その日は、雲一つない晴れやかな天気だった。
色とりどりに飾られた華やかな教会は、正装した人々で溢れている。教会の鐘が高らかに鳴り響く中、いま行われようとしているのは結婚式。神の前で永遠の愛を誓う神聖な儀式だ。別々の人生を歩んできた二人が、互いを認め合い、これからは同じ道を歩み始める。その新たな節目となる儀式。それはたとえ異世界であっても、人々にとって特別な意味を持つ重要なものであった。
新郎は若き衛兵のウィルストン。新婦は赤毛のおさげが印象的で、そばかすが愛らしい花屋のエルータ。ステンドグラスから差し込む七色の光が、まるで二人の新たな門出を祝福するかのように輝いている。
ウィルストンは緊張した面持ちで、純白のドレスに身を包んだエルータを見つめる。彼は胸の鼓動を抑えようと深呼吸を繰り返すが、その度に心の高鳴りはますます大きくなる。一方、エルータは控えめながらも優しい微笑みを浮かべ、彼を安心させるような眼差しを送っていた。二人は揃いの白い衣装に身を包み、参列者たちの盛大な祝福を浴びながら、神父の前に進み出る。
神父が朗々とした声で誓いの言葉を述べ始める。
「汝、ウィルストン。あなたはここにいるエルータを、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、妻として愛し、敬い、慈しみあい、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「……はっ、はいっ! 誓いますっ!」
緊張でカチカチになっているウィルストンが、思わず声を張り上げて答える。その姿に参列者たちの笑みがこぼれる。
「汝、エルータ。あなたはここにいるウィルストンを、病める時も健やかなる時も、悲しみの時も喜びの時も、貧しい時も富める時も、夫として愛し、敬い、慈しみあい、共に助け合い、その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?」
「はい……。誓います」
エルータは顔を赤らめ、とても恥ずかしそうにはにかみながら、小さな声で誓いを立てた。
「よろしい。では、いま交わした誓いの言葉を永遠のものとするため、誓いの口づけを交わしなさい」
二人は静かに向き合い、お互いを見つめ合う。緊張感が周囲にも伝わり、教会内に一瞬の静寂が訪れる。ウィルストンの顔がエルータへと近付き、そっとその唇が触れる。陽光を浴びた果実のように瑞々しく、濡れた花びらのように艶やかなその唇が重なり、二人の想いが一つになる。
「ここにいま、一組の夫婦が誕生いたしました。神の御名のもとに、彼らを祝福します」
神父が宣言すると、教会内に盛大な拍手が響き渡る。友人や家族が満面の笑みを浮かべ、声を上げて二人を祝福する。二人は参列者から投げられる色とりどりの花びらが舞う中、手を取り合いながら教会を後にした。それはまるで、未来という名の道へと力強く一歩を踏み出すかのようだった。
◇
「ご結婚……おめでとうございます!」
今日の
店内には祝いの雰囲気が漂い、今日は無礼講ということもあり、みんな思い思いに酒を注文し、互いに喜びを語り合っている。カウンターの上には普段は見られない料理やつまみが所狭しと並び、まるで豪華なパーティーのような光景を作り出していた。
バーテンダーもサクラも、ひっきりなしに入る注文に忙しく働いている。店の中央では、祝福の歌が始まり、笑い声とともに拍手が響き渡る。陽気な空気が店内に充満し、まるでこの瞬間が永遠に続くかのように感じられた。
「それにしても、マスター。ウィルストンさんもエルータさんも、本当に幸せそうですね」
グラスを準備しながら、サクラは他の客にもみくちゃにされているウィルストンに視線を向け、ふっと呟いた。
「そうですね。幸せそうな二人を見ていると、こちらまで自然と笑みがこぼれてしまいます」
忙しなく
「私は……もし結婚していたら、あんなふうに笑えていたのかな……」
サクラがぽつりと呟いた。その声はかすかで、賑やかな店内の喧騒の中に溶け込むようだった。婚約から逃げ出した過去を持つサクラにとって、結婚という言葉には特別な響きがある。彼女の表情には、かつての迷いや後悔が微かに滲んでいた。
「私にはその答えは分かりませんが……。今のサクラさんは、毎日楽しそうに笑っていて、とても幸せそうに見えますよ」
バーテンダーは手を休めることなく言葉を投げかける。その優しい言葉に、サクラは一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに照れるように微笑み返した。
「いやー、マスター! 酒が全然たりないよぉー! もっとちょうだぁーい!」
すでにべろんべろんに酔っぱらっている女戦士のマネアが、バーテンダーに絡み始めた。その様子を横で見ていたエルフの弓使いレティリカは、申し訳なさそうにバーテンダーへ視線を向ける。
「すいません、マスター。すぐに片付けますので……」
レティリカはそう言いながら、マネアの腕を引っ張り、なんとか引きずっていこうとする。しかし、マネアはカウンターにしがみつき、テコでも動こうとしない。
「いーやーだー! おーさーけー!」
「子供ですか、貴女は! 大人しくしなさい!」
レティリカがマネアを羽交い絞めにし、力づくで動かそうとするが、マネアは抵抗を続け、まるで根が張った木のように動かない。その様子を見ていたバーテンダーも、さすがに困った表情を浮かべる。
しかし、やがて彼は静かに語り始めた。
「マネアさん、お酒は確かに楽しいものですが、飲みすぎると大切なものを見失うこともあります。例えば、こうして心配してくれるレティリカさんのような存在などを」
その言葉に、レティリカは少し驚いたようにバーテンダーを見つめた。一方、マネアは一瞬動きを止めたが、すぐに顔を赤らめながら笑い声を上げた。
「へへっ、マスター、説教なんて似合わないよぉー! でも、ありがとね!」
レティリカはため息をつきながらも、マネアの腕を引っ張り続け、ようやく彼女をカウンターから引き離すことに成功した。店内には再び賑やかな笑い声が響き渡り、宴の雰囲気が戻ってきた。
「本日は無礼講ですので、皆さま存分に楽しんで頂ければ幸いです。ただし、あまり羽目を外しすぎないようお願い申し上げます。そして、折角の特別な日ですので、本日限定のカクテルを皆さまにサービスさせていただきます。まずは、主役である新郎と新婦のお二人に、私から心を込めたお祝いの一杯を」
バーテンダーが柔らかな声でそう告げると、周囲から拍手が湧き上がり、新郎ウィルストンと新婦エルータは少し照れくさそうにしながらカウンターへと歩み寄った。
「ありがとうございます! 本当に、こうしてエルータと結婚できたのも、すべてマスターのおかげです! 本当に感謝しています!」
ウィルストンは深々と頭を下げ、その声には感謝の気持ちが溢れていた。その姿を見たエルータは、少し照れたような微笑みを浮かべていた。
「いえ、私はただカクテルを作っていただけに過ぎません。すべてはウィルストンさんの勇気と想いが、エルータさんの心に届いた結果です」
バーテンダーがにこりと微笑む。その言葉にウィルストンとエルータは自然と目を合わせ、互いに微笑み合った。その様子はまるで、二人の誓いが再び強く結ばれていくように見えた。
バーテンダーは
氷の詰まった
シャカシャカシャカシャカ……
リズムよく
用意された
「お待たせ致しました。『ウェディング・ベル』でございます。結婚を祝福する幸せの鐘を意味します。本日は誠におめでとうございます」
バーテンダーが静かにグラスを差し出した。そのカクテルは、鮮やかで華やかな赤色が目を引く一杯だった。
「アルコールが入っていますので、エルータさんには別のドリンクをご用意いたしました。どうぞ、お楽しみください」
その言葉に、新郎新婦の表情は柔らかな笑みで包まれ、周囲の祝福の拍手が再び店内を満たした。
ウィルストンは手を伸ばし、グラスをそっと口元へと近付けた。
まず感じたのは果実のフルーティーな甘さ。
「マスター、美味しいです! 甘くて、なんだかこれからの結婚生活を彷彿とさせてくれますね!」
ウィルストンが満面の笑顔で言った。
「お気に召して頂けたようで幸いです。そして、少々ウンチク話をお一つ。『ブライダル(Bridal)』という言葉をご存知でしょうか? 婚礼や花嫁の持ち物を指す言葉ですが、実はこの言葉の語源は『ブライド・エール(Bride Ale)』から来ています。このエール(Ale)は皆さんご存知のお酒の
バーテンダーはそう言いながら、
「
その言葉を聞いた参列者たちは、我先にとグラスを手にし、高らかな祝杯を挙げた。賑やかな音が店内を満たし、祝いの気持ちが場にさらに熱を加える。
「マスター……本当にありがとう。こんなに素敵なお祝いまでしてもらえて……一生の思い出になります」
ウィルストンは目に涙を浮かべながら感謝を述べる。その言葉には彼の素直な気持ちがあふれていた。
「いえ、こちらこそありがとうございます。お二人の晴れの日に、当店を選んでいただけたことに感謝の念が尽きません。よろしければ、次はお二人のお子様の誕生を祝わせてくださいね」
バーテンダーの言葉に、ウィルストンとエルータは顔を見合わせる。赤らんだ頬で互いに微笑み合うその姿は、愛と幸福に満ちており、見る者すべての心に優しい灯を灯した。
お祝い事には是非お酒を! 楽しい場が一層楽しくなることでしょう。ただし、深酒は禁物ですよ。
ここは異世界のバー『
◇
『ウェディング・ベル』
ドライ・ジン 20ml
デュポネ 20ml
チェリー・ブランデー 10ml
オレンジ・ジュース 10ml
氷を入れたシェーカーに材料を入れシェーク。
カクテル・グラスに注ぐ。
カクテルレシピサイト 「カクテルタイプ」より抜粋