目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第15話 階段で遊ぶ3人

「なんだ、今の音は?」

「わ、私じゃないわよ。一本しか折る気なかったし、まだやってないもの」

「やる気だったのかよ!」

 再び、ガタンと、さっきよりは小さいが派手な音がする。

「……どうする?」

 二人の顔を見ると、布姫は青ざめた表情で、水麗はニコニコと楽しそうな顔をしていた。

「ご、強盗かもしれないわね。ここで大人しくしてた方がいいと思うわ」

「いや、夜の学校に強盗って……。何を盗む気なんだよ」

「跳び箱盗んだ犯人かも知れないね!」

「うーん。まだ、そっちの方が可能性は高いけど、わざわざこんな深夜に盗むこともないと思うんだけどな。正当な理由があれば、盗まなくても学校側が貸してくれると思うし」

 自分で言ったことでハッと気が付く。

 そう。そもそも、なんで犯人はわざわざ跳び箱を盗むのだろうか? 普通に借りればいいだけの話だ。盗って、戻しているなら借りることと同じはずなのに。

 ……借りることができない?

 ふと、頭に浮かんだのは河童の姿だ。

 妖怪であれば、人前に出て跳び箱を借りることができない。

「二人はここで待っていてくれ」

 跳び箱から飛び降り、水麗の方に顔を向ける。

「それと、水麗。カメラ貸して……。あ、やっぱ、なんでもない」

 一応、証拠として写真に撮ろうかと頭をよぎったが、河童に関しては全く映らなかったことを思いだす。

 恐らく、河童だから映らなかったのではなく、妖怪だから映らなかったのだろう。

 だから、今回もきっと写真に写ることは無いと思う。

「わたしも行く!」

 水麗もピョンと跳び箱から降りて、僕の腕に飛びついてくる。

「ちょ、ちょっと、仕方ないから私も行ってあげるわ!」

 布姫も慌てて僕の隣に来て、腕を組んできた。

 結局、いつもと同じように三人並んで、音がした方向へと向かうことになった。

 廊下は静まり返っていて、外からの雨音も随分と遠くに聞こえる。

 ほんの一時間前に通って来たはずの廊下が、全然違う、不気味な迷路に見えてきた。

 ゴクリと生唾を飲み込む音が響く。

 それは、布姫のものか、水麗のものか。はたまた、僕自身が無意識のうちに飲み込んだのかもしれない。

 今更ながら、二人についてきてもらったのは助かった。こんな場所、一人でなんて絶対に無理だ。

 か細い懐中電灯の光を頼りにゆっくりと歩く。

 やはり、僕と同じように怖いのか、布姫が微かに震えているのが腕を通して伝わる。

 水麗もそうなのかとチラリと視線を向けてみた。

「何が出るかな、何が出るかな。それは見ての楽しみよー」

 つぶやくように小声で、笑みを浮かべながら歌っていた。

 ……本当に肝が太いな。

 さすが初見で、河童を見た時に捕まえようと走り出しただけある。

 実に心強い。

 そんな水麗を見て、若干心に余裕が出来た。

「あれぇ? 音、しなくなったね……」

「ん? そういえば……」

 さっきから廊下は静まり返っている。

 体育館倉庫を出るまでは、数回、音が聞こえていたが、今はまったく音がしなくなっていた。

「一応、グルッと校内を見て回ってみるか?」

「え? じょ、冗談でしょ? 戻りましょ!」

 必死に僕の腕をグイグイと引っ張る布姫。

 それに対して、水麗も同じように腕を引いてくる。

「ええー。つまんない。一階だけでも見ていこうよ!」

 両サイドから正反対のことを言われる。まさに板挟み状態。いや、引っ張られているんだけども。

「じゃあ、一階の半分まででどうだ? ほら、もしかしたら、倉庫に跳び箱盗んだ犯人が入れ違いで来てるかもしれないし」

 僕の妥協案に、二人とも渋々だが頷いてくれた。

 懐中電灯の光で色々なとこを照らしながら、ゆっくりと進む。

 布姫が、なんで天井までみるのよ? と言いたげな目で見てくるが、妖怪の仕業というのも視野に入れているので念のためだ。

 どんな妖怪がいるか、わからないからな。

「あ、最初の階段だ!」

 水麗が指差したのは、一番初めに階段の七不思議を調べたところだった。

 そして、ここがちょうど一階の真ん中になる。

 入り口に一番近く、僕らが一番多く使うであろう階段だ。

「達っちん、じゃーんけん、ぽん!」

 不意に言われて、咄嗟にパーを出してしまう。

「いえい! 勝ったっ!」

 ピースサインをしながら微笑む水麗は、ピョンと一段階段を登った。

「ち、よ、こ、れ、い、と」

 そこから、六段、跳ねるようにして登っていく。

 ……いや、最初の一段、ずるくない?

 結局、水麗は一度勝っただけで、七段を登ってしまった。

「はい、じゃーんけーん」

 クルリと振り向き、グーの状態で手を振る水麗。

 くそ、ここは一気に挽回するにはパーか、チョキを出すしかない!

「ぽん!」

 僕の選択はチョキ。

 そして、水麗は――グーだった。

「ちくしょう。一気に進もうとした僕の作戦ミスだ」

「ぐ、り、こ!」

 ピョピョピョンと水麗が階段を登っていく。

 再び、水麗が振り返り……。

「じゃーんけーん」

 さっきと同じように手をグーにして振る。

 僕も気持ちを切り替えて、次なる作戦を立てる……って、あれ?

「……水麗。なんで、じゃんけんする必要、あるんだ?」

「んん? なにが?」

「……佐藤くんの言う通り、じゃんけんをする必要はないはずよ」

 隣にいる布姫が水麗を見上げる。

 どうやら、布姫も気づいたらしい。

「佐藤くんは生まれついての負け犬。どうせ、負けるんだから、必要ないわ」

「そっちじゃねえっ! じゃなかった、そっちでもねえっ!」

「え? 何が違うのかしら? 『負け』? 『犬』?」

「僕は人間だ!」

「……そうなの?」

 目を見開いて、心底びっくりする布姫。

「その言葉が一番傷つく。……って、そんなことを言ってる場合じゃねえ!」

 僕は慌てて水麗を見上げる。

 あ、ちょっとスカートの中、見えそう……でも、なくって!

「水麗。この階段は十段のはずだ。最初に、お前は七段登って、今、三段登ったから勝ちのはずじゃないか?」

「え? あ、そっか……。ん? でも、もう一段あるんだけど?」

「いやいや、そんなわけないだろ」

 僕は段数を数えながら、階段を登る。そして、十段目。水麗の隣まできた。

 もちろん、布姫も僕にくっつきながら、一緒に登ってきている。

「――ホントだ」

 確かに、水麗の言う通りもう一段あった。

 一瞬、頭をよぎったのは七不思議のことだ。

 階段が増える七不思議。

 最初の取材の為に調査した案件だ。

 ゴクリと生唾を飲み込み、ゆっくりと懐中電灯を、あるはずのない、十一段目に向ける。

「うおっ!」

「おおうっ!」

「……っ」

 僕と水麗は思わず声をあげたが、布姫は声すら出せなかったようだ。

 そりゃそうだろう。

 夜の学校の階段で、いきなりこんなものを見れば誰だってかなり驚く。

「――おっさん?」

 懐中電灯の光に照らされ、眩しそうに眼をしぼめているのは、髭もじゃでスキンヘッドのおっさんだった。

 その顔は現代のものというより、戦国時代の武将のようにゴツく、いかつい顔だった。

 何よりビックリしたのは、そのおっさんは顔しかないところだ。

 生首が転がっているようにしか見えない。

「おお……。さすがの水麗さんも、心臓が跳ね上がったよ。どうなってるのかな、これ?」

 尚も眩しそうにしているおっさんに、顔を近づけてマジマジと見る水麗。

 ……いや、本当に凄いな、お前。

 僕はもう、足がガクガクして、動けないっていうのに。

「顔だけだったら、階段と間違わないと思うんだけどなー。達っちん、ちょっと懐中電灯貸して」

 固まっている僕の手から懐中電灯を取り、色々と辺りを照らす水麗。

 そのことで、ことの真相がわかる。

「なるほどねー」

 水麗の言う通り、顔だけが転がっていたら、いくら暗がりでも階段に見間違えることはない。

 僕らが見間違えていたのは……跳び箱だった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?