レイの活躍もあって、ひと試合目はレイの所属する女子バスケットボール部の勝利で終わったところ――その背番号「50」の上に学校名がアルファベットで書かれている、バスケットボールのユニフォームを着たレイが、女の子モードの
総合体育館のアリーナを見渡せる二階観客席から一階へと階段を降りての、人のいない廊下の奥にある休憩室のようになっている場所――
すぐ近くに、紙コップを使うタイプのウォーターサーバーや、電子マネーカードを使える自動販売機のある場所の簡易ベンチの上に、黒髪ロング美少女のようにしか見えない外見の
レイは、先ほどまでコートにて全力で走り回り、激戦を繰り広げてきた戦士がひと時の休息をするような雰囲気を全身から醸し出しており、ウォーターサーバから紙コップに注いでいた冷たい水をぐいっと飲み干す。
「ぷはぁー! やっぱり、試合の後に冷えた水で喉を潤すのは最高だね!」
そんな風に、年頃の女子高生らしからぬ、さながらスポーツ少年のような仕草で快活に水を飲み快哉の声を上げる様子を、隣にちょこんと嫋やかな少女みたいに慎ましく座っている
「レイくんって……試合でもの凄く活躍してたけど……一年生なのにエースなんだね」
思わず漏らしたその一言に、レイは水を飲み終えた紙コップをその手に持ちつつ、軽く微笑んで答える。
「ま、好きだからね、バスケ。小学生の時からやってたし。それにボクは技術より、真剣な気持ちでどれだけ挑めるかの方が大事だと思ってるんだ。先輩たちがちゃんと試合を任せてくれるのは、そんなボクを信頼してくれてるからじゃないかな。だから、ボクはエースとかそんな大したものじゃなくって、ボクを信じてくれている皆の気持ちに精一杯応えてるだけだよ」
その言葉には謙虚さと誇りと、そしてどこか芯の強さが混ざっていた。
「でも……あんなに応援してる女の子たちがいるのに……レイくんだったら高校でも凄くモテると思うけど、特定の好きな人とか、そういうのいないの?」
その
レイは一瞬だけ目を見開いてから、気まずく笑って手の平を上に向け、おどけるかのように肩をすくめた。
「いや、それがさ、高校に入ってからもう十回以上も同級生とかクラスメイトとかに、恋人として付き合って欲しいって告白はされてるんだけどね。その告白してきてくれた相手っていうのが、揃いも揃って全員女子だったんだ。さっき、ボクの練習試合の応援をしに来てくれた女の子の集団と会ったでしょ。あの中にも、ボクに告白してきてくれた子が何人かいたよ」
「えっ、十回以上とか……そんなに!?」
いつもは学校で一人ぼっちの少年にとってはあまりにも住む世界が違うような話に、
「うん。でもボク、そもそも女の子だから女の子を相手にして恋人同士として付き合おうとか、そういう気はないんだ。ボクは確かにこんな男の子っぽい格好してるけど、別に同性愛とかへの欲求ってのがある訳じゃないし。説得力ないかもしれないけど、ボクにとって恋愛対象になるのは、女の子らしく普通に男の子だから」
「……!」
そんな思いもよらなかったレイの言葉を聞き、
そして、レイは爽やかに白い歯を見せながら言葉を続ける。
「だからさ、ボクとは正反対でとっても女の子らしくてカワイイ
――あ、そうだよね。そういうことだよね。
しかしそれで、レイに対する
傷ついて公園で途方に暮れていた自分を探して見つけてくれて、酔漢二人に襲われそうになったところを抱えて走って助けてくれて、そしてあの公園のお堂の前で自分のことを赦して改めて友達になってくれたあの時のことを、あのときのありありとしたかけがえのない感情を、もちろんのこと
レイは言葉を続ける。
「でも
まるでそれが当たり前であるかのように、レイはさながら思いやりのある王子様のような男子が、年下の小さなお姫様のような女友達を気遣うかのようにそう言って笑った。
女の子のような姿と身のこなしをしている女装少年である
――
――でも、レイくんにとっては「女の子のようなステディとしての友達」として今ここに来ている。
その、ちぐはぐな自分の姿勢が、同じくちぐはぐな目の前の友達の立場や性格と合わさっていることに、嬉しいような、それとも本当の自分を肯定してもらいたいような、複雑な感情を抱いていた。
「さ、そろそろ次の試合の準備しなきゃ。今日は練習試合とはいえリーグ戦形式だからね。あと少なくとも二試合あるんだ」
そんなことを言って、レイはそのスラリとした長身を示すかのように立ち上がる。
そして、持っていた紙コップをいつかのように行儀よくゴミ箱に入れ、試合会場となっているコートに向かって歩き出す。
そのシルエットに、ベンチから立ち上がっていた黒髪ロングで瞳の大きな美少女の姿をした
「あ、あの! レイくん! 試合頑張ってね!」
そんな、声の主が頬を朱色に染めつつ発した、少女らしいソプラノ調でのエールにレイは振り向き、「ありがと」とだけ言って笑顔で手を振る。
その様子を、何も知らない第三者が見たとしたら、バスケットボールの選手である彼氏に対して、試合の応援に来た彼女が励ましの声をかけたようにしか見えなかったであろう。
しかし、このバスケットボールのユニフォームを着た精悍な顔つきの長身の美少年はその実は少女であり、秋物のガーリーなコーデを纏った瞳の大きな黒髪ロングな美少女はその実は少年であった。
然るに、物事の内面というのは、外見ではそう簡単にわからないものなのである。
いや、むしろ自分自身の内面にある本人以外は知りえない感情でさえ、その正確な輪郭を明確に把握し、そして詳細に自覚し言語化することは困難であるといえる。
実際に
――ステディ、か。
まるでその言葉のみが、自分のこんがらがった心情に対して指針のように導いてくれる一筋の光であるかのように――