魔物駆除の報酬はネオンとナデシコで半々にすることになった。ネオンは人の流れを眺めながら、意気揚々と書店に入っていったナデシコを待つ。
悪魔狩りの破暁として有名な身だ。通りを行く人々から声をかけられるのも珍しくない。普段通りにこやかに答えて、けれど天導教の手のものに尾行されていると気付いたように、決して気は緩めていないはずだった。
「破暁――ネオン・シラ・シュトラルだな?」
「っ――!?」
本名を呼ばれ、焦りに目を見開きながら振り返る。いつからそこにいたのか、すぐ近くに壮年の男性が立っていた。
「安心しろ、敵じゃねえ。オドゥ・ナエ、ナデシコに魔術を教えた無職だよ」
「……あなたが、ナデシコの師匠」
「やめろ。ンな立派なもんじゃねえ」
オドゥは心底から嫌そうに首を振る。その仕草がなんとなく面白くて、ネオンはつい口元を緩めていた。
ネオンからすればオドゥの名乗りが真実という証拠はないが、疑う理由はなかった。竜姫が魔術師であることも、人間の師匠がいることも、王宮の外では知られていないのだ。そんな状況でナデシコの縁者を騙るリスクはあまりにも大きすぎるからこそ、オドゥの言葉に説得力が生まれている。
ネオンは鼓動が落ち着くと、確信のこもった声でオドゥに問いかけた。
「私はナデシコのことをまだ知らない。けれど、ナデシコが『魔術を使えることは隠すべきだ』と隠密みたいなことを言ったときには違和感がありました。いつものナデシコなら、狩人のギルドで能力を隠すようなことはしないはずなのに」
「……つまり?」
オドゥは楽しそうに口元を吊り上げる。不敵な笑みは弟子とよく似ていた。
「ナデシコの思考回路が隠密じみているのは、あなたが原因ですよね?」
「ああ、俺は魔術師じゃねえ。魔術が使えるだけの
オドゥはあっさりと肯定する。ネオンはやっぱりか、と小さくため息をついた。
「俺も本業の技術を教えたつもりはないんだが、魔術師サマの考え方なんて知らねえからどうしても、な。そのうえあのガラス娘、物覚えが良すぎて俺の歩き方だのなんだのを勝手に観察して身につけやがる」
「……ナデシコのこと、随分可愛がっているみたいですね」
「あぁ?」
オドゥは反射的に、といった調子で低い声を出す。しかしすぐに首を掻いて、降参するような深々とした息を落とした。
「――ま、あいつのために足抜けしたようなもんだ。端から見てもそうだろうよ」
「どこの所属だったか聞いても?」
「天導教ハーゼン派……って言っても伝わらねえか。教皇の一派でいろいろと仕事を受けてた」
「……教皇」
ネオンはぽつりと呟く。オドゥは強気な瞳を若干緩めて、ネオンへ話しかける。
「シュトラルの王室も厄介なことになってるみたいだな。お前さんをはじめ、四女アンナリーゼは教皇の懐刀だし、女王陛下もきな臭い。紅蓮隊だったか、なんだって死刑囚が近衛をやってんだ?」
「……あの、どこまで知ってるんですか、あなた」
「気にすんな。無職が趣味で調べただけだ」
オドゥは何気なく言うが、そちらの方がよっぽど恐ろしい。ネオンは諦め半分で、これ以上探りを入れられるよりはマシだと判断して問いに答えた。
「紅蓮隊は先王への反逆を企てて裏で処刑されそうになってた人たちです。だから姉上は弑逆のときに彼らを味方につけて、今も側に置いているってだけですよ」
「はっ、愚物からとんでもねえ傑物が生まれたか」
喉からの笑い声は実に楽しげだった。オドゥはひとしきり笑うと、じっとナデシコが向かった書店を見据える。
「俺が何か言える立場じゃねえが、ナデシコのことは任せた。あいつにはここの方が竜の領域なんぞよりよっぽど合ってるだろうよ」
「……会っていかないんですか? ナデシコも喧嘩別れになったって後悔していましたよ」
「だからだよ。今のまま会ったって、またお互いに意地張って喧嘩になるだけだ。とりあえず俺は、竜帝の野郎に一発入れるまではあいつに会うつもりはない」
さらりと途方もない目標を告げて、オドゥは雑踏の中にふらりと消えていった。
現れたときと同じように気配もなく消えたオドゥに、ネオンはため息をつく。ほんのわずかな接触でも、ナデシコとオドゥが似たもの同士の意地っ張りなのは理解できた。
オドゥに会うつもりがないのなら、今の遭遇も伝えない方がいいだろう。ネオンはそう判断して、ナデシコが戻ってくるのを待つ。
そのさなか、大事なことを一つオドゥへ聞き忘れたことに気付いたが、もう後の祭りだった。
「……しまった。お義父さんって呼んでいいか、聞けなかったな」