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第2話 大親友が神様なんて聞いてない

『そうだよ! ミヤちゃん! ハルだよ!』

「え、なんで……ここにいるの? そ、その姿は……?」


 私の頭の中は、大パニックである。

 ハルちゃんは、私と数十年以上文通をしていた相手。普通であれば、私と同じように歳をとっているはず。だが、何度見ても彼女は小学六年生の頃の姿だった。入院する一週間前にも手紙が届いており、私は返信を認めてから入院したはずだ――。


 混乱していた私を落ち着かせようと、ハルちゃんは私の状況を少しずつ話してくれた。


 私は死んだ。もう一度言う、死んだ。


 今、現世では長女夫妻が主導して私の葬儀を執り行っているらしい。しばらくの間、その事が受け入れられず呆然としていた私だったが、ハルちゃんから水を張った皿で現世を見せてもらう。


 私が見たのは出棺の場面。中身の見えない棺に私の体が入っていると聞いて、不思議な気持ちになった。ただ、この棺は自分のものなんだろうな……という直感? らしきものが働いていたためか、この時点で私はなんとなく自分の身に起きた事を受け入れていたのだと思う。

 火葬場の最後のお別れのために、小窓が開いた時。そこに見えたのが私の顔だった。火葬している際、私の娘達や孫達が泣いているのを見て、私も顔を覆って涙を流した。


 しばらくすると、逆に頭がすっきりした。なぜこの場に私がいるのかは理解できたが、ふと……ここはどこなのか、という事が気になった。


 仏教には輪廻転生、という概念があるけれど……。


「もしかして、ここは死後の世界? ハルちゃんは閻魔様?」


 この水を張った皿は、閻魔様が現世の行いを見るという、浄玻璃の鏡にも見える。日本の閻魔様のイメージと全くかけ離れているな、と思っているとハルちゃんが笑った。


『閻魔様かぁ、ちょっと違うかな。私は神様なんだ!』

「神様?」


 そこから話をよく聞いてみると、ハルちゃんは日本も含めた複数の世界を管理している神様なのだとか。色々と話を聞いているうちに、いつの間にかハルちゃんの管理している世界の話になり……最後の方は『もう面倒くさい』と泣きべそをかいているくらい大変らしい。

 その姿が憂を帯びていたので「お仕事大変なのね」と言ったら……そこからハルちゃんの言葉が止まらなかったわ。


『そうなの! ある世界なんて機械化が進んで、機械が生物を攻撃するようになって、私が止めないとならなくて――』

「あらまぁ、それを食い止めたの? ハルちゃんすごいのねぇ」

『他にもね、魔王がボイコットを起こして、世界が回らなくて――』

「魔王様がボイコットって……魔王様も社会人だったの? ハルちゃんも魔王様も大変ねぇ」

『あとは妖精達が悪戯で災害を――』

「妖精って、あれかしら? 孫が好きだった『二人はキラキュン』のもふもふしたのみたいな……?」


 なんて話を体感、数時間くらい……時計もないので実際のところは分からないのだけれど、していたの。私は話を聞く事くらいしかできなかったけれど、最終的にハルちゃんは思い切り話したからか、満足げな表情をしていたわ。

 その後ハルちゃんは『あ』と声をあげる。


『ごめん、ミヤちゃん。話しすぎちゃった……』

「いいのよ、ハルちゃん。話す事で気分が軽くなってくれていたら、私は嬉しいわ」


 実際、ハルちゃんは疲れていたのだろう。休日が多忙だった社会人二年目の息子のような憔悴した表情をしていたから、放っておけなかったのだ。


『ううー! ミヤちゃんは神様、いや女神様だよぅ!』

「神様はハルちゃんじゃない」


 ハルちゃんは私に抱きついてくる。私は神様ハルちゃんに『神様』と言われるのが面白くて笑ってしまった。ハルちゃんは私の言葉で少しだけ口を尖らせる。


『そうなんだけど……私にとってミヤちゃんは頼れるお姉さんなの。昔も優しく頼もしかったけど、更に磨きがかかってる気がする〜!』

「年の功かしらね? あれから六十年くらい経っているもの」


 年の功と聞いて、ハルちゃんは首を傾げた。


『ミヤちゃんはまだ八十歳でしょ? まだまだ若いよ〜?』

「長生きしている神様に比べればそうかもしれないわねぇ」


 さっき日本時間で千年以上は管理をしている、と言っていたもの……。そんな長い時間仕事しているなんて大変よね。


 私とハルちゃんの出会いは、小学校一年生の頃。

 ハルちゃんが私の家の隣の空き家に引っ越してきたのが初めての出会い。両親の後ろに隠れて恥ずかしがっていたハルちゃんが可愛かったから、仲良くなりたいと思って遊びに誘ったのが始まりだ。


「懐かしいね。ハルちゃんとゆうくんと私の三人でよく遊んだよねぇ」


 ちなみにユウくんは私の家の前に住んでいた男の子。六年間私たちはほぼ毎日一緒にいた。けれども、ハルちゃんは小学校六年生の卒業と同時に、親の転勤で引っ越し、その半年後にゆうくんも引っ越したので寂しかったのよね。

 ユウくんはその後会う機会がなかったけれど、ハルちゃんとは文通が続いていた。なんなら入院前に返信を送っていたわね。


「ちなみにハルちゃんは、神様なのに何で小学校に通っていたの?」


 ふと思った疑問を訊ねれば、ハルちゃんは頭を掻いた。


『あー、それなんだけどねぇ……』


 小学校六年間は神の業務を頑張ったご褒美としてもぎ取った休暇なのだとか。楽しそうに通う小学生を見て、ハルちゃんも一度通ってみたいと思ったようだ。それが叶ったのが、あの時だった。

 そして小学校卒業と同時にハルちゃんは神界へ向かい、業務に戻ったようだ。手紙の住所がいつも違うのは、その時々によってこの場所――神界に繋がる場所が違うから、らしい。


「小学校の六年間が休暇だったの?」

『うん。本当に楽しかったよ! ちゃんと悠くんと暗くなるまでチョーク遊びだったり、かくれんぼしたり……二人に会えて良かったと思ってる!』

「休暇で小学生になるなんて……人じゃあ考えられないわねぇ……」


 私はしみじみと呟く。神様は人の枠組みに当てはめられないものだという事を改めて実感する。そして話がまた脱線していた事に気づいた。本題に入るまでが長くなる、これ、あるあるよね。


「ところで……私が何でここにいるのか、教えてくれるのかしら?」

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