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106. 無表情の方がよっぽどまずいだろうが

 夏になり、フィデル国を調査していたジャンが、ある情報を持ち帰ってきた。

 それは、フィデル国カジナル軍の金策担当と呼ばれるティナが、近々兎獣人ラビュリス集落トライブへ行くというものだ。

 目的は、交友を図ること。遺跡で発掘したお宝を持って、兎獣人ラビュリスに警戒心を抱かせないように一人で向かうという。

 獣人の集落トライブは基本的にフィデル国の西側に集中しているが、東側にないわけではない。

 今回、ティナが訪れる場所はカジナルの領地内で、ストレイア王国から一番近い集落トライブである。一週間の滞在予定だ。


「チャンスね」


 ジャンの報告を聞いたアリシアは、ミカヴェルの情報を得る好機と捉える。

 アリシアは作戦を練り、それを実行する者を二人選んだ。グレイとトラヴァスだ。

 最小の人数にしたのには、理由がある。

 隊を組んで行くと、鼻の効くティナに察知され、警戒される恐れがあるためだ。

 動物に好かれる特性のあるグレイは、兎獣人ラビュリス集落トライブに入っても受け入れられやすいのではないかと判断されての起用である。

 そして知に長けるトラヴァスがいれば、なにがあってもその場を凌げるだけの頭脳が期待された。なにより、二人の強さをアリシアは信頼している。

 大々的に軍を送り込むと、戦乱を招いてしまう。だからこその少数精鋭だ。


 摩擦を起こしたくはないので捕縛は無理しなくていいと言われて、グレイとトラヴァスはフィデル国へと足を踏み入れた。

 ストレイア王国とフィデル国の国境は、主要な道以外での見張りはない。塀や壁があるわけでもなく、往来しようと思えば誰でもできる状態だ。

 一応、国境に巡回兵はいるものの、目が行き届かない場所などざらにある。その目を掻い潜って、商人や旅人は魔物の出る危険な森を出入りしていた。実質、黙認状態だ。


「ここから先がフィデル国か……」

「気をつけろ、トラヴァス。あっちも兵が巡回しているはずだからな」


 二人は旅人風に変装して、森の中を進んでいる。敵兵に見つからないように獣道を歩く必要があったため、馬は途中の町で預けてきた。周りには鬱蒼とした草が生い茂っていて、人の気配はない。

 魔物とも敵国の巡回の兵とも行き合わずに進めているのは、ジャンの情報のおかげだ。人のいない時間帯と場所を狙って来た。絶対に安全というわけではないが、順調である。

 森を歩きながら、グレイはアリシアの言葉を思い出した。


 ──状況が許せば捕縛。無理ならば、偵察だけで構わないわ。そしてなるべく長い期間……できれば一週間、彼女を集落から出させないこと。わかったわね。


 カジナル軍の金策担当は、なるべく押さえておきたいところだ。

 しかしここはフィデル国内で、いきなり連れ去るわけにもいかない。ストレイア王国の仕業とバレた時にはフィデル国の怒りを買うのは必死だ。

 できればティナ自身にストレイア王国の地を踏ませ、そこを捕縛という形にしたい。そうすれば大義名分が立つし、一番望ましくはあるのだが、難易度が高すぎる。

 それに本当の目的は、グレイたちがティナを長く引き止め、その間にジャンがブラジェイとユーリアスを尾行することにあった。そちらからミカヴェルの情報を探っていくのである。

 なのでグレイたちは、ティナをなるべく長く村に滞在させなければならなかった。

 もちろん、ティナからミカヴェルのことを聞き出せればいいが、それは捕縛しないと難しい話である。

 とにかく引き止めること、これが第一だった。


 グレイとトラヴァスが森を抜けると、フィデル国が一望できた。

 明るく光差す、緑の映える国。

 遠くにカジナルシティと南側には湖畔が見える。グレイが考えていた以上に大きな都市だ。


「あれがカジナルシティだな」


 トラヴァスの言葉にグレイは首肯し、視線を右側へと移した。


「北にあるのが兎獣人ラビュリス集落トライブだろう」

「目がいいな、グレイ。あれがそうか」


 グレイの視線の先を追って、トラヴァスも確認する。

 カジナルシティに一番近い集落トライブを実際に見て、グレイは顔を顰めた。


「地図で確認してはいたが、やっぱりカジナルシティとの距離が近いな。早駆けの得意なやつなら、二十分掛からずやってくるぞ」

「だからこそ、ティナを一人で向かわせられたのだろう。なにかあれば、すぐに駆けつけてくる」

「騒ぎは絶対に起こせないな。こっちがやばい。友好的に近づくか」


 そう言いながら、グレイは旅人風の荷物入れを背負い直し、集落トライブへと歩き始める。

 トラヴァスも隣を歩きながら、グレイを見上げた。


「俺たちの名は偽名にするか?」

「いや、別にそのままでいいだろう。俺たちの名がフィデル国にまで届いているとも思えないしな。グレイとトラヴァスなんて、そこら中にいる名前だ。このままでいこう。ボロが出る方が怖いからな」

「そうだな」


 それはそうとしても、二人は不安顔をお互いにぶつける。


「グレイ、お前その無愛想な顔で友好的に近づくつもりか?」

「それを言うなら、トラヴァスの無表情の方がよっぽどまずいだろうが」

「っふ。俺は平気だ」

「どこがだ。言っとくけど、トラヴァスより俺の方がまだマシだぞ。俺は笑う時は笑うからな」

「心配するな。俺だって笑う時はちゃんと笑うさ」

「本当かよ……」


 グレイは疑いの眼でトラヴァスを見ながら。

 二人は、兎獣人ラビュリス集落トライブへと向かうのだった。


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