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105.私は仲間のためなら迷わない

「フーーッ! あっちー!! いい汗かいたぜー!」


 そう言いながら、カールが部屋の中に戻る。

 スッキリした顔を見て、上手くストレスを発散できたのだとトラヴァスにはわかった。グレイはもちろんカールに泣かされることもなく、ニヤッと笑って模擬剣を置くと、中に入った。


「上手く発散させてやれたようだな、グレイ。いい顔をしている」

「あいつは単純だからな。これくらい、お手のもんだ」


 トラヴァスとグレイがそんな会話をしていることなど露知らず、カールはさっきまではなかったテーブルに上のラベンダーに目を向けた。


「お、きれーな花だな! すっげーいい匂い!」

「これ、ラベンダーっていうのよ。香りにはリラックス効果があるの。今日はこのお花をみんなに見てほしくて、うちに誘ったのよ」

「そうだったのか、アンナらしーぜ。かわいいもんは、見てもらいてぇよな! うまく咲かせてるしよ」


 シシシッと笑うカール。嬉しい言葉で認めてもらえたアンナは、笑顔で胸を張った。

 足元にいたイークスがアンナから離れ、グレイに甘えに行く。グレイはよしよしとイークスを撫でてやり、それを見る面々の頬は綻んだ。


「デザートでも食べる? レモンタルトを買ってきてるのよ」

「お、食う食う!」

「紅茶とコーヒー、どっちがいいかしら」


 アンナの問いに、グレイは当然「コーヒー」と答える。


「俺は紅茶の方がいいのだが」

「熱いのはちょっとなー。アイスコーヒーがいいぜ!」


 とそれぞれが好きなものをリクエストした。


「私もレモンタルトには紅茶ね。私は紅茶を用意するわ。グレイはコーヒーをお願い」

「わかった。カールのアイスコーヒーは、後でトラヴァスに氷を出してもらうか」

「俺の魔法は生活魔法ではないのだがな……できんことはないが」


 同じ氷の書でも、戦闘用にと極めてきたトラヴァスだ。

 生活用の魔法を極めた氷の魔法士とは、少しばかり勝手が違う。しかしグレイもアンナも魔法の書を宿したことがないので、どれも同じだと思っていた。


「ねぇ、トラヴァス。冷蔵室の冷石の魔力の補充も、ついでにお願いできない?」


 いいようにアンナに使われるトラヴァスだが、相変わらずの無表情で首肯を見せた。


「食事をご馳走になったしな、それくらいはしよう」

「俺も熱石や燃石なら補充してやれるぜ! たまに暴発して全部消し飛んじまうけどよ!」

「じゃあ、カールは庭で補充をお願いするわ」

「おう、任せとけ!!」


 全部消し飛ぶと聞いても、平然として頼むアンナである。

 アンナが持ってきた空の魔石を持ち、嬉々として庭に出るカールに、男二人は『大丈夫か』という目で見送った。


「こういうとこ、アンナは心臓に毛が生えてるんだよな……」

「え? だって、たまにでしょう? 暴発しない可能性の方が高いじゃない。仮に魔石が全部消し飛んじゃっても、また買えばいい話だもの。カールは今生きてるんだし、暴発しても死ぬなんてことないわよ」

「まぁ、そうなんだけどな……」


 グレイは呆れながら豆を挽き、アンナはトラヴァスに冷石に魔力を補充してもらう。


「ありがとう、トラヴァス。助かったわ。魔法って便利ね!」

「確かに、炎と氷は習得できればいくらでも仕事はあるくらいには、便利だからな」

「はは。いつ騎士を辞めても食べていけるじゃないか、トラヴァス」

「馬鹿を言うな。辞めるつもりはないぞ」


 冗談の通じないトラヴァスは少しむっとしていて、グレイとアンナは顔を見合わせて苦笑いする。


 コーヒーが入るとトラヴァスが氷を生成し、グラスの中へ入れた。

 アンナの方の紅茶も用意ができて、切り分けたタルトと共に、暖炉のある方のテーブルへと出す。


「カール、アイスコーヒーできたわよ。お茶にしましょう」

「おう! 今全部補充が終わったとこだ!」

「え、もう?」

「ちょっとしかなかったしな!」


 暴発もなく魔力を補充し終えたカールは、燃石をキッチンに、熱石を風呂場の前に置いた。すぐ戻ってトラヴァスの隣のソファーへと腰を下ろすと、アイスコーヒーを一気飲みする。


「ちょっとは味わって飲めよ、カール」


 せっかく淹れたコーヒーを一気飲みされて、少しむっとするグレイである。


「味わったっつの! うまかったぜ」

「紅茶でよければおかわりあるわよ」

「お、サンキュー」


 改めて紅茶を出し、皆でアフタヌーンティーを楽しむ。ソファーに座った四人は、いつもの指定席だ。

 おしゃれなお皿に出されたおしゃれな食べ物を見て、カールは改めてここが王都なのだと感じた。


「王都って、おしゃれな食べもんがいっぱいあるよなぁ……このレモンタルトもうめぇ」

「レモンタルトくらいはどこにでもあるだろう」

「王都育ちのお坊ちゃんはこれだから困るぜ。魔物の出る森に住んでみろ、なーんもねぇから!」


 カールはフォークを使わずに、手づかみでタルトをペロッと食べ終えた。グレイも最初だけフォークを使ったが、二口目からは面倒になって結局手掴みだ。

 カールは指についたフィリングを、ペロリと舐めながらグレイを見る。


「思えばお前ら、みんな王都育ちなんだよなぁ」

「王都育ちと言っても、俺は下町の孤児院育ちだけどな。四歳まではラストア西部の山奥で育っているし、カールとそう変わらないぞ」

「それでも王都に住んでたんだろ。地方出身はやっぱ〝慣れない土地〟って感じがすんだよなぁ。フローラも地方出身だったし、上手くやってんのか心配……」


 カールはそこまで言うと、口を閉ざした。

 アンナたちがどう言葉を掛けようかと顔を見合わせていると、カールはハーッと大きな息を吐いて頭を垂れ下げる。


「あーー、こういうとこだよなぁ……わかってんだけどよ」

「優し過ぎるのよ、カールは」


 眉を下げて同情にも似た瞳を向けると、カールは頭をガシガシ掻きながら項垂れる。


「こんな風に思っちまうのは、フローラに失礼だってわかってんだけどな。どうしても気になっちまってよ……」

「仕方ないわ、まだ好きなんでしょう? 未練があって当然よ」

「いや、アンナ。カールは未練とは違うと思う」

「……そうなの?」


 トラヴァスに否定されて、アンナは意味がわからず眉を寄せた。


「カールはもちろん、恋人としてフローラと接していたとは思うが。どちらかというと、庇護対象……妹のような感覚に近かったのではないか? 当時はどうかわからんが、少なくとも今は、カールに恋愛感情があるようには見えんしな」

「あー、確かにそうかもな……」


 体を起こすも、目線を下げたままのカールはトラヴァスの言葉に自分で納得した。

 恋人でいた時も、そして別れた今も、庇護の対象として見てしまうことがある。

 フローラはきっと一人でも頑張っていける、その強さがあると信じているにも関わらず。見守りたいと思ってしまうのは、すでに妹のような感覚に陥っているからかもしれない、と。


「心配するな、カール。ローズの話では、他部隊に行く時も一人で頑張っているようだ。仕事も真面目で一生懸命らしいしな。お前に気に掛けられると、逆に自信を失わせてしまうぞ」

「わかってんだけどよ……気にしねぇってのも、難しいもんだよなぁ……」


 珍しくカールの落ち込む姿を見たグレイは、向かい側からニッと笑う。


「まぁそこがカールのいいところでもあるからな。余計なことをしなけりゃそれでいい」

「大丈夫よ、カール。今からとことん忙しくなるから、彼女を気にしてる余裕なんてなくなるわ」


 二人の励ましなのかよくわからない言葉でも、気にしてくれたことでカールは少し心を持ち直した。


「ああ、そうだな……それを見越してフローラは別れたんだしよ。将に向かって突っ走らねぇと、失礼だよな!」


 いつもの元気が出てきたカールを見て、仲間たちはホッとする。

 やはりムードメーカーが落ち込んでいると、全体の空気が澱んでしまうのだ。

 なにより、カールにはいつでも明るく笑っていてほしいと、皆は願っている。


「みんなで将になれるように、頑張りましょう!」

「そうだな。競い合うのも悪くはない」

「まぁ十中八九、俺が真っ先に将になるけどな」

「っへ、すぐ追いついてやるぜ!」


 それぞれに気持ちを奮い立たせて、全員がニッと笑みを見せる。

 しかしレモンタルトを全員が食べ終わったころ、カールは一つの疑問を口にした。


「ところでよ……お前ら……」

「なんだ?」


 急に言い淀んだカールに、なにかあるのかとグレイたちは目を向ける。


「……人は、殺したのか?」


 ともすればタブーとなる話を、カールは持ち出した。

 カールとしても、もちろん聞きづらかった。人を殺めたことを嬉々として話す仲間ではないとわかっていたから。

 それでも聞いたのは、出世のためには人を殺めることが必要なのか、確かめたかったからだ。

 慎重に伺うカールにグレイはあっさりと答える。


「俺とアンナはないぞ。魔物討伐なら何度か出たけどな」


 重い答えが返ってくるであろうことを予測していたカールは、拍子抜けすると同時にもう一つの疑問を重ねる。


「人が殺されるのを見たこともねぇのか?」

「ないわね。フィデル国との小競り合いの時は、大体母さんかシウリス様の部隊が出動するもの」

「俺が第一軍団に在籍してた時は、なにもなかったしな」


 三人の会話を聞くだけになっていたトラヴァスに、皆は目を向けた。

 会話に加わらない意味を考えて、それでもカールは聞かずにいられない。


「あんのか、トラヴァスは」

「いや……人を殺めたことは、まだないが……その場に居合わせたことならば、ある……」

「そっか……まぁ騎士でいる以上は、避けられねぇ道だよな」


 カールの呟きに、アンナもグレイも首肯した。


「何事もなく平和に過ごせるならそれが一番だが。今年のアリシア筆頭の激励を思い出すよな。『常に覚悟を心に備えなさい。剣を持つ者が覚悟を失えば、それはただの鉄屑よ』……てな」

「常に覚悟を……本当に、その通りね。いつ、なにが起きてもおかしくないんだもの」


 人として人を斬る行為は、魔物を討伐するのとはわけが違う。

 殺される覚悟だけではない、殺す覚悟を。

 言葉で言うのは簡単だが、その時に行動できなければ意味がない。

 それぞれが、改めて心に備えた。


「しかしアリシア筆頭は、汚れ仕事を自分で引き受けている節がある。普通は新米騎士こそ戦場に引き連れて度胸をつけさせるものだと思うのだが、筆頭は逆だ」


 トラヴァスの考察に、アンナは首を傾げた。


「どうかしら。母さんのことだから、自分でやっちゃった方が早いって理由な気がするわ。もちろん、余計な死人を出さないためにでしょうけど」

「はは、確かに筆頭ならそっちだろうな」


 同意して笑ったグレイは、次の瞬間にはスッと真顔に変わる。


「時がくれば、俺たちも人に向けて剣を振う時がくる。みんな、迷うなよ。俺は、お前らを失いたくはないからな」


 グレイの言葉に、アンナは頷く。


「大丈夫よ。私は仲間のためなら迷わない」


 カールはヘッと笑って。


「問題ねぇ。俺は戦闘のスイッチが入りやすい方だしな」


 トラヴァスも首肯する。


「やらねばならん時にはやるまでだ」


 いつかくるであろうその時のために、アンナたちは心に覚悟を備え。

 それから四人はそれぞれに己の責務を果たし、周りからの高評価を得ていくのだった。

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