目次
ブックマーク
応援する
4
コメント
シェア
通報

第7話 私、教会に行きますので

 私はドアノブをひねり、外へと出る。最初は太陽の光の眩しさに一瞬目眩がしたけれど、足に力を入れてゆっくりと四人の元へ歩いていく。

 最初に気がついたのは、白いローブの男性だ。彼は私が近づくと、こちらを向いて微笑んでくれる。そして一呼吸遅れて私に気づいたクリスちゃんの家族は、ポカーンと口を開けていた。


「お初にお目にかかります。クリスティナ――でございます」

「ご丁寧にありがとうございます。教会より参りました、司教のマルクスと申します」


 貴族の挨拶や礼儀などは知らないので、私はお辞儀をする。

 そして心の中で謝罪をした。ごめんなさい、苗字も名乗ろうとしたのだけれど……どうしても家名が思い出せなかったの。確かレーヴィスト侯爵家だったかしら。


『違うよぉ〜! レーフクヴィスト侯爵家だよ!』


 そんな突っ込むハルちゃんの言葉を聞きながら、私は表情を緩めた。笑った方が印象は良いでしょうし。幸いマ……『マルクスだよ!』……ルクス様も私の言動を不快に思う事はなかったようだ。私を見てにっこりと笑ってくれた。


「クリスティナ様。先日、女神様より神託が降りまして、貴女様が賢者として指名されました。一度教会へとご同行を願いたいのですが……」

「はい。必要なものは持ちましたから、今から参りますわ」

「ありがとうございます。必要な物とは……もしかしてその本だけでしょうか?」

「ええ」


 そう言って小脇に抱えていた本を持ち上げれば、彼は目を見開いた後、じろりと三人を睨みつける。

 案の定、彼らはマルクス様へとしどろもどろな言い訳を告げている。クリスちゃんの父親がこちらを見て、「お前も何か言え!」と口パクで私にアピールしているようだけれど、ごめんなさい。私はクリスちゃんじゃないから、別にフォローすることなんてないもの。


 マルクス様は父達の言い訳を最後まで聞く事なく、私に手を差し出してくれた。これはエスコート、というものかしら?

 多分手を取るのが正解でしょう、と考えて、私はマルクス様の手の上に自分の手を置いた――その時。


「少々お待ちください! クリスティナは私の娘です! 娘を勝手に連れて行かないでいただきたい!」

「えっ、娘?」


 続けていや、どの口が……と言いそうになって、首を傾げるだけに留めた私を褒めて欲しい。クリスちゃんの父親はこちらを見て、目を釣り上げていたが。

 そんな彼を見て、マルクス様は溜め息をつく。そして懐から一枚の紙を取り出した。


「私はこの件に関しまして聖下せいげより全権を委任されております。そんな私に妨害行為を働かれると、どうなるかくらいは侯爵様ならご存じなはずです」


 その後、広げた紙の文言を読み終えたクリスちゃんの家族たちは、顔から血の気が引いていく。その様子を見てマルクス様は「……この手はあまり使いたいものでは、ないのですが」とぼそっと呟く。

 自分たちの置かれている立場を理解した事で、今までの暴れっぷりが嘘かのように静かになる三人。その間に私とマルクス様は彼らに背を向けて歩き出した。


 正門までたどり着くと、門前には馬車が止まっている。そこに一人の侍女が青い顔で佇んでいた。


『あ、ミヤちゃんが今持っている本の持ち主は、この侍女ちゃんだよ〜!』


 その言葉に私が目を見開いたのと同時に、侍女さんの口から言葉が紡がれた。


「し……司教様! 私も共に連れて行ってくださいませんか!」


 いきなり連れていけ、と言われたマルクス様は眉間に皺を寄せている。


「貴方は?」

「この家の侍女をしております……以前は、お嬢様に付いておりました!」


 マルクス様は私に顔を向ける。その顔には「どうしますか?」と書かれているような気がして。私は少しだけ考えてから答えを出した。


「彼女も一緒に連れて行っていただけませんか?」


 私がそう告げると侍女ちゃんの目の奥がきらり、と光った。きっと何か腹に一物抱えているんだろうな、と思う。ただ、なんとなくだけど……この子は悪い子ではないだろう。

 マルクス様が「本当に良いのか?」と表情で問うている。私が頭を縦に振ると、彼は侍女ちゃんに微笑んだ。


「ええ、勿論ですよ。そこのあなた、後ろの馬車に乗りなさい」

「あ、ありがとうございます!」


 彼女がいそいそと後ろの馬車に乗ると、ゆっくりと動き出す。屋敷が見えなくなる前に、クリスちゃんの家族たちが門の前に現れ、騒ぎ始めていたが……遠かったため、私の耳に入る事はなかった。

 窓から顔を馬車内へと戻すと、マルクス様が心配そうな表情でこちらを見ている。きっとクリスちゃんの境遇に同情してくれているのだろう。


 言えないけれど私はクリスちゃんじゃないし、気にしていない。

 それよりも……あの三人の名前をそう言えば知らないな、なんて考えていた。まあ……教えてもらったとしても、マルクス様を覚えるのに精一杯で、すぐ忘れちゃうでしょうし、メモする必要もなさそうね。

 ……一応マルクス様だけは、名前を頭に叩き込んでおきましょう。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?