ここまでで、魔力の多い人が優遇されるのかは理解した。ひとつ腑に落ちないのは、賢者……という称号を与えられるからにはすごい魔法使いであろうクリスちゃんが、何故魔力量が少ないのか、という事だ。
『実は、クリスティナちゃんの魔力量が多過ぎたんだ』
「多すぎると何か問題があるの?」
今の話を聞けば、多ければ多いほど良さそうな気がするのだけれど……首を傾げる私に、ハルちゃんの言葉は続く。
『多すぎる魔力は、赤ん坊にとって毒なんだよ』
ハルちゃんが言うには、段々と成長して魔力が増える分には問題ないらしい。それは成長するにつれて、体内にある魔力を操作できるようになるからだと言う。
だが、問題は赤子の時。
詳しくは分からないけれど、魔力を操作できない状態で魔力過多が続くと、体内の臓器に影響を与えてしまうのだとか。最悪は死に至るとか。それをハルちゃんは危惧して、魔力を封印したらしい。
封印と言っても、全部の魔力ではない。貴族内の平均魔力量よりは上くらいまで、調整してあったそうだ。初期値であれば、多いと言われる程度に。
それにハルちゃん曰く、魔力量の初期値が少なくても努力して増やす事ができるのだ。この国でも、訓練によって大幅に伸びた者もいるのだそう。五歳……いわゆる初期値が低いからと、悲観する者は少ないという。
『ただクリスちゃんの両親は、そうじゃなかった。二人とも元々初期値が高くてね。それを誇りに思っているんだ。クリスちゃんのお兄ちゃんもそんな二人から生まれたから、魔力量の初期値が高くてね……大喜びだったんだ。けど、クリスティナちゃんは……』
ハルちゃんは悲しそうな声で告げる。
兄が生まれて期待が高まっていた二人からすれば、クリスティナちゃんの魔力の初期値が低いという事実を受け入れられなかった。その場でクリスちゃんに向けて「一生の汚点!」と言い放ち、「顔も見たくない」と小屋へと閉じ込めたそう。
それまで優しかった両親が急に冷たくなり、クリスちゃんは泣き続けたらしい。そんな彼女を煩わしく思った両親は、クリスちゃんを屋敷の庭の隅にある小屋へと押し込めて、使用人に出てこないように命じたのだとか。
幼心にどれだけ傷ついただろうか……と私は体を両手で抱きしめる。
『それでも、クリスティナちゃんは両親に振り向いてもらおうと頑張ってたよ。一人、彼女を大切に思ってくれていた侍女がいて、その子が昔使っていた魔法の本を読んで……毎日魔力を増やすよう努力してたんだ。それで身体も魔力が馴染んで、魔力量も増えていったんだけど……両親はクリスティナちゃんに見向きもしなくてね。出来損ないのレッテルを貼られたままだったんだ……』
私はハルちゃんの言葉に呆然とした。五歳まで育ててきた娘に愛情は無かったのか、と。だが無情にもハルちゃんの言葉はそれを否定するものだった。
『……クリスティナちゃん、助けられなくてごめんね……』
ハルちゃんの悲しげな声が耳に残る。
多分ハルちゃんは悔しかったはずだ。クリスティナちゃんを助けられなかった事が。そう言えばハルちゃんは世界を管理する上で、『規則が細かく、迂闊に手が出せないのだ』と言っていた。
神様は万能ではないのだな、と思う。
私は、クリスティナちゃんの冥福を祈って、カーテンを開け青空に向かって祈りを捧げた。
しばらくすると、遠くで押し問答しているような声が聞こえる。私は念の為カーテンを閉めて、隙間から声のした方を覗いてみた。