私はドアノブをひねり、外へと出る。最初は太陽の光の眩しさに一瞬目眩がしたけれど、足に力を入れてゆっくりと四人の元へ歩いていく。
最初に気がついたのは、白いローブの男性だ。彼は私が近づくと、こちらを向いて微笑んでくれる。そして一呼吸遅れて私に気づいたクリスちゃんの家族は、ポカーンと口を開けていた。
「お初にお目にかかります。クリスティナ――でございます」
「ご丁寧にありがとうございます。教会より参りました、司教のマルクスと申します」
貴族の挨拶や礼儀などは知らないので、私はお辞儀をする。
そして心の中で謝罪をした。ごめんなさい、苗字も名乗ろうとしたのだけれど……どうしても家名が思い出せなかったの。確かレーヴィスト侯爵家だったかしら。
『違うよぉ〜! レーフクヴィスト侯爵家だよ!』
そんな突っ込むハルちゃんの言葉を聞きながら、私は表情を緩めた。笑った方が印象は良いでしょうし。幸いマ……『マルクスだよ!』……ルクス様も私の言動を不快に思う事はなかったようだ。私を見てにっこりと笑ってくれた。
「クリスティナ様。先日、女神様より神託が降りまして、貴女様が賢者として指名されました。一度教会へとご同行を願いたいのですが……」
「はい。必要なものは持ちましたから、今から参りますわ」
「ありがとうございます。必要な物とは……もしかしてその本だけでしょうか?」
「ええ」
そう言って小脇に抱えていた本を持ち上げれば、彼は目を見開いた後、じろりと三人を睨みつける。
案の定、彼らはマルクス様へとしどろもどろな言い訳を告げている。クリスちゃんの父親がこちらを見て、「お前も何か言え!」と口パクで私にアピールしているようだけれど、ごめんなさい。私はクリスちゃんじゃないから、別にフォローすることなんてないもの。
マルクス様は父達の言い訳を最後まで聞く事なく、私に手を差し出してくれた。これはエスコート、というものかしら?
多分手を取るのが正解でしょう、と考えて、私はマルクス様の手の上に自分の手を置いた――その時。
「少々お待ちください! クリスティナは私の娘です! 娘を勝手に連れて行かないでいただきたい!」
「えっ、娘?」
続けていや、どの口が……と言いそうになって、首を傾げるだけに留めた私を褒めて欲しい。クリスちゃんの父親はこちらを見て、目を釣り上げていたが。
そんな彼を見て、マルクス様は溜め息をつく。そして懐から一枚の紙を取り出した。
「私はこの件に関しまして
その後、広げた紙の文言を読み終えたクリスちゃんの家族たちは、顔から血の気が引いていく。その様子を見てマルクス様は「……この手はあまり使いたいものでは、ないのですが」とぼそっと呟く。
自分たちの置かれている立場を理解した事で、今までの暴れっぷりが嘘かのように静かになる三人。その間に私とマルクス様は彼らに背を向けて歩き出した。
正門までたどり着くと、門前には馬車が止まっている。そこに一人の侍女が青い顔で佇んでいた。
『あ、ミヤちゃんが今持っている本の持ち主は、この侍女ちゃんだよ〜!』
その言葉に私が目を見開いたのと同時に、侍女さんの口から言葉が紡がれた。
「し……司教様! 私も共に連れて行ってくださいませんか!」
いきなり連れていけ、と言われたマルクス様は眉間に皺を寄せている。
「貴方は?」
「この家の侍女をしております……以前は、お嬢様に付いておりました!」
マルクス様は私に顔を向ける。その顔には「どうしますか?」と書かれているような気がして。私は少しだけ考えてから答えを出した。
「彼女も一緒に連れて行っていただけませんか?」
私がそう告げると侍女ちゃんの目の奥がきらり、と光った。きっと何か腹に一物抱えているんだろうな、と思う。ただ、なんとなくだけど……この子は悪い子ではないだろう。
マルクス様が「本当に良いのか?」と表情で問うている。私が頭を縦に振ると、彼は侍女ちゃんに微笑んだ。
「ええ、勿論ですよ。そこのあなた、後ろの馬車に乗りなさい」
「あ、ありがとうございます!」
彼女がいそいそと後ろの馬車に乗ると、ゆっくりと動き出す。屋敷が見えなくなる前に、クリスちゃんの家族たちが門の前に現れ、騒ぎ始めていたが……遠かったため、私の耳に入る事はなかった。
窓から顔を馬車内へと戻すと、マルクス様が心配そうな表情でこちらを見ている。きっとクリスちゃんの境遇に同情してくれているのだろう。
言えないけれど私はクリスちゃんじゃないし、気にしていない。
それよりも……あの三人の名前をそう言えば知らないな、なんて考えていた。まあ……教えてもらったとしても、マルクス様を覚えるのに精一杯で、すぐ忘れちゃうでしょうし、メモする必要もなさそうね。
……一応マルクス様だけは、名前を頭に叩き込んでおきましょう。