箱の段数を示す数字のことだろう。

 言われた通り、番号を見てみる。

 上から、1、2、3、5、6と数字が書かれている。

「……これって、ただの不良品なだけだろ」

「へ?」

 首を傾げる水麗。

 まあ、無理もない。確かにパッと見、一段消えているように見える。……が。

「そもそも、跳び箱って、ピラミッド型だからさ、一段抜けると上手く重ならないはずなんだよ」

「……あっ、そっか」

 うおー、恥ずかしいと言って、両手で顔を覆う水麗はちょっと可愛らしい。

「……いえ、佐藤くん。違うわ。水麗さんの言う通り、一段消えてる……」

 水麗とは逆隣りにいる布姫が目を細めて、跳び箱を凝視している。

「いや、だからさ、一段抜けると上手く重ならない……」

「違うわ。一番下の段がないのよ」

「え?」

 もう一度、跳び箱の方を見る。

 跳び箱は一段抜けると上手く重ならないが、一番上と一番下だけは例外だ。

 無くなったとしても、重ねるのに支障はない。

「元々、この段数なだけじゃないのか? 階段の時と同じで」

「うちの学校の跳び箱は六段で、数字は7までよ。はっきり覚えてる」

「ホントか? なんで、跳び箱の段数なんてマニアックな数字を覚えてるんだ?」

「佐藤くん、あなた、六段を跳ぼうとして失敗して、股間打ち付けて死にそうになったじゃない」

「……なぜ、知っている?」

 体育は当然、男女別だ。しかも、あの日の体育は男子が体育館で、女子が外だったはず。

 そして、今、はっきりと思い出した。

 あの時、股間を抑え、悶絶している時に目に入った7という数字。

 どこがラッキーセブンだ! と心の中で跳び箱に対して恫喝した覚えがある。

 となれば、布姫の言う通り、跳び箱は一段無くなっているということだ。

「壊れたとか、違う場所に置いてあるとかじゃないのか?」

「んー。そうなのかなぁ?」

 ペタペタと跳び箱を触りながら、口を尖らせている。

「水麗さん、その跳び箱が消えるというのは、具体的にはどんな七不思議なのかしら? ただ単に無くなるだけなら不思議でもなんでもないと思うのだけど」

 確かに跳び箱の段数が一つ消えるだけでは、最初は噂程度になるかもしれないが、不思議としては物足りない気がする。

「えっとね。私が聞いた話だと、夜に消えて、朝には戻ってるらしいよ」

「戻ってる?」

「なるほど。種類的には階段が増えるのと同じタイプということね」

 階段の七不思議は夜に見ると一段増えていて、朝には元通りに一段減っている。逆に今回の跳び箱は夜に見ると一段減っていて、朝には元通りの一段増えているということか。

 階段が七不思議として噂されるなら、同様の跳び箱も七不思議とされるのも頷ける。

「じゃあ、今、まさに七不思議が起こってるってことだよな?」

「そうなるわね」

 布姫が頷き、跳び箱の方へ視線を向ける。僕もそれに釣られるように顔を向けてみた。

 ……地味過ぎる。

 一段減っている、という点では不思議だし考えようによっては怖い。

 だが、一見するとただの跳び箱と変わりないから、あまり緊張感が出ないのは仕方ないのだろうか。

「水麗、写真、撮っておいてくれないか? 朝方、もう一度来て見て、増えてるか見てみようぜ」

「うん。りょうかいー」

 水麗が写真で跳び箱を写す。

 一応、証拠写真になるのだろうが、「いや、単に自分たちで一段取っただけじゃね?」と言われそうなほどインパクトと説得力がない写真が仕上がるだろう。

「それなら、ここで張っていて、犯人を捕まえるというのはどうかしら」

 本人はポツリと、何気なくつぶやいたつもりなんだろうが、水麗が目を輝かせて布姫の両手をぎゅっと握った。

「布布、良いアイディアだね! うんうん! 犯人を捕まえよう! それなら、記事になるよね? 達っちん?」

「まあな。けど、前みたいに河童だったら、記事にならないぞ。嘘くさいし、写真に写らないし」

 前回の河童は、見た目はショボかったが腐っても妖怪だからだろう。水麗の写真には何も写ってなかった。まるで、透明人間を激写したかのように、見事に河童だけが写っていなかったのだ。

「大丈夫! 写真には写らなくても、わたしたちの心の中には残るから!」

「うん。それじゃ、記事は書けない」

 見たとか、心の中に焼き付いてると、文章の中でどんなに熱く語ろうと証拠となるものがなければただのゴシップ記事になりさがってしまう。

 しかも、カメラを持っているのに写真には残ってませんじゃ、返って信憑性は低くなる。

「自分で言っておいてなんだけど、一晩中、この体育館倉庫にいることになるのかしら?」

「犯人が現れるまではな」

「私、こう見えても繊細なの。埃っぽいところでは寝れないわ」

「嘘を言うなっ! 新聞部の部屋も充分埃っぽいのに爆睡してただろ!」

 何を今さら繊細ぶる? お嬢様を演出したいのかもしれないが、既に本性がバレている僕らには通じない。

「あれは……目をつぶっていたけど、起きてたのよ」

「瞼に目が書いてある方が、まだ誠意を感じる」

「あー、はいはい。どうせ、私はどこでも寝れるわよ。図太いわよ」

 口を尖らせ、ふてくされるようにして布姫が倉庫内を見渡す。

 そして、体操で使う細長いマットを見つけて床に敷き始める。

「あら、意外といいわね。ここに住もうかしら」

 ゴロゴロと寝転がる布姫。ついさっきまで、ここで寝るのは嫌だとゴネていたやつとは思えない。……っていうか、こいつ、普通に寝る気満々ってことかよ。犯人捕まえる気、ゼロじゃねーか。

「ほら、水麗さんも来なさいよ。結構、寝心地いいのよ、これ」

「へー。どれどれ? ……おお、ホントだ。こりゃ、直ぐに寝れるねー」

「でしょ? これで掛け布団があれば言うことないのだけど」

「お前ら、完全に目的を見失ってるぞ」

 倉庫内でこんなに堂々と寝てれば、跳び箱を戻しに犯人が来たとしても驚いて逃げるだろうが。

 せめて、僕だけでもと思い、跳び箱の上に座る。

 水麗と布姫は寝転がりながら、ガールズトークに盛り上がり始めた。

 クラスの男子の有り、無しを話し合っている。

 本人が聞いたら自殺したくなるだろうという内容を平然としゃべっている。

 女って、恐ろしい生き物だ。

 話を聞いているだけで病みそうだったので、僕は今回の七不思議について考えてみる。

 仮に犯人がいたとするなら、何が目的なんだろうか?

 前回のベートーベンの目が光るというは、ナスビをつまみ食いにきた河童の皿に月の光が反射して、ベートーベンの肖像画に当たっていたというのが原因だった。

 つまり、河童はナスビを食べたいという目的があって、巻き起こった七不思議だったわけだ。

 では、今回の場合はどうなんだろうか? 何か、目的があって跳び箱の一番下の段を取って行ったのか? しかも、朝には元に戻しているという。

 んー。謎だ。

 それに、噂され始めた時期にも首を傾げずにはいられない。

 階段も跳び箱も最近噂され始めたということだ。

 つまり、最近起こり始めた何かに原因があるのではないか。

「ちょっと、聞いているのかしら?」

 いきなり、布姫に跳び箱を蹴られ、僕はバランスを崩す。

「うおっ!」

 耐え切れなくなり、僕は後ろに転がるようにして倒れた。

「達っちん、大丈夫?」

「どうして、今ので転ぶことができるのよ!」

 二人が慌てて僕の方へ駆け寄ってくる。

「痛ってぇ。頭ぶつけた! おい、布姫! ショックで僕の頭が悪くなったらどうするんだ!」

「大丈夫よ、元々、悪いから」

「……」

 張本人なのに、謝罪もなく、誠意も感じない。

 まあ、今さら感があるので、それ以上は突っ込まないけど。

「それにしても、すげー痛かったぞ。何にぶつけたんだ?」

 僕は後ろを振り返ってみた。

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