だがこの日曜日の午前中、白と黒のゴシックロリータ服を身に
あるところでは、屋外に設置された特別ステージの上でのダンスパフォーマンスを観て楽しんだ。
またあるところでは、カラフルなチョコチップでトッピングがなされたチョコバナナを買って美味しく食べた。
またあるところでは、セント=ソフィアンくんと呼ぶらしいこの学園祭のマスコットキャラたる、胸に文字のようなものが書いてある赤っぽい
またあるところでは、射的ゲームに参加し、おもちゃの銃でゴム弾を的に当てる遊びを楽しんだ。
またあるところでは、品質にこだわったという挽きたてのコーヒーの香りを楽しんだ。
もちろん
これほど楽しい時間は過ごせなかっただろうな、と思っていた。
加えて
不覚にもすぐ近くにいて
――小学校から中学校まで長年、
――ちょっとばかり美少女の外見になっただけで、こんなにすぐに、お祭りを一緒に回れる友達ができちゃうなんて。
――もし
そんなことを、
二人で学園祭を巡り始めてから1時間半ほどが経過し、楽しい時間には終わりが付きもの、というのが世の常であるということを遍はわからされなければならなかった。
正午直前、11月の晩秋の太陽光と、青空の間接的な光が広場を明るく柔らかに照らしている。
隣にいるレイが視線を下げて、ゴスロリ服姿の
「そろそろ正午の時間だね、ヒカリちゃん。ボクはキミのお姉さんが来る前にキミから離れてた方がいい?」
「え? えーと……」
そこで、
――
それは、医学的な神経の痛みではなく、もっと何か説明のつかない、人間にとって大事な領域にある痛みのような気がした。
「あ、あの……レイくん……」
レイは「何?」とでも言いたげな顔で、すぐ目下にいる少女にその釣り上がり気味のぱっちりした瞳を向ける。
カーン カンコンカーン カンコンカーン
それはまるで、神の周りにいる天使が奏でる天上の音楽がほんの一部、地上に漏れ出たかのような荘厳な音色であった。
カーン カンコンカーン カンコンカーン
レイはその音色のする方向を見上げ、自然と笑顔になって口を開く。
「あ、教会の鐘の音だね。正午になったみたいだよ」
「教会? この大学って教会があるんですか?」
「そうだよ? あの円い建物が聖イグナティウス教会で、そこの鐘の音。この大学の名物なんだ」
そんなことを言われた
「あの建物、教会だったんですね。十字架がついてるの、ただの飾りじゃなかったんだ」
「ああ、教会の設計者の人と、その人と同じ名前のイエズス会の創立者の一人から名前を取ってるんだって」
――レイくん、博識だなぁ。
その知的な素振りに感心した
「詳しいですね。レイくんこの大学の学生じゃないって言ってましたけど、もしかして
「あーっと、まあそうかな。とはいっても、教わる方じゃなくって教える方だけど。父さんがここの大学の教授なんで」
「教授!? 通りで!」
「さっきボクが言った『義を見てせざるは勇なきなり』って言葉もね、昔この広場でボクがあの鐘の音を聞きながら一生で一番大切な人に教えてもらったんだよ。しばらくの間はボクはその人には絶対に会えないけどね」
――いちばん、大切な人。
レイは
「でも、その時が来れば再びボクはその人に必ず会える。それがボクにとって最も大切な希望なんだ。その時がいつになるかは、ボクもこの世に生きている誰も知らず、天の神様しか知らないけどね」
そこまで言ったところで、レイはハッとした顔を見せて、改めて
「あ、ごめんごめん、ヒカリちゃん。こんなこと、今日出会ったばかりの女の子に言うべきじゃなかったかな。ちょっと距離感バグっちゃってごめんね」
そこで
「いいえ、全然気にしてません。レイくんが心を開いてくれたような気がして嬉しかったです」
「そっか、それならいいんだけど」
そんなことを言ってレイは、寂しそうな顔から気まずそうな顔を経て、いつもの爽やかな笑顔に戻った。
カーン カンコンカーン カンコンカーン
相変わらず、教会の鐘の音は広場に鳴り続けていた。
レイが、別れを切り出そうと思ったのか手を掲げようとほんの少しだけ動かしたところ、真正面の黒と白のゴシックロリータ服を着た
「……アマネ、っていいます」
そのゴスロリ美少女の小さな声での呟きに、レイは驚いたようにそのぱっちりした釣り目がちな瞳を見開いて尋ねる。
「え? いま何て……」
「アマネ、です。それが
レイに対して正面は向いているものの、恥じらいを見せた顔のまま上目遣いで見つめつつ、
アマネ、という音の響きは女の子だとしても通用する名前だと
「……アマネ……!?」
しかし、このときの
カーン カンコンカーン カンコンカーン
秋の終わりの晴れ晴れとした快晴の空には、聖イグナティウス教会の鐘の音が青々とした天の美しさを表すかのように、快美に響いていた。