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第14話 不可解な車輪

「……」

「……」

「……」

 三人が、その『物』を見て言葉を失った。というか、何を言っていいのか見失ったという方が近いかもしれない。

 沈黙が続く中、水麗がつぶやく。

「車輪だ……」

 そう。そこには車輪が置いてあった。

 木で作られた丸い(車輪なんだから当たり前だけど)簡素な車輪。

 イメージ的には人力車の車輪が、片方だけ放置されているような感じだ。

 大きさは直径が両手を広げたくらい。結構、大き目だ。これが車輪なら、本体はかなりの大きさになる。

「えーっと、これってなんの車輪だ?」

「さあ、知らないわ」

 倉庫内を見渡しても、この車輪に合うような本体らしきものは見当たらない。

 そもそも、倉庫内じゃなくても学校全体で考えても、本体らしきものは思い浮かばなかった。

「これ、なんか、湿ってるよ」

 水麗がさっきの跳び箱のように手で触っている。

「お前、すごいな。よく触れるな」

「ん? 別に爬虫類じゃないし」

「いや、爬虫類じゃないけど、謎の物体だろ」

「謎じゃないよ。だって、これ車輪でしょ?」

「そういうことじゃなくって……ああ、もう、どう説明していいかわからなくなったから、もういいや」

 僕も水麗と同じように触れてみる。

 木が水を吸ったような、そんなしっとりとした潤い。

 触っているうちに、何となく思い浮かんだのは人力車の車輪だった。

 実際には人力車なんてみたことないが、写真やイラストで見たのは確かこんな雰囲気だった気がする。

 だけど、そんなものがなぜ、学校の倉庫内にあるかの謎は解けない。

「外が雨だったから、乾かしてるのかな?」

「片方の車輪だけか?」

 一応、倉庫内をくまなく探してみたが、車輪は見つからず、これ一個だけだった。

 結局、跳び箱の件と車輪は特に関係ないのではないかという布姫の言葉に同意する形で、僕たち三人は再び、跳び箱を盗んだ犯人を待つことにする。

 最初の方は話をすることで暇を潰していたが、十二時近くになると、さすがに疲れて眠くなってきたのもあり、暇を持て余し気味になってきていた。

「地味につらいわね」

「んー。ちょっと眠くなって来たねー」

「かと言って、相手がいつ来るか分かんねーから寝るわけにもいかないしな」

 僕や水麗は何回か欠伸をする程度だったが、布姫は限界なのかコクコクとうたた寝を始め出した。

「布姫。少し、寝てていいぞ。僕が起きてるから」

「大丈夫よ。一分に一回くらい意識が飛ぶくらいだから」

「全然ダメじゃねーか」

 ほとんど寝てるよ、それ。

「寝転がってたら、さすがにヤバいー」

 マットの上で横になっていた水麗が起き上がって、座る。

 そして足を広げて前屈し始めた。

 僕の位置から足というか太ももが丸見えで、もう少しでスカートの下が見えるかどうかのギリギリのところだ。

 このギリギリというのが最高のシチュエーションなのである。

 ありがとう、水麗。物凄く目が覚めたよ。

「あら、体を動かすというのは良いアイディアね。だけど、残念なことに私にはもう起き上がる気力すらないのよ」

「だから、少し寝ろって」

「嫌よ。佐藤くんに負けた感じがするじゃない。そんなことは絶対に許されないわ」

 半分閉じかけた目で僕を睨んでくるが、凄みは全くない。

 いつもなら僕が水麗の足を見てるなんて状況だったら、真っ先におちょくってくるのに、それすらできないということは本当に限界なんだろう。

「良いことを考えたわ。見張りを交代制にしましょう」

 目をつぶっていたので、寝言かと思ってしまった。

 布姫の目がゆっくりと開く。

 が、開きらない。半分も開かなかった。

 クリスマスに、サンタを待つ子供のように思えて、ちょっと可愛い気がしてくる。

「交代制か。なるほどな。いいかもしれない」

「じゃあ、順番は佐藤くん、水麗さん、私、でいいかしら?」

 さりげなく……というか少々露骨に、自分を最後に持ってくるあたりが布姫らしい。

 提案者なのだから、それくらいの我儘は許容範囲内だろう。

「ああ、いいぜ」

「私もー」

「次は時間ね。佐藤くんは十二時から八時までお願い」

「それは交代制じゃなくて、ただの押し付けだ!」

 僕が朝まで一人で起きてろってことじゃねーか。苛めかっ!

 少しでもこいつを可愛いと思ったのが間違いだった。

「あははは。仕方ない。私も八時まで付き合ってあげよう。一人だと寝ちゃうっしょ」

 水麗が立ち上がり、跳び箱の上……僕の隣にちょこんと座る。

 肩が触れそうなくらい近い距離。

 水麗の甘い香りが漂ってきて、心臓が高鳴っていく。

「いや、水麗、あっさりと受け入れるなよ。理不尽なことには抗議していいんだぞ?」

「……そうよ。どさくさに紛れて……ずるい……わよ……」

 意識をなんとか保っているといった様子の布姫がつぶやくようなか細い声で言う。

ずるいって、何の話だ?

「そういえばさー。達っちんと、二人きりで何時間も話すって初めてかもね」

「ん? そうか? 部室とかでよく話すだろ?」

「ううん。いつも、三人だもん」

「ああ、そっか。そう言われてみれば、そうかもな」

 考えてみると、水麗と話してると必ずと言っていいほど布姫も会話に入ってくる。

 その逆もしかりだ。

「えへへへ。なんか、独り占めって感じで、嬉しいかも!」

 水麗が僕の腕に抱き付いてくる。

 柔らかくて大きな胸が当たっているというか、押し付けられている。

 さらに、ジッと真っ直ぐ、上目遣いで僕を見てきた。

 え? え? え? な、なに、このシチュエーション。こんなのは新聞部では無かった、諦めていたもののはずなのだが。

「うおおおおお!」

 突如、布姫が叫びながら、拳を打ち付けるようにしてうつ伏せの状態でマットを殴る。

 顔を上げ、腕をブルブルと振るわせながら、必死に立ち上がろうとしていた。

「はあああああっ!」

 気合いと共にグッと起き上がってきた布姫。

 肩を揺らしながらの呼吸は荒い。

 それはまるでバトルマンガの一シーンのような光景だった。

「……お前は一体、何と戦ってるんだ?」

「負けないわよ、水麗さん」

「おやおや。やりますなぁ。さすがあたしのライバルだね」

 互いに不敵な笑みを浮かべている。

 よくはわからないが、二人の中で何かを争っているらしい。

 それが一体、なんなのか? 知りたいけど知るのは逆に怖い気がする。

「ほら、佐藤くん。私も座るんだから、スペースを空けなさい」

 グイグイと、まるで満員電車で無理やり乗ってくるかのように、強引に僕の横に座ってくる布姫。

 何もわざわざ跳び箱に座らなくても、体育館倉庫は広いのに。

 そんな僕の考えなども知る由もないというか、知る気もない布姫は結局、僕の隣に座ってきた。

 そして、水麗と同じく僕の腕に絡みついてくる。

 上目遣いで僕を見上げて、囁く。

「どうかしら? ドキドキする?」

 水麗と同じように布姫の胸が当たり……。

「というか、あばら骨でゴリゴリす――」

 ゴキッ!

 布姫の拳が僕のあばらに突き刺さり、鈍い音を立てる。

「うぐぅ……違った。ゴキ、だった。固くて小さな拳が押し付けられている……」

「え? もう一本、いっとく?」

「既に一本、いっちゃったの!?」

 なぜ僕のあばら骨は折られなければならなかったのか。それは未だに謎である。

 額からにじみ出る脂汗を拭おうとした、その時。

 ガシャンと、何かが派手に倒れるような音が響き渡った。

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