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第20話

 何度も言うようだが祓い屋とは、怨霊やあやかしなどの人外を封印、除霊するのが生業だ。なのに今、莉緒は祓い対象のあやかしであるカマイタチから、迷子の鬼姫探しの依頼を受けているところ。この状況はどうなんだろうと頭を捻りながらも、依頼人であるカマイタチの話に耳を傾けていた。

 謝礼はきちんと支払って貰えるみたいだから、この際何でも良い気がしてきたけれど、一体ミヤビはどういう伝手を使って依頼を募ったのだろうか。


「三華様は黒鬼様のお嬢様達の中でもとりわけ美しいお方です。まあ、私が三の姫様付きの侍女であるという贔屓目も多少はございますが、艶やかな黒髪に澄んだ赤い瞳は館の男衆がぼーっと目を奪われるのも当然とでも言いましょうか」


 人探しをするからには何か情報が欲しいと尋ねてみれば、カマイタチは得意気に話し始める。


「一番上の姉君であられます一の姫様が遥か昔に家をお出になられ、どこかの家門で式神になられたというのを聞かれてから、三華様はこの現世へ強い憧れを抱いておられるようでした。たまに届く姉姫様からの文を大層お大事になさっていて――」

「え、お姉さんは式神になってるんですか?!」


 カマイタチの話の途中だったが、莉緒は驚いて思わず口を挟む。鬼の姫を式神にできるなんて、どれだけ優秀な祓い屋なのだろう。落ちぶれかけている藤倉家とは比べ物にならない。否、よく考えたら家にも妖狐と猫又がいるのだが、そもそも依頼が来ないから話にならないだけだ……。


「はい。門をくぐって真っ先に会いに行かれた時に拝見いたしましたが、庭先に立派な祠を建てて祀られておいででした。それを姫様はとても羨ましがって、自分もここに居たいと駄々をこねられ――」


 ここまで聞いて初めて、莉緒達は肝心なことを聞きそびれていたことに気付く。婚礼前という情報から、妙齢の女性を想像してしまっていたがどうやら違うのかもしれない。同じことを感じたのか、ムサシが半分くらい呆れた表情になって聞き返す。


「その三の姫とやらは、まだ子鬼なのか? 言動がどうにも幼いようだが」

「い、いえっ、ご年齢はとうに百を越えてはおられます。ですが、その……」


 百歳という年齢を聞いて咄嗟に反応したのはこの場では莉緒だけだった。あやかしの寿命は種族によっても大きく違うらしく、それが幼いかどうかの判別は難しい。けれど、鬼の百歳というのは結婚適齢期辺りだということは何となく理解できた。

 カマイタチは言い辛そうに口を濁していたが、噂話に目ざといミヤビが嬉々として代わりに説明し始める。


「他の二人と違って、末姫さんは遅くに出来た子ってことで、随分と過保護に育ってるって噂やで。婚礼話もほんまはもっと早くに出てたけど、まだ手放したくないからって今まで引き延ばしにしてたらしいわ」


 親というのは、あやかしも人も似たようなものなのだろう。莉緒があやかしに必要以上に関わるのを和史が頑なに嫌がるのも過保護だからと言っていい。子供のことはいつまでも自分の監視下に置いて安心していたいものなのだ。

 けれど、ある程度まで大きくなった子供の行動を縛りつけるのは容易ではない。関わるなと言われたら、余計に飛び込んでみたいと思うもの。莉緒にとってのあやかしがまさにそう。


「三華様が向かいそうなところって、何か心当たりはありますか? 例えば、前もって行きたがってた場所とか」


 莉緒の問いに、カマイタチは小さな頭を横へ傾げる。生まれて初めてかくりよの門を出た鬼姫が、この現世のことで知っているのは姉姫からの文で語られたことがほとんど。特に姫が何に興味を惹かれていただろうかと、首を左右に傾げ直し、必死で思い出そうとしているようだった。


「そうでございますね、昨年の今の時期に姉姫様から届いた文に書かれていた、祭りというものへ興味を示されていたように思います。一度で良いから、火の華が見てみたいと」

「火の華? ……花火のことかなぁ、この辺りではそんな大きいお祭りはやってなかった気がするけど」


 妖狐と出会った神社でお祭りが開催されるのはお盆の時期だけ。姉姫が去年の今の時期に見たというのは全く別の地域でのことなのだろう。けれど、カマイタチの話では行方知らずとなっている末姫がこの近辺にいるのは間違いないらしい。


「三華様の気配は近くに感じているのですが、どこにいらっしゃるのやら……」


 お目当ての祭りも無いこの辺りで、鬼姫はどこを彷徨っているのかと、一同は頭を抱えながら唸った。すっかり冷め切ってしまった湯呑のお茶を、ミヤビが新たに淹れ直してくれているのを、莉緒は何とはなしに眺める。そして、湯気が立ち上る緑茶をカマイタチが長い爪で器用に持ち、ふぅふぅと息を吹きかけて喉の渇きを潤していた時、玄関扉がカラカラと開く音が聞こえてきた。


「ただいま……あれ、お客さんが来てるのか?」


 居間にも台所にも誰も居なかったから、和史が廊下へ顔を出して和室の照明が点いているのに気付いたようだ。部屋から呼びに出たミヤビの後に顔を見せた父は、商店街のイベントで明日も使うという太鼓をお腹に抱えていた。


「おや珍しいね、カマイタチか。ミヤビのお友達か何かかい?」


 座布団の上に鎮座するあやかしを見て、和史は何でもないことのようにさらりと聞く。ぽんこつとは言っても祓い屋の端くれ、莉緒と違って人外への免疫はあるみたいだ。けれど、まさか依頼人だとは考えてもいないのだろう。


「まあ、そんなとこ。それより、その太鼓はどうしたの?」

「ちんどん太鼓だよ。商店街のイベントで使うんだけど、なかなか上手くいかなくてね、家でも練習しようかと借りて来た。明日は酒屋のご主人達と一緒に、ちんどん行列をやることになってね」


 「全員素人だから、学芸会レベルだけどさ」と照れ笑いしつつ、お腹に抱えている太鼓をポンと一叩きしてみせる。

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