考えている間にも、バルバードはこちらへと向かってくる。私は先にあの攻撃を避けようとして、足に力を入れた。少し体が温かくなったような気がするけれど、今はそんな事に構っている暇はない。
ふと以前テレビで見た闘牛を思い出す。 ギリギリ引っ張って、避ける。うん、その作戦でいきましょう。体勢を整えてから、ハルちゃんに魔法の使い方を教えてもらわなければ!
甲高い声を上げて滑空してくるバルバードに、睨みを利かせる。そして十分引き付けた状態で横に飛び跳ねようとした瞬間、バルバードと私の間に誰かが介入した。
ガキーン!
刃物と刃物がぶつかったような音が、周囲に響き渡る。私の目の前にいたのは、バルバードの爪を剣で受け止めていた男性だった。彼の茶髪が風になびいている。その横顔に一瞬見惚れてしまったが、後ろから聞こえる声ですぐ我に返った。
「魔物はアルバード、空中の王者と呼ばれています……! えっと、空中を自由自在に飛び回る事ができて、しかも素早いので非常に倒すのに苦労する魔物だと書かれていました……!」
バルバードではなく、アルバードだったのね……!
コニーと呼ばれる男の子の言葉を聞いて、眉間に皺を寄せていると、アルバードと相対している男性が私に向けて声を上げた。
「お嬢さん、逃げるんだ! ……っ、くっ、コニー! 強化魔法を!」
「わ、分かりました……! あ、貴女は私の後ろへ……!」
私に声をかけた後、
先程男性が「強化魔法」と言っていた。あれが魔法なのね……! 初めて見る魔法に感動を覚える。
「コニー助かった!」
「いえ……で、ですが、勇者様! このままでは……!」
アルバードと対峙している男性は勇者様らしい。彼は眉間に皺を寄せる。
「こいつを1秒で良いから、止める事ができるか?」
「う……ちょっと時間がかかります!」
「それまで足止めしてれば良いんだろ! 任せろ!」
そう明るく勇者様が告げる。現在、アルバードは勇者様に怒りを抱いているのか、何度も飛び上がっては突進を繰り返していた。
強化魔法をかけてもらったとはいえ、彼もきついのだろう。額から汗が垂れている。
『ミヤちゃん!』
「ハルちゃん! 魔法の使い方を教えて!」
『遅くなってごめんね! 魔法はイメージと詠唱が大事なんだよ!』
ハルちゃん曰く、魔法は基本頭の中で自分の使用する魔法を、どれだけ想像できるかが重要だという。そして詠唱はイメージした魔法を確実に発動させるための引き金なのだとか。詠唱自体は短くても問題ないらしい。
「魔法のイメージ? どうやって――」
一瞬そう思って、「あ」と声が出た。日本で映像なら今まで散々見てきたじゃない! 娘や孫たちと一緒に見てきた魔法少女アニメの数々が頭に思い浮かぶ。
詠唱がいまいち分からないけれど、先程男の子がぶつぶつと呟いていたあれが、きっと詠唱なんでしょう? 彼を見ると足止めの魔法に苦戦しているのか、勇者様と同じように汗を垂らしている。
賢者である私ならば……!
アルバードの足止め……きっと勇者様はあれが空を飛んでいるから苦戦しているのよね。それなら、翼をもぎ取ってしまえばいい! 走れメロスのように! 無我夢中になって考えた末、私はひとつの
頭の中でその映像を思い出す。異世界ではあるけれど美少女戦士の一人、私が大好きなキャラクターの必殺技が使えるなんて嬉しいわね。
顔を勇者様へと向けると、丁度アルバードは空を飛んでいる。きっとアルバードも空であれば勇者様が手出しできない事に気づいているのだ。たまに響く鳴き声が愉悦を含んでいるのは気のせいではないだろう。
そんな状況、私が壊してあげるわ! 私は映像でやっていたマイコちゃんと同じように胸の前で手をクロスにする。
「守護木星よ! 雷を降らせなさい!」
詠唱を言い始めると、私の上に黒雲が集まり始めた。積乱雲なのだろう。次第にバチ、バチ、バチ、と雲の中で雷が生まれ始める。
アルバードは突然現れた雲に警戒し、男の子は口をあんぐりと開けてこちらを見ている。そして、私の雷の音に気がついた勇者様もこちらを呆然と見ていた。
「シュークスリープ、サンダー!」
私の言葉と同時に上空で発生した雷は、アルバードに向けて飛んでいく。驚いたアルバードは雷を避ける。一本、二本……と閃光が走る。そして避けきれなかった一本の閃光が、アルバードの左翼に穴を開けた。
「GUGYAAAAAAAA!!!」
バランスを保てなくなったアルバードは空中から落下していき、地面へと落ちる。仰向けで地面に寝転ぶアルバードは、起き上がれず手足や羽をジタバタさせていた。まるで赤ちゃんのよう。
そんなアルバードに近づく勇者様。彼は剣を高く持ち上げた後、勢いよく首へと下ろした。
アルバードの首と胴体がふたつに分かれ、初めての討伐は終わりを告げる。
「た、倒せましたか……?」
「ああ」
男の子が勇者様の言葉に胸を撫で下ろす。私も無事魔法が使え、彼を助ける事ができて安堵していた。そんな中……勇者様が眉間に皺を寄せて私を見ているなんて……思いもしなかったのだ。