馬車は無事教会にたどり着く。私とマルクス様は礼拝堂を通り抜け、人気のない通路を歩いていた。マルクス様は時間が勿体無い、と言わんばかりに今の現状を教えてくれる。
「現在、厄災の箱……我々はパンドゥーラーと呼んでおりますが、パンドゥーラーの封印が解けかけており、完全に解けると厄災が世界へと降りかかる……と女神様より神託がございました。そのため、神託で伝えられた勇者様、賢者様、聖職者の三人が森の奥にある魔族領へ向かい、彼らと協力してパンドゥーラーへと封印を施す事になります」
……ん?
少し聞き慣れない言葉が耳に入ってきた。
「あの、『マゾクリョウ』とは何でしょうか?」
私はマルクス様が一呼吸置いている間に、質問を投げる。最初は私の言葉に目を見開いていたマルクス様だったが、すぐに表情が戻った。
「我が国ズィーゲル王国の南側には、魔境の森と呼ばれる広大な森が広がっています。その森を数週間かけて抜けた先にある、ガルディエーヌ王国の通称です。魔族たちが暮らしているため、魔族領と呼ばれているのです」
魔族、と呼ばれる者たちはここの王国の者たちとは違い、魔法の使用に長けているらしい。そして少々肌が黒いのが特徴なのだとか。
「これはあまり知られていませんが、魔族領の者たちはパンドゥーラーの封印を維持する役目を負っています」
「封印の……維持?」
「ええ。ただ単にパンドゥーラーを放置していただけでは、もっと早い周期で封印が解かれるのですよ」
例えると、ケーキを常温で置いておくか、冷蔵庫に入れるかみたいなものかしら。
常温であればすぐに腐ってしまうけれど、冷蔵庫に置いておけばすぐには腐らない……魔族の方々は冷蔵庫の役割を果たしている、と考えれば良いのよね。ええ、それなら理解できたわ。
でもひとつ分からない事があるのよね。
「その、魔族領の方達はパンドラの箱を封印ができないのでしょうか?」
「パンドラ……?」
マルクス様は訝しげに呟いた。あ、パンドラではなかったのね……パンドーラー? パンドーニャー? ギリシャ神話にあったパンドラの箱そっくり……いや、そのものだから、名前が覚えられなくて……。
ああ、どこかにメモしたい……!
「ああ、パンドゥーラーですね。実は私も詳しく知らないのですが、魔族領の方々は封印の維持を持続させる魔法は使えるそうなのですが、封印の魔法自体は使えないようなのです」
『ほら、魔法戦士スカイも一人ひとつの属性しか使えなかったでしょ? それと同じで、封印の維持魔法は魔族が使えるけど、封印の魔法は人族しか使えないんだよね』
ハルちゃんにいきなり話しかけられて驚いたけれど、お陰でなんとなく理解できた。うん、適材適所というやつだ。
納得した私は思わず頷くと、それを見たマルクス様は私が理解した事を悟ったらしい。
「理解していただけたようで、良かったです。ちなみに勇者様と聖職者も本日中にこちらへとたどり着く予定だと聞いておりますので、全員が揃ってから、顔合わせをしようと思うのですがよろしいでしょうか?」
話を聞くと勇者様と聖職者様がいた場所は、この王都ではなかったらしい。現在こちらに向かっていて、本日早朝、王都から一番近い村で馬車に乗ったという。
勇者様は一度目の召集で教会に現れただけでなく、聖職者様がいる教会まで馬に乗って駆けてきたのだそう。その分時間が短縮されたのだとか。むしろマルクス様としては、私が来るかどうかを心配していたらしい……いや、クリスちゃんの家族が申し訳ない。
それで私が謝罪をすれば、マルクス様は「いえ、あなたが悪いわけではありませんので」ときっぱり言い切った。
「ありがとうございます、司祭様」
「いえ、むしろクリスティナ様……こちらへ来ていただきありがとうございました。よろしければ今後、私の事はマルクスとお呼び下さい」
「はい、マルクス様」
私は彼に向けて微笑んだ。
私たちは廊下の最奥にたどり着く。そこには大きな扉が鎮座していた。マルクス様が扉に手を掛けようとした、その時――。
ゴーン、ゴーン、ゴーーーン、ゴーン、ゴーン、ゴーーーン……
けたたましい鐘の音が鳴り響いた。