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12.なにか気づいた?

 トラヴァスが卒隊していなくなった年の、秋。

 アンナとカールは三回目、グレイは二回目の剣術大会があった。


 その年の剣術大会はグレイが一位、アンナが二位、カールは三位という結果に終わった。


 準決勝でアンナとカールが当たり、盾を持ち始めたアンナにカールは苦戦して、最終的にアンナが勝ったのだ。

 別ブロックで勝ち上がっていたグレイとアンナが決勝となったが、いつも練習に付き合っていたグレイはアンナの弱点も知り尽くしていて、危なげなく優勝である。


 そんな剣術大会が終わり、闘技場から寮への道をトップの三人が歩きながら、カールは口を尖らせていた。


「あー、やっぱずりぃよなー、盾」

「じゃあカールも持てばいいじゃない」


 文句を言うカールにアンナはさらりと言う。


「やだっつの、鬱陶しい」

「なら文句言わないの!」


 カールが笑いながら言うので、アンナもまた笑いながら嗜めた。


 アンナが盾を持ち始めて少ししてから、カールは左手にもう一本剣を持って二刀流を練習していたりもした。

 まだまだ、ものにするには時間が足らず、今回の剣術大会ではいつも通りの剣一本であったが。しかしその努力は、アンナも見ていて知っている。


「トラヴァスのやつ、剣術大会は観に来っかと思ってたけど、来なかったなー」


 むうっとカールが口を曲げた。アンナはそんな彼を横目に見る。


「忙しいんでしょ、トラヴァスも」

「そんなにトラヴァスに負けるところを観てほしかったのか? カール」

「善戦してただろうが!!」

「ははっ」

「くっそ、来年覚えてろよ……ぜってぇお前ら倒して優勝してやっからな!」


 カールはぷりぷりと怒りながら、男子寮への道を曲がって帰っていった。

 アンナとグレイは顔を見合わせ、ぷっと笑ってから女子寮へと続く道を歩き始める。


「でも、本当に強くなったわ。カール」

「ああ。去年はくじ運の悪さもあったが、今年のカールは去年とは別物だったな。練習相手をしている間にも強くなっていくんだ。あの成長速度は、割とゾッとする」

「うかうかしてられないわね。来年こそは私も優勝したいもの」

「俺に勝つつもりか?」

「当たり前よ。あなたを倒さなきゃ、私はいつまでたっても二番手だわ」

「じゃあ負けないように、ますます鍛錬しなくちゃな」


 一番手を譲るつもりなど、これっぽっちもないグレイだ。ニヤリと笑われてしまったアンナは、


(これ以上努力されたら、私は追いつけないじゃないの)


 と少し口をすぼめて、拗ねる素振りをした。


「悪いな、アンナ。あんたに超えられるわけにはいかないんだ」

「わかってるわ……それはそれで、嬉しいから困ってるのよ」


 グレイはアンナのために強くなっている。

 それを理解しているアンナが嬉しくないはずはなかった。けれどやはり、勝てないのは悔しいという矛盾でもある。

 そんなアンナの心の内を知り、嬉しいもんだなとグレイは湧き上がりそうになる笑みを耐えていた。


「トラヴァスも、去年以上に強くなってるのかしら」

「あいつは剣と魔法の混合ミックスを極めると言ってたからな。出るなら混合試合の方だろうが……強くならないわけがないだろうな」


 トラヴァスとは、彼が卒隊してから数えるほどしか会っていない。

 簡単に行き来できる距離ではないし、予定を合わせるのも難しかったからだ。よって、会うと言ってもトラヴァスが休みの日に軍学校を覗き、少し話して帰っていく程度のものであった。


「トラヴァス、そんなに忙しくて彼女とうまくやってるのかしら」

「ああ、それだが、カールが別れたって推測してたぞ」

「え? そうなの?」

「卒隊の日に、なんとなく気づいたらしい」

「卒隊の日……グレイ、なにか気づいた?」

「いや、全然。あいつはそういうとこ、妙に察しがいいよな」


 仲間内で一番、人の気持ちを察する力が優れているカールである。グレイとアンナは、カールのそういうところも評価していた。


「一見すると、カールが一番デリカシーなさそうな顔してるんだけどな」

「っぷ! ちょっと失礼よ、グレイ!」

「アンナはそう思わないか?」

「思うわ!」


 思わず肯定したアンナは、グレイと目を合わせてプッと吹き出す。

 ひどい言われように、本人がいたならぷんぷんと音を立てて怒っていただろう。


「あいつ、顔は整ってるし察しはいいし、黙っていればいい男なんだがな」

「カールはあれだからいいのよ。よく喋ってよく動いてよく笑って怒って……友達の輪なんか、私たちの数十倍も広いじゃない」

「コミュニケーション能力が異様に高いんだよな。老若男女問わず、誰からも好かれるやつってのは珍しい」

「それも才能よね。カールは今のままで、充分いい男だわ」


 アンナの言葉に、グレイはむっと口を結んだ。

 急に黙ったグレイを見上げて、アンナは首を傾げる。


「どうしたの、グレイ」

「……別に」

「もしかして……嫉妬?」

「そ……」


 否定をしかけた言葉を止めたグレイは、大きく息を吐いた。


「ああ、そうかもな……いや、そうだな」


 嫉妬だと認めたグレイを見て、アンナは目を丸める。まさか、こんなことで嫉妬をする人だとは思ってもいなかったのだ。


「いい男っていうのは、そんな意味じゃないのよ? 第一、カールにだって今は彼女がいるじゃない」

「わかってるんだが……俺、ダサいな。余裕のある男でいたかったんだが」


 少し落ち込むグレイを見て、アンナはなんだかかわいいと笑みが漏れた。

 自分の感情をちゃんと嫉妬だと認め、知らせてくれるというだけで、アンナには充分に余裕のある男に見える。


「いい男よ。グレイが、一番」

「……嬉しいこと言うなよ。外じゃ、手は出せないんだから」

「ふふっ。冬季休暇まで、お預けね?」

「まったく、この女王様は」


 グレイがそう言った瞬間、アンナはぐんっと腰を寄せられた。


「ん!」


 アンナが気づいた時には唇が触れ合い、そして一瞬で離れていく。

 同じように女子寮へと帰っていた女子たちに目撃されていて、さすがのアンナも頬を紅潮させた。


「ちょっと、もうっ」

「キスしないとは言ってないからな」

「見られちゃったわよ!?」

「まぁ帰り道だし仕方ない。優勝したご褒美と思って許してくれ」

「……もう」


 そんな風に言われるともう怒れず、アンナは少し口をすぼめながらグレイを見上げる。


「私は準優勝だったわ。私へのご褒美は……なし?」


 アンナの表情を見た瞬間、グレイはひゅっと喉の息を詰まらせて、右手で顔を隠す。


「ちょ……その顔は、反則だろ……」

「え?」


 手をずらし、口元だけは隠したままで、グレイは究極にかわいい恋人を見下ろす。

 グレイは一旦アンナから視線を外し、数度呼吸をして落ち着くと、ようやく余裕を取り戻した。


「そうだな。アンナへのご褒美は、冬季休暇だな」


 その言葉の意味を考え、体をもぞりと動かすアンナにグレイは少し笑った。


「じゃあな。今日はゆっくり休めよ」

「ええ……あなたもね、グレイ。優勝おめでとう」


 女子寮の門前に到着したグレイは口の端を上げると、踵を返して帰っていく。

 アンナはそんな一番強くいい男を見送り。

 周りに準優勝おめでとうと声を掛けられながら、笑顔で部屋へと戻っていった。


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