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第6話 あの人たちがクリスちゃんの家族なのね

 最初は遠くで聞こえていた言い争いも、段々とこちらに近づいてきているように感じたのは気のせいではなかったようだ。屋敷の角から二人の男性が、こちらへと歩いてくるのが見える。耳をそばだてていると、二人が何を言っているのかが少しずつ聞き取れてきた。


「ですから! 女神ジェフティ様から神託が降りまして! クリスティナ様が賢者として選ばれたと何度も言っているではありませんか!」

「そんなの嘘に決まっている!」

「嘘ではありません! 侯爵は教会に楯突くおつもりですか?!」


 クリスちゃん……いや、私が神託で賢者に選ばれた?

 いつ神託を下ろしたのだろうか……と疑問に思っていると、その考えを見抜いたかのようにハルちゃんから回答があった。


『ミヤちゃんが転生する数日前にね、教会に神託を出したの。その後かな? 教会側が再三「クリスティナちゃんを連れてこい」と指示したにもかかわらず、クリスティナちゃんのお父さんが「何かの間違いだ」と突っぱねていたんだよねぇ』

「あら、まあ……」


 教会、と言葉にした男性は真っ白いローブのようなものを着ているし、きっと教会関係の方でしょうね。

 この家、侯爵家なのに大丈夫なのかしら? と思う。この国は、ハルちゃんが直接神託を下ろしている。神からの神託を受け取ることのできる宗教団体の権威が弱いわけはないと思うの。

 世界史にも皇帝が教皇に破門の取り消しを請い願った、カノッサの屈辱のような事件があったのだから、尚更ね。

 破門になったら、この家没落しそうだけどそうでもないのかしら……なんて私が考えている間にも、話は進む。


「クリスティナは魔力量が少ないと以前測った時に判明していたではないか! そんな奴が我らよりも魔力量が多いはずなどない!」

「魔力量は増やせると、侯爵様もご存知でしょう?」

「知っているが、それでもたかが知れているだろう! 魔力量三位である私よりも多くなる事などありえん!」


 魔力量に対するプライドがあるのだろう。ただ、あの人たちの様子やクリスちゃんの扱いを見る限り、プライドの高さは悪い方向へと影響をしているようだ。

 クリスちゃんはあの男の中では「魔力量の初期値が低い娘」程度の認識なのね。そんな娘が「賢者」に指名された……彼らにとってはその事実が屈辱なのでしょう。


 愛情持ってきちんと育てていれば、「賢者を育んだ生家」として名を残す事になったでしょうに。「クリスちゃんが虐げられていた」なんて話が広まったら……。

 私は考えるのをやめた。まあ、もしかしたらあの態度は父親だけかもしれないし、と気を取り直したのだが、残念ながらそうではなかったようだ。


「そうだ! 妹と言うのも悍ましいくらい魔力の無かった女が、次期侯爵である俺様を抜かすはずがない! 俺だって国での魔力量は四位だったのだからな!」

「そうよ! 国での魔力量六位の私がいるのよ! 十位以内にも入れないあの子は私の娘ではないわ!」


 言い争っている二人の向こう側から声が聞こえた。一人は若い男性、もう一人は女性。きっと彼らがクリスちゃんの兄と母なのだろう。なんとなく面影がある。

 唾を飛ばしながら、三人は白いローブの人に詰め寄った。だが、ローブの男性は気にする事なく、ため息をつく。


「皆様は魔力量について仰っておりますが……その記録は最近のものではありませんよね?」


 彼の言葉に、三人の肩が跳ねた。図星を突かれたみたい。

 ローブの男性曰く、魔力量は数年に一度は計測するようにお達しが出ているのだとか。その規定通りに、大抵の貴族たちは何度も魔力量を測定しているようだ。

 けれども、クリスちゃんのお兄さんも、クリスちゃん自身も五歳以降魔力量を測っていないらしい。その上――。


「お二人の魔力量の記録は、ご子息様が誕生された時のより前の記録しかございません。魔力量を誇るお二人が何故、測らないのでしょうか?」


 その言葉にクリスちゃんの両親二人は口を閉じる。


 うーん、彼らは過去の栄光に縋っているのかしらね。

 最初から魔力量が多かった彼らは「優遇されてあたり前」「持て囃されるのもあたり前」だったのかもしれないわ。その世界を崩すのが嫌なのかしら?


「それは領地運営が忙しいから……」

「学業が……」

「夫の手伝いで……」


 考えはあたらずも遠からず、って感じね。



 私は三人がローブの男性に色々と言われているのを見た後、ベッドから降りる。ドアノブに手をかけようとすると、ハルちゃんが声をかけてきた。


『ミヤちゃん、外出るの?』

「そうねぇ。白いローブの方も大変そうだし、そろそろ場を収めたほうが良いかもしれないって思ってね」


 クリスちゃんなら、彼らの表情を見て怖がりそうだけれど……今の中身は図太いおばあちゃんだ。怖くはないのよね。


「ハルちゃん。私、教会へ行く事になるのよね?」

『そうだね〜。この様子だとそのまま連れていってもらった方がいいと思うよ〜』

「それじゃあ……」


 私はドレッサーを開き、服を着替える。今私が着ている服は……多分寝間着。流石にこのような薄い服を着て、外には行けない。そして本とペンを手に取る。これだけは持っていけ、と言われたような気がしたからだ。それは正しかったらしい。


『あ、その本はクリスちゃんと仲の良い侍女ちゃんがくれた本だよ! クリスちゃんが、すっごく大切にしていた本だね』


 私はそんなハルちゃんの声を聞きながら、本を小脇に抱えドアノブへと手をかけた。細い体ではあるけれども、思った以上に力はあるようだ。

 そして外へと繋がる扉の前に、立ち止まった。

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