冬季休暇が終わると、いつもの仲間たちは軍学校で再会した。
アンナの色気がやたらと上がっているのを見て、思わず「うおっ」と声を上げたのは、カールである。
「なぁに? カール」
「……わっかりやすっ」
「なにが?」
そう言いながら、アンナはくすくす笑った。
カールは、付き合っている二人が
少し寂しさはあったが、アンナの幸せそうな顔を見ると、カールの心も自然と満たされた。
「うまくやりやがったな、グレイ!」
「まぁな」
肯定するグレイに、カールの言葉の意味がわかったアンナは「もうっ」と少し困りながら声を出した。グレイはそんなアンナにもカールにも、ニヤリと口の端を上げているだけだったが。
そのやりとりでトラヴァスも察し、改めてアンナを見る。
「なるほど。言われてみれば確かに、アンナの色気が上がった気がするな」
無表情のトラヴァスにもアンナは余裕の笑みを向けていて、カールはやはりどこかもの寂しく感じるのだった。
しかし、この四人が仲良く一緒にいられたのは、この年の三月までであった。
三月の末に誕生日を迎えて十八歳になったトラヴァスは、卒隊なのである。
トラヴァスの剣術大会の成績は、初年度が三位。二年目に一位。三年目が二位で、軍学に関しては常にトップであった。
ホワイトタイガーの時もそうだが、何度も隊長として一隊を率いているし、その指示も的確で軒並み高評価を得ている。全体演習では総指揮官の役目を負い、そちらも歴代トップクラスという評価である。
今年卒隊する者の中で、文句なしの総合首席であった。
首席はもちろん、優秀な人材は一般の軍には入らず、即王宮で正騎士としての勤務が始まる。つまりは最初から出世コースに乗った形だ。
加えてトラヴァスは、上級学校だけでなく、大学府の卒業資格も持っている。近年にない出世頭となることは間違いなかった。
「卒隊おめでとう、トラヴァス」
アンナの言葉に、トラヴァスはいつもの無表情を仲間に向けた。
「先に行って待っているぞ。アンナ、グレイ」
「ええ、負けられないわ!」
「また二年後だな。たまには遊びに来いよ」
「暇があればな」
トラヴァスとグレイはニッと笑ってパシンと握手を交わしている。それを前にしたカールは、不服の表情で眉根に力を入れた。
「思えば、俺だけ置いてかれるんだよな……あと三年って長ぇ」
卒隊できるのは、最年少でも十八歳になった年の三月なのだ。十三歳で入隊したカールは、どう足掻いても五年間在籍しなければ卒隊の資格は得られない。
「三年なんてすぐだ、カール。しっかり勉強して鍛えておけ」
「わぁってる。正騎士になったら、すぐ追いついてやるかんな」
「その意気だ。今度は、剣術と魔法の
「ミックスか、
「っふ、楽しみだ」
ふんと息を吐きながら、この男にしては嬉しそうに口の端を上げたトラヴァスに、アンナは首を傾げた。
「……〝私〟?」
トラヴァスの一人称は、今までは〝俺〟であった。
聞き慣れない言葉に引っかかって疑問を口にしたアンナに、トラヴァスは頷きを見せる。
「ああ、これからは正騎士としての勤務となるからな。より一層、言葉には気をつけていかねば」
相変わらずのクソ真面目なトラヴァスの発言に、アンナは微笑み、カールは呆れ、グレイは笑った。
「そう。トラヴァスらしいわね」
「そんな堅苦しく考えっか!?」
「別に俺たちの間でなら、いつも通りでいいんだぞ」
「……ふ。そうだな」
グレイの言葉に納得したのか、トラヴァスは首肯し、少し表情は和らいだ。
そうして仲間内最年長のトラヴァスは、四月から王宮勤務となり、卒隊していったのだった。
***
「……寂しくなっちまったなぁ」
四月に入ってすぐに十六歳となったカールが、いつも食堂で隣に座っていたトラヴァスの空いた席を見て、ポツリと呟いた。
トラヴァスとカールは、三歳差……ほぼ二歳差であったが、なぜか馬が合い、一番よくつるんでいたのだ。
それをアンナとグレイはわかっていたので、二人は捨てられた子犬を見るような生温かい目でカールを見つめた。
「んだよ、その目。お前らだって、同室のコナーとリディアが卒隊しちまって寂しいだろ!?」
「別に俺はそうでもない。同じ騎士なんだ、また会うこともあるだろ」
「っち、ドライなやつめ」
「私はリディアに会えなくなって寂しいわ。彼女、軍の医療部隊に入ることも病院に勤務することもせずに、女優として劇団に入っちゃったんだもの。寝耳に水よ」
リディアとは、アンナがオルト軍学校に入った時からの同室という仲だった。
最初の頃はそうでもなかったが、ここ一年は休みになるとよく出かけていたのだ。観劇に行っていたと聞いたのは、卒隊間近になって、オーディションに受かったと教えてもらってからである。
「ストレイア中を回る劇団に入っちゃったから、そうそう会えないわ……」
しょぼんと肩を落としたアンナに、今度はカールが温かい目を向けた。
「リディアの劇団が公演に来た時には、観に行けるじゃねぇか。友達が舞台に出るのって楽しみがあるぜ! な?」
「……そうね。リディアが舞台に立つ姿を見られると思うと、確かに楽しみだわ。たくさん舞台に立てるよう、頑張ってほしいわね」
心の霧が晴れたような笑顔になったアンナを見て、カールもニカッと笑った。
「やっぱアンナは笑ってる顔の方がかわいいぜ! なぁ、グレイ!」
「……ああ、そうだな」
ストレートなカールの言葉に、心から嬉しくて微笑むアンナ。そんな愛する恋人の様子に、グレイは無愛想な顔をさらに愛想悪くした。
「お? なんだ、グレイ。嫉妬か? 案外お前もかわいいとこあるよな!」
「カールにそんなことを言われる日が来るとは……俺も落ちたな」
大袈裟に息を吐いて落ち込んで見せるグレイを見て、アンナとカールは笑い、グレイもまた自分の大袈裟な演技にクッと笑った。
トラヴァスやコナー、リディアらは卒隊したが、三人は変わらず仲良くやっていた。
そしてこの会話をした一週間後、カールに彼女ができることとなる。
火の魔法をある程度使いこなしたいと、魔術班のところで色々と話をしていたのだが、そこで知り合った女子に告白されたのだ。
カールはその子のことが友人として好きだったし、お互いを知るためにも付き合う方がいいと、カールにも晴れて恋人ができたのであった。