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第14話 姉妹と夫婦

 シュトラル王都をめがけての、悪魔と同規模の力を持った魔物二体の襲来。

 および、恐慌を起こした魔物の大群が迫ってきている。


 緊迫した事態を受けて、王宮の中は対応のためにひどく慌ただしい。そんな中、指示を下した女王クエリは近衛二人だけをそばに置いて、身じろぎ一つせず思考にふけっていた。女王としての表情は、普段と違って鋭さも険しさも隠していない。


「――あら、怖い怖い。姉上が性格だけじゃなくて顔まで怖くなっているわ」

「さすがの姉上もこの状況は気が重いのかしら。それとも、何か別の懸念が?」


 部屋に入ってきたのは、そっくりな顔とまったく同じ格好をした女性が二人。クエリは驚くことなく、妹たちの名前を呼ぶ。


「ウルミア、ミラリス。防壁は?」

「ご指示の通りに。地脈エーテルを使った、理術院総出の防壁だもの。発動している間は大物も通さないわ」

「とはいえ長く保つものでもない。一時間を超えたら綻びは出ると思ってくださいな」

「それだけ猶予があれば十分ね。あとは、どう転ぶか」


 クエリの言葉に、双子は同じタイミングで首を傾げた。

 ウルミアとミラリスは、どちらからともなく問いかける。


「姉上、軍と狩人が対応してくれるのだもの。一時間もあれば問題ないのは分かるわ」

「けれど、『どう転ぶか』というのは? もしかして自然的なものではないということ?」

「ええ、その可能性を考えていたの。リズからの連絡はないけれど――」


 クエリは指を組んで肘をつく。猛禽のような瞳はこの場にいない敵を見据えていた。


「もしも今回の件が天導教の差し金なら厄介極まりない。魔物と交渉する意思と手段があることを隠さなくても良くなったということだから」

「……そうね、姉上の懸念は確かに。天導教が悪魔を封印しているのは、それが古くからの役割だったから」

「国家連盟はそこを悪用されると後手に回らざるを得ない。それなのに自ら隙を晒している。あくまで可能性でも、嫌な気配がする話ね」


 むぅ、と双子はやっぱり同じ表情で悩ましげにする。一方、クエリは椅子をキイキイと鳴らして、ほんの一時だけ姉としての表情と声音に戻った。


「このあたりは私が各国やエンラ殿と相談してみるわ。それよりも二人とも、ナデシコにはもう会った?」

「いいえ、まだよ。私たちもお話してみたかったのだけれど、このごろ忙しかったの」

「それに、今はまだ三人にしておくのがいいかと思って」

「なら、これが落ち着いたら会いに行ってみて。とても面白い子なのよ」







「地脈防壁、か。何人がかりなんだろ」


 ナデシコは王都を覆う防壁を見ると、足を止めて感嘆に呟く。

 強度は申し分なし。防壁が展開されている間は、どんな魔物も王都には入れない。それだけに気にかかるのは、防壁がいつまで維持できるか、ということだ。


 攻撃を受ければ当然、魔術師たちに負担がかかる。ナデシコに複数人で一つの魔術を使った経験はないから、正確な残り時間を予想するのも難しい。ネオンを追う途中で耳にした状況の通りなら、防壁が保っている間にカタをつける必要がある。


「ま、人数もいるし、小物はどうにでもなるか」


 狩人がいる。軍も動いている。不安に思う必要はない。

 だからナデシコが探すのは、十中八九、大物二体の相手を請け負っているだろうネオンの姿。女性らしい格好はまだ見慣れないけれど、ネオンが背負う陽光の戦斧を目印にすればすぐに見つかった。


「見つけたわよ、ネオン!」

「っ、ナデシコ――私は退かないよ」


 ネオンは防壁の外で一人たたずんでいた。ネオンはナデシコに気付くや否や、きっぱりと断言する。どれだけ説得してもネオンは折れないと直感できるほどに意思の固い瞳と声。

 近くには誰の姿もない。ナデシコが予想していた通り、一人で戦うつもりらしい。


 ナデシコは腕を組み、小さくため息をつくと、手近な樹木にもたれかかった。


「ええ、どうぞご自由に。あたしも勝手に手出しするから」

「ダメだ!」


 反射だったのだろう。ネオンは自分が出した大声に驚いたような顔をしながらも、ナデシコが戦うことを強く否定する。


「悪魔に認定されてもおかしくない魔物が二体だ。危険すぎる」

「そんなこと言ったらあなただって同じでしょうが。イウリィ、すごく心配してるわよ」

「そ、それは確かに正論だけれど!」


 ネオンは反論に困っても、決して諦めようとしない。

 ナデシコも以前、一緒に仕事を受けたときに交わした会話で、ネオンがこの街に強い思い入れを抱いていることは知っている。どれだけ危険な状況だろうが――むしろ危険が迫っているからこそ、ネオンは絶対に戦う。その程度、分かったうえでナデシコはこの場にやってきた。


「ならせめて、援護の一人くらい付けてちょうだい。でなきゃあたしの気が済まない」

「……私の全力に、初見で合わせられるつもりかい?」


 尋ねる声は厳しく、鋭い。若すぎるほどの年齢で悪魔狩りを成し遂げた英雄の問いかけは重たいもので、ナデシコはそれでも一切ひるまなかった。

 ナデシコが白銀の髪をかき上げれば、露わになるのはガラスの鱗。ナデシコは竜の証を見せながら、問いに頷く。


「翼がなかろうが、尻尾がなかろうが、あたしは竜よ。そのくらいやってやるわ」

「……なら、その言葉信じるよ。私の命は君に預けた」

「上等。やってやろうじゃない!」


 ナデシコは不敵な笑みを浮かべて両手を打ち付ける。二人が見上げる空には、巨大な鳥の姿があった。

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