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11.あっと言わせてやるよ!

 冬季休暇が終わると、いつもの仲間たちは軍学校で再会した。

 アンナの色気がやたらと上がっているのを見て、思わず「うおっ」と声を上げたのは、カールである。


「なぁに? カール」

「……わっかりやすっ」

「なにが?」


 そう言いながら、アンナはくすくす笑った。

 カールは、付き合っている二人がそう・・なるのも当然か、と自分を納得させる。

 少し寂しさはあったが、アンナの幸せそうな顔を見ると、カールの心も自然と満たされた。


「うまくやりやがったな、グレイ!」

「まぁな」


 肯定するグレイに、カールの言葉の意味がわかったアンナは「もうっ」と少し困りながら声を出した。グレイはそんなアンナにもカールにも、ニヤリと口の端を上げているだけだったが。

 そのやりとりでトラヴァスも察し、改めてアンナを見る。


「なるほど。言われてみれば確かに、アンナの色気が上がった気がするな」


 無表情のトラヴァスにもアンナは余裕の笑みを向けていて、カールはやはりどこかもの寂しく感じるのだった。


 しかし、この四人が仲良く一緒にいられたのは、この年の三月までであった。

 三月の末に誕生日を迎えて十八歳になったトラヴァスは、卒隊なのである。

 トラヴァスの剣術大会の成績は、初年度が三位。二年目に一位。三年目が二位で、軍学に関しては常にトップであった。

 ホワイトタイガーの時もそうだが、何度も隊長として一隊を率いているし、その指示も的確で軒並み高評価を得ている。全体演習では総指揮官の役目を負い、そちらも歴代トップクラスという評価である。

 今年卒隊する者の中で、文句なしの総合首席であった。

 首席はもちろん、優秀な人材は一般の軍には入らず、即王宮で正騎士としての勤務が始まる。つまりは最初から出世コースに乗った形だ。

 加えてトラヴァスは、上級学校だけでなく、大学府の卒業資格も持っている。近年にない出世頭となることは間違いなかった。


「卒隊おめでとう、トラヴァス」


 アンナの言葉に、トラヴァスはいつもの無表情を仲間に向けた。


「先に行って待っているぞ。アンナ、グレイ」

「ええ、負けられないわ!」

「また二年後だな。たまには遊びに来いよ」

「暇があればな」


 トラヴァスとグレイはニッと笑ってパシンと握手を交わしている。それを前にしたカールは、不服の表情で眉根に力を入れた。


「思えば、俺だけ置いてかれるんだよな……あと三年って長ぇ」


 卒隊できるのは、最年少でも十八歳になった年の三月なのだ。十三歳で入隊したカールは、どう足掻いても五年間在籍しなければ卒隊の資格は得られない。


「三年なんてすぐだ、カール。しっかり勉強して鍛えておけ」

「わぁってる。正騎士になったら、すぐ追いついてやるかんな」

「その意気だ。今度は、剣術と魔法の混合ミックスで私と手合わせしてくれ」

「ミックスか、面白おもしれぇ。あっと言わせてやるよ!」

「っふ、楽しみだ」


 ふんと息を吐きながら、この男にしては嬉しそうに口の端を上げたトラヴァスに、アンナは首を傾げた。


「……〝私〟?」


 トラヴァスの一人称は、今までは〝俺〟であった。

 聞き慣れない言葉に引っかかって疑問を口にしたアンナに、トラヴァスは頷きを見せる。


「ああ、これからは正騎士としての勤務となるからな。より一層、言葉には気をつけていかねば」


 相変わらずのクソ真面目なトラヴァスの発言に、アンナは微笑み、カールは呆れ、グレイは笑った。


「そう。トラヴァスらしいわね」

「そんな堅苦しく考えっか!?」

「別に俺たちの間でなら、いつも通りでいいんだぞ」

「……ふ。そうだな」


 グレイの言葉に納得したのか、トラヴァスは首肯し、少し表情は和らいだ。

 そうして仲間内最年長のトラヴァスは、四月から王宮勤務となり、卒隊していったのだった。



 ***



「……寂しくなっちまったなぁ」


 四月に入ってすぐに十六歳となったカールが、いつも食堂で隣に座っていたトラヴァスの空いた席を見て、ポツリと呟いた。

 トラヴァスとカールは、三歳差……ほぼ二歳差であったが、なぜか馬が合い、一番よくつるんでいたのだ。

 それをアンナとグレイはわかっていたので、二人は捨てられた子犬を見るような生温かい目でカールを見つめた。


「んだよ、その目。お前らだって、同室のコナーとリディアが卒隊しちまって寂しいだろ!?」

「別に俺はそうでもない。同じ騎士なんだ、また会うこともあるだろ」

「っち、ドライなやつめ」

「私はリディアに会えなくなって寂しいわ。彼女、軍の医療部隊に入ることも病院に勤務することもせずに、女優として劇団に入っちゃったんだもの。寝耳に水よ」


 リディアとは、アンナがオルト軍学校に入った時からの同室という仲だった。

 最初の頃はそうでもなかったが、ここ一年は休みになるとよく出かけていたのだ。観劇に行っていたと聞いたのは、卒隊間近になって、オーディションに受かったと教えてもらってからである。


「ストレイア中を回る劇団に入っちゃったから、そうそう会えないわ……」


 しょぼんと肩を落としたアンナに、今度はカールが温かい目を向けた。


「リディアの劇団が公演に来た時には、観に行けるじゃねぇか。友達が舞台に出るのって楽しみがあるぜ! な?」

「……そうね。リディアが舞台に立つ姿を見られると思うと、確かに楽しみだわ。たくさん舞台に立てるよう、頑張ってほしいわね」


 心の霧が晴れたような笑顔になったアンナを見て、カールもニカッと笑った。


「やっぱアンナは笑ってる顔の方がかわいいぜ! なぁ、グレイ!」

「……ああ、そうだな」


 ストレートなカールの言葉に、心から嬉しくて微笑むアンナ。そんな愛する恋人の様子に、グレイは無愛想な顔をさらに愛想悪くした。


「お? なんだ、グレイ。嫉妬か? 案外お前もかわいいとこあるよな!」

「カールにそんなことを言われる日が来るとは……俺も落ちたな」


 大袈裟に息を吐いて落ち込んで見せるグレイを見て、アンナとカールは笑い、グレイもまた自分の大袈裟な演技にクッと笑った。

 トラヴァスやコナー、リディアらは卒隊したが、三人は変わらず仲良くやっていた。


 そしてこの会話をした一週間後、カールに彼女ができることとなる。

 火の魔法をある程度使いこなしたいと、魔術班のところで色々と話をしていたのだが、そこで知り合った女子に告白されたのだ。

 カールはその子のことが友人として好きだったし、お互いを知るためにも付き合う方がいいと、カールにも晴れて恋人ができたのであった。


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