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第16話 増える階段の正体

 無くなっていた、跳び箱の一番下の段が階段の一番上に置いてあったのだ。

 それを下から見ていたのだから、階段に見間違えたのだと思う。

 そして、本来、跳び箱の中は空洞のはずなのだが、そこにおっさんの首が転がっているというわけだったのだ。

 懐中電灯の光と、水麗にジロジロと見られたせいか、おっさんは不機嫌そうな顔をして動き始めた。

 すると、同時に跳び箱も動き出す。

 ガタン、ガタンと、音を立てて跳び箱が転がり、その跳び箱の中心にはおっさんの顔。

 ……えーっと、これ、どこかで見たことあるよな。

 おっさんは、物凄い音を立てながら階段を下りるというか、転がっていく。

 最初に聞いた物音はこれだったのだろう。

 下の階に着いたおっさんは、再び、ガタン、ガタンと音を立てて転がっていく。

 跳び箱は四角だから、転がり辛そうだ。

「追ってみよう!」

 僕と布姫があっけにとられる中、またも水麗が階段を駆け下りていく。

 慌てて、僕と布姫も後を追う。

 おっさんは音を立てながら、僕らが来た方向へと向かっている。

「どこに行くんだろうね?」

「さあ……」

「あれって、妖怪かな?」

「まあ、そうだろうな。けど、あんな妖怪見たことないぞ? 跳び箱の中にいる妖怪なんて」

「けどさー、なーんか、見たことあるような、ないような感じなんだよねー」

 水麗が腕を組み、首を傾げている。

 それは僕も同様に思っていたことだった。

 布姫はというと、僕の腕にしがみつくようにして無言で震えている。

 余程怖いのだろう。まあ、わからないでもない。

 とにかく、僕らはおっさんに着いて行った。すると――。

「体育館?」

 おっさんは跳び箱の角を器用に使って、体育館のドアを開ける。

 そして体育館の中央を転がって横切り、倉庫へと向かう。

 僕らもその後に続く。

 おっさんが倉庫の扉の前で立ち止まり、再び、跳び箱の角を使って扉を開いた。

 そっと、中を覗くと、おっさんは跳び箱の前で立ち止まる。

 すると、跳び箱がふわりと浮き始めた。

 そして、自分が入っていた跳び箱を一番下に滑り込ませる。

 生首だけになったおっさんが、跳び箱の裏へと消えていく。

「あっ! 消えた!」

「ああ……消えるなら、捕まえるんだった」

 残念そうに肩を落とす水麗。

 河童ならまだわからないでもないが、僕なら絶対におっさんの生首を捕まえるなんて嫌だ。

 と、その時だった。

 カラカラと音がして、跳び箱の裏から何かが出てくる。

 それは……車輪だった。

 僕が頭を打ち付けた、あの車輪。

 その車輪の中央にはおっさんの顔が張り付いていた。

 おっさんは、顔を赤くして、踏ん張るような表情をする。

 すると、車輪の端に、小さな火が灯った。

 その火を横目で見て、おっさんはしょんぼりとする。

 それでも気を取り直したように、転がっていく。

 今度は車輪なので音がすることもなく、スムーズに転がる。

「輪入道だったんだ……」

 ポツリと水麗がつぶやく。

 その名前を聞いて、僕もピンと来た。

 火の車の真ん中に人の顔が付いた妖怪。

 割と、ポピュラーな部類に入る妖怪だろう。

「じゃあ、跳び箱を盗んでいたのは、あの輪入道だったってこと?」

 顎に手を当てて、首をひねる水麗。

「あれ……何かしら?」

 まだ顔は青白いし、震えも止まっていない布姫が倉庫の中を指さした。

「ん?」

 僕と水麗が振り向いて、布姫が指差す方へ視線を向ける。

 そこには、小さい光の玉が転がっていた。

 それは河童を捕まえたと水麗が言ったときに、持っていたのと同じ玉だった。

「あれ? 輪入道も尻児玉持ってたってこと?」

「いや、前回のが尻児玉じゃなかったってことだろ」

 水麗が光の玉を拾い上げる。

 すると、前回と同じく上に向かって飛んでいく。

 今回は天井があるからどうなるかと思って見上げていたが、玉は何事もなく天井を透き通るようにして通過していったのだった。


 週が明けた月曜日。

 日曜日に家で書いた記事を掲示板に張ると、その前を通過する一割くらいの生徒が足を止めてみてくれるようになっていた。

 今回の記事は階段が増えるのと、跳び箱が減る七不思議についてだ。

 跳び箱が階段の上に置いてあったということに関しては、みんな、なるほど、と納得してくれたようだが、一体、誰が置いたのかという部分は濁す記事になっている。

 まあ、それは当然というか無難というか、輪入道の仕業だったなんて書いたら一気に信憑性がなくなってしまう。

 記事を見た何割かは「肝心の部分が書いてない」という苦情をつぶやいていたが、仕方ないことと割り切っているつもりだ。

 布姫は「佐藤くんが犯人になればいいじゃない」と提案してくれたが、それを受け入れてしまうとただの自作自演を公言しているという何とも痛い記事になってしまうので、丁重にお断りしておいた。

 記事を見ている生徒たちを後ろから眺めていると、登校してきた布姫が僕の隣で立ち止まる。

「今回もそこその評判みたいね」

「ああ。ありがたいことにな」

「自分が書いたものを他人が読んでいるところをほくそ笑みながら見るなんて、あまりいい趣味とは思えないけど」

「……僕はほくそ笑んでなどいない」

「本人はなかなか気づけないものよね」

「え? マジで? 僕、にやにやしてた?」

 あり得ない話でもないので、思わず反応してしまう。

 そんな僕を見て、布姫がほくそ笑む。

 ……お前こそ、いい趣味とは思えないぞ、それ。

「結局、今回の事件って……」

「え? 普通に無視? 冗談だったのか、本当だったのか、ちゃんと答えてくれ!」

「梅雨が原因だったのよね?」

「ん? そうだな……。梅雨というより、異常な雨の量のせい、ってところじゃないか?」

 これ以上ムキになっても布姫は絶対に答えてくれないし、余計喜ばせてしまうので追及を止める。

 僕の中で、あれは布姫の冗談だったと受け止めておくことにした。

「これはあくまでも想像だけど、あの雨のせいで湿気が高くなってたから、輪入道の車輪がしけったんだろうな。だから、火が付かなくなった」

「……それで、乾かすまでの間に跳び箱を代用品に使っていたのね」

「けど、跳び箱は車輪と違って丸くないから、移動するのも大変だったんじゃねーかな」

「だから、階段の上あたりで休憩しているときに目撃された、ってわけね」

「記事にはできないけどな」

「いいんじゃない? 私たちの中には残っているのだから」

 さっきとは違い、悪戯っぽく笑う。

 本当にこいつは毒舌さえなければ、可愛いのにな。

 ……毒舌がなくなったこいつは、ちょっと物足りない気もするけど。

 いや、いかんな。このままでは虐められているのが快感だと認めてしまうことになる。

「認めなさいよ。往生際が悪いわね」

「人の心を読むなよ!」

「……自分でつぶやいてるって気づいてないの?」

「え? 嘘っ! いやいや、嘘だろ? 嘘だよね? 嘘って言って!」

「さあ、どうかしら?」

 こっちをいたぶるのが心底楽しいといった感じで、口元をほころばせる布姫。

 くそ、このドSめ! ちょっと、ゾクゾクして興奮するじゃねーか!

 ……すっかり、僕、ドМが板についてきてしまったな。

 そんなやり取りをしていると、水麗がバタバタと走ってきた。

「号外! 号外!」

「朝から元気がいいな。疲れないのか?」

「ん? 朝から元気出さない方が疲れるよ」

「なるほどな」

「それで? 何が号外なの?」

「あ、そうだ! ちょっと来て!」

 そう言うと、水麗は僕と布姫の腕を引っ張って、元来た方向へと駆け出す。

「お、おい! そんなに引っ張るなよ」

 このやり取り、何かデジャブだな。

 案の定、水麗は僕らを引っ張ったまま、中庭の方へ出る。

 外は霧のような雨が降っていたが、このくらいなら傘はいらないだろう。

 中庭を抜け、校舎裏にある広場へ到着する。

 そこはあの、トーテムポールがある場所だ。

「ほらほら、見て、あれ!」

 水麗が指差す方を見ると、河童のときに出現した彫り物の上に、さらに彫り物が浮き上がっていた。

 ……おっさんの顔。

 恐らくは輪入道の顔が掘られているのだろう。

「ね? やっぱり、学校の七不思議を解決したら、ここに顔が浮き出るんだよ!」

「二回連続だからなぁ。その可能性も否定できないな」

 このトーテムポールに彫り物が浮き出るのは、きっとあの光の玉が飛んで行った、あのタイミングだろう。

 あの光の玉はきっとトーテムポールのところに飛んで行っているのだと思う。

「ということは、このトーテムポールが完成したら、願い事が叶うんじゃない?」

 やけにテンションを上げた水麗が手をブンブンと振る。

「そういえば、このトーテムポールも願いが叶うっていう七不思議だったな」

「願いが叶うというなら、それはそれで嬉しいのだけれど……」

 布姫がため息交じりに、トーテムポールを見上げる。

 ゆうに僕たちの二倍はあろう高さを誇る、トーテムポール。

 今回、二つ分の彫り物が出てきた割合から考えてみても、あと三十以上は七不思議を解決しないとならない。

 七不思議なのに。

 最初からクリアできないように作られているんじゃないかと勘ぐってみるが、考えてみれば七不思議と言っても七個しかないわけではない。

 今回の七不思議だって、二つが混じり合ったものだったし、一過性のものだった。

 河童にしたって、そうだ。

 この学校では、日々新しい七不思議が生まれ、古い七不思議が消えていく。

 まあ、この学校だけの話じゃなく、恐らく七不思議とはそんなものなんだろう。

 時代に合わせてリニューアルしていく。

 前に布姫が言ったように、『七』不思議に入るために、頑張っているのかもしれない。

 ……誰がどう、頑張っているかは知らないが。

「在学中に埋まるのかしら?」

「うーん」

「別に終わらなかったら、卒業しても来ればいいんじゃない?」

 さも当然かのように発現する水麗。

「いや、ダメだろ。在学中だって夜に学校に来るのは禁止されてるのに、卒業してからもそれをやったら、見つかれば捕まるぞ」

「ええー! 見つからなければいいじゃん!」

 ぶう、と頬を膨らませてプイっと顔を逸らす。なんか、小動物みたいで可愛い。

「何にしても、やってみる価値はあるんじゃないかしら?」

「……卒業後に忍び込むのをか?」

「在学中に埋める方のことよ」

 悲痛な顔をして、額を指で押さえる布姫。

「願いが叶うにしろ、叶わないにしろ、このまま合宿は続けてもいいんじゃないかしら?」

「あ、うん! それには、わたしもさんせー!」

 はいはいっと水麗が手を上げる。

「まあ、僕も記事のネタになるから助かるけど、本当に大丈夫か? 布姫なんか、夜キツイんじゃないか?」

「大丈夫よ! というか、私がいつ弱音を吐いたのかしら?」

「いや、弱音は吐いてはいねえけど……」

 他人に押し付けて寝ようとしたよな? 弱音よりもよっぽどタチが悪い。

 なんにしても、合宿を続けるという提案は素直に嬉しい。

 布姫や水麗と夜の学校で過ごすのは結構楽しいのだ。

「よーし! それじゃ、今週も張り切っていこー!」

 空に向かってグーにした手を突き上げる水麗。

 それと同時に、雲間が晴れて光が差してくる。

 綺麗な青空が見えた。

 梅雨明けを知らせる鮮やかな青。

 きっと、輪入道もホッと胸を撫で下ろしていることだろう。

 ……胸はないけども。

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